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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第26話 かわいい料理人と運搬人


「おはようございます」


 ちょっとむくれたような顔で入ってきたのは、アルフィオ宰相の息子、カーティスだった。

 手には布のかかった大きな籠を持っている。父親と同じくすらりとした細身の体型だが、しっかり鍛えているようで、腕は震えもしていなかった。

 大きく歩むごとに父親と同じ深緑の髪がさらさらと揺れ、窓からの光を反射して美しい。まだ幼さが残ってはいるが、父親であるアルフィオとよく似た怜悧な顔立ちだ。きれいなものが好きなりのには眼福のひと時である。


「おはようございます、カーティス様」


 りのが返す。

 レノアとロゼリアはりのが入室の許可を出した時点でさっと席を立ち、レノアは壁際へ、ロゼリアはりのの斜め後ろに立って控えていた。


「――――食材を持ってきました」


 ちらりとチェリーピンクの目をテーブルにやって、それでもすぐさま目線を外し、興味ないですよーという気持ちをアピールしている。アラフォーのおばちゃんから見れば、少年らしい背伸びがほほえましくてかわいい。


 カーティスは、父であるアルフィオに言われて、二日か三日に一度ほど食材を運んできてくれていた。


「ありがとうございます。助かります」

「いえ、父の命なので、お気になさらず」


 籠の中には、知っている食材と知らない食材が混ざって入っていた。

 にんじん、キャベツ、アスパラっぽいナリシスという野菜。それに果物。スライム紙という、向こうのラップみたいな透明な紙で包まれているのは、サシのきれいなお肉だった。牛肉かなあ、この子に聞いてもわからないだろうから後でレノアに聞こう。牛肉と見せかけて魔獣のお肉だったりして。うわー楽しみ!

 りのは、あらためて食材を持ってきてくれたカーティスに感謝した。





 実は、カーティスが初めて食材をもってやってきたときは、ものすごーく態度が悪かった。「不服です! 気まずいです!」と全身で表していた。いつもはクールなロゼリアが眉を顰めるくらいにはひどかった。

 けれど、りのにはそれも可愛らしく見えて、ついつい、彼の心の柔らかそうなところをつついてしまったのだ。


「ご不満そうですね、カーティス様」

「――――別に、そんなことはありませんが」


 ぎりっと怒りと焦りを隠せていない口元。睨みつけてくる目。

 自分の気持ちを制御しようとがんばっているなあとほほえましく、りのは応援したい気持ちになった。

 だから、伝えることにした。


「お仕事や授業前にこちらに来るのがご負担なのですよね? 私からアルフィオ様に、担当を変えるようお願いしましょうか?」

「は?」

「アルフィオ様からは、『絶対の信用がおける者を行かせます』と言われただけですので、ご負担ならあなたでなくてもよいのではと思いますが」


 『絶対の信用がおける者』。

 やはりそれは、カーティスにとってとてもうれしい父からの評価だったのだろう。

 たちまちのうちに、頬を目と同じ桃色に染めあげた。

 それ以来、ちょっとふてくされながらも律儀に食材を運んできてくれるし、何ならリクエストも聞いてくれる。

 ちょろい、じゃなくて、かわいいなあ、と思うりのである。


 あの召喚で、いろいろミスを犯した王子様の側近である彼も、きっと今は風当たりが強いだろう。

 その気持ちを、ちょっとだけでも軽くしてあげたかった。





「カーティス様、今日は授業は夕方までですか?」

「はい。今日は魔術実習がありますので」

「そうなんですね。おなかがすきそうですし、よかったらこのパンをお持ちになりませんか」


 新作ですよ、と笑いながら立ち上がり、台所から油紙に包み、布の袋に入れたクロワッサン風ペストリーを持ってきた。

 ひとつはペストリーを割って、中に先日作った、オレンジとそれに近いラトマという柑橘のプリザーブをたっぷり挟んだもの。

 もうひとつは固めに焼いたオムレツの中にチーズとトマトソースを巻き込み、レタスとあわせて挟んだもの。

 簡単なサンドイッチだ。

 ちなみに、食事の配ぜんを終え、キッチンやお手洗いやお風呂などの掃除に取り掛かっているメイド二人の分も作ってある。二人は従業員用の食堂で食事をするので、おやつとして渡すことにしていた。


「おやつにでも、よろしければ。念のため、侍従さんに毒見をお願いしてくださいね」


 カーティスはチェリーピンクの色をした切れ長の目をぱちぱちとさせて、小さく、ありがとうございます、とつぶやいて目礼した。

 りのは、こうやって時々カーティスに作ったものを持たせている。

 こうしておけば、毒の混入があったときに彼に疑惑がかかることを晴らすことができるという建前もあったが、単に成長期の子どもにはいっぱい食べさせたいという話。おばちゃんなので。こんな素直な子どもが、暗殺などするはずもないし。



 心なしか足音を弾ませてカーティスが出て行ってから、三人は改めて朝食を再開した。



「リノア様、今日はどうされますか?」

「えっと、まずお弁当を作って、それから図書館に行く予定です。食物図鑑を見たいのと、魔物図鑑も見てみたいの」


 レノアも含め三人で食事をするようになり、ぴしりとしていたロゼリアの口調も少し砕けたものに代わった。そうしてほしいとりのがお願いしたのだ。相変わらず格好よくてかわいい騎士様だが、今ではロゼと呼べるくらいにはなっている。とはいえ、りのの方はまだ距離感がうまくつかめなくて、口調も丁寧語とフランクなのと混じったおかしな感じになっているが。


「おべんとう」


 ロゼリアとレノアの目がきらきらとする。

 最近では、今まで短い休憩時間に食堂でご飯を食べていた二人の分もりのが作っていた。こちらの食事は、素材がいいわりに調理法や味付けが単調なので、りのの作る程度の食事でもめずらしくておいしいとたいそう喜んでくれる。おいしいと言って食べてくれるのも、一緒にご飯を食べてくれるのも、とてもうれしいことだった。


「今日はクレープの予定、です。小麦粉の薄い生地に、いろんなものを包んで食べるの。おかずでも甘いものでもあうんだよ。何を包もうかなぁ。レノア、何か包んでみたいものある?」

「リノア様、そのくれえぷの生地は、甘いのですか?」

「ほんのり甘いってくらいだよ。このパンよりは甘くないと思う」


 真剣に考えだすレノアを見て、りのはロゼリアとこっそり目を合わせて微笑んだ。

 レノアは、王都の下町に捨てられていた孤児だという。拾い上げてくれた孤児院を運営しているシスターが貴族で、しっかりとした教育が受けられ、彼女が後見人となることで城の下働きになれたそうだ。

 治癒魔術に強い光の魔術適性を持っているがゆえの大出世だそうだが、本人は料理が好きで、厨房の下働きをしていたという。


「この間作ったオレンジとラトマのジャムと、はちみつとクリームチーズをぬったのとかどうかな、ロゼ?」

「とってもうれしいです。食べたことのない組み合わせですが、おいしそうですね」


 甘いものが大好きなロゼリアが、美しくも年頃の女性らしい笑みを見せる。

 最近は、食事の時はこうやって素の表情をこぼすようになった。かわいい。


「あの、昨日のオークのお肉って残ってますよね? あれをさっと焼いて、トマトソースをかけるのはどうでしょうか?」

「いいねえレノア、おいしそう! そうだなあ、レタスときゅうりも一緒にはさもっか?」

「お昼からオークステーキなんて、贅沢でうれしいです」

「ふふふ、昨日の残りだから問題なしですよロゼ! 他にも、コカトリスのソテーにベシャメルソースとかいいかな。うーん、それとも甘酸っぱいソースにしようかな。どっちにしろちょっと手間がかかるから、レノア手伝ってくれる?」

「はい! 新しいお料理、覚えます!」


 べしゃめるそうす、とあどけなく繰り返すレノアを横に、りのは袖をまくりあげた。

 今日のランチは、ロゼとあの空色のコルティアドの畑で食べようと、ささやかな楽しい予定に胸を躍らせて。


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