第25話 お城(ガチ)で朝食を
その日は、とてもいい天気だった。あけ放った窓からは涼やかな風が柔らかく入り、明るい日差しが窓辺のハーブ類を温めている。
明るいダイニングキッチンには、お腹の鳴りそうな匂いの朝食が並んでいた。
「んー、おいしいです……!」
「ええ、本当においしいです……!」
レノアとロゼリアと共にダイニングテーブルを囲みながら、りのも焼きたてのペストリーを口に運んだ。
豊かなバターの風味が口いっぱいにひろがって、絹のような薄い生地が柔らかく舌に触れる。さくふわしっとり。変化がとても楽しい。
おかずはきのこをたっぷりいれたオムレツに、簡単トマトソースをかけたもの。それに温野菜のサラダ。こちらはシンプルに塩と胡椒と植物性のオイルであるネシスオイルで野菜そのものの味を楽しむ。オリーブオイルもあるのだが、少々値段が張る。だからりのはネシスという植物のオイルを使っていた。オリーブのような芳醇な香りはないが、さらりとしていて、後味にほんの少しだけ胡桃のような味わいがする。野菜との相性は抜群だ。
飲み物はアゼリアというこちら特有の果物を絞ったジュース。柿のような甘みの果物で、水分量が多いため絞っただけでも量が取れてとてもおいしい。そして食後のデザートは紅茶とさくしゅわメレンゲクッキー。
「リノア様のごはんは本当にとってもおいしいです…!!」
きらきらと笑うレノアに笑って、りのも食事を続ける。
先日の暗殺未遂事件と申し入れからほどなくして、りのは無事にキッチンのある部屋に引っ越せた。なんと城の一番奥にある優美な建物、つまり王宮の中で、セキュリティが上がったことが嫌でもわかった。
王とその家族が住まうこの建物を、人々は王宮という。この王宮の前にある執務棟や騎士団棟も含めたエリアを王城と呼び、一応区別しているようだった。
王宮は広大な建物で、四階建ての中央棟と、三階建ての右翼左翼の三つの建物からなっている。一階と三階には三つの建物を繋げる廊下があり、二階にはない。両翼の建物は、階段が二階までしかなく、三階は中央棟からしか出入りができない。
両翼の二階が客間で、他国に嫁いだ王族が帰ってきたときなどに使うという。りのは左翼部分の一角に部屋がある。
三階は、中央棟が王子と王女が住まうところ、両翼が側妃たちの住まうところだそうだ。現国王には、正妃のほかに第二妃もいたそうだが、第二妃は産後の肥立ちが悪く、回復することなく亡くなってしまったそうだ。
そして、四階が国王夫妻とその両親のためのスペース。先王はもう亡くなっており、王太后は別の都市にある離宮にいるらしいので、実質は国王夫妻のみが使っているという。
そんな広い王宮にいても、りのはめったに出歩かず、左翼棟の自室と左翼棟の一階に降りるための階段だけしか知らない。
両翼の二階は中央棟から行き来ができないのもあり、中央棟に赴く機会がないからだ。
うっかり出歩いて、誰かと遭遇するのを考えるだけでも面倒だったし、さりげなくアルフィオに出歩かない方がよいと言われていた。何かの拍子で王子たちと会うかもしれないから、と。
(インドア派なめんなよ、広かろうがなんだろうが自分の家じゃないから出歩きません! 自分のお部屋にいるだけで十分です!)
与えられた新しい部屋は、広々とした寝室、キッチンと一体化したダイニングルーム(いわゆる朝食室というやつだ)、リビングルームの三部屋と、侍女用の小部屋が二つ、それにお手洗いとお風呂にドレッシングルームという豪華なものだった。そのうち自分でお金を得られるようになったら、インテリアを凝りたいなあとりのは思っている。
レノアも無事にりの付きになり、部屋に付いている侍女部屋の片方で生活するようになった。年相応に無邪気で活発な少女で、朗らかな性格からりのをはじめ皆がとてもかわいがっている。
さて、台所である。
りの待望の台所は、日本と仕様こそ違うもののコンロや冷蔵庫が完備されていて、水道もあった。
この水道は、王宮の地下から水をくみ上げ、さらに浄化の魔道具で浄化したものを配水していて水の安全は確保されているという。
ふつうは水道ではなく水の魔道具を使い、魔道具を買えない層は井戸を使う。井戸は無料で開放されているのだそうで、りのは感心した。水は大事だ。
また、レノアが言うには、庶民の家には冷蔵庫やコンロはなく、かまどで料理をするところが多いそうだ。コンロや冷蔵庫を使えるのは貴族や裕福な家、それに料理屋くらいだそうで、最新設備を備えてくれたアルフィオに深く感謝した。りのでも料理ができそうな設備でほっとした。
食材については、馴染みのあるものと、まったくわからないものが混在していた。馴染みのあるものは向こうと同じ名前で、改めて覚える必要はなさそうだった。とても不思議だ。翻訳だか通訳だかのスキルかギフトのおかげなのだろう。
一方、馴染みのないものについては、「鑑定」をすればわかるけれど、りのは念のためにレノアに一つずつ名前と大体の値段を確認して覚えるようにした。ロゼリアも、りのと一緒にレノアの話を聞いた。ロゼリアは貴族女性で、本来なら料理をする環境にはいないのだが、騎士には野営があるため、一通りできるように修行をしているのだそうだ。
「このパン本当においしいです。食事にもぴったりで」
「甘くて、さくってして、しっとりしてて、大好きです!」
ロゼリアとレノアに絶賛されているのは、りのが焼いたパンである。
いろいろ調べたり聞いたりしたのだが、こちらの世界には、重曹やイーストにあたるものがなかった。つまりベーキングパウダーやドライイーストはないということだ。
仕方なく、それらを使わないレシピを探して作っている。
今日の朝食のクロワッサン風のペストリーも、ベーキングパウダーを使わない昔ながらのレシピで、ものすごい量のバターと生クリームを使ったリッチな味わいのものだ。それもおいしいけれど、レシピが尽きる前になんとか天然酵母からイーストを作りたいなぁとりのは思っている。太るのも心配だし……。
こちらの世界の食材、りのが知っているのはこのウェルゲア王国のものだけだが、食材そのものの味はとてもよかった。どういう品種改良をしているのかわからないが、トマトもきゅうりもナスもキャベツも、玉ねぎやにんにくも、味が濃くておいしい。乳製品もちゃんとあって、バターやチーズがとてもおいしい。お肉も味がしっかりしていておいしい。魚はほとんど食べていない。海から離れているため、海の魚はこの王都ではあまり手に入らないらしい。一方で川魚はよくとれるようだが、王宮には入ってこなかった。正直に言えばとても恋しい。
(食材の味はいいんだけど、ただ、部分的に、あってもおかしくないものがないんだよねえ。不思議だ)
フレッシュチーズはとてもおいしい。種類も多い。モッツアレラチーズのようなもののおいしさときたら、びっくりするほどだった。でも、ブルーチーズに類するものはないし、青カビ白カビのチーズもない。何よりハードチーズを見かけない。
生クリームはあるのに、ホイップクリームはない。
干し肉はあるのに、燻製はない。ベーコンやハムがないのは地味に不便だ。
ワインはあるのにブランデーやグラッパはないし、シェリーもない。エールはあるけれどラガーやウィスキーはない。
紅茶はあるけれどブレンドティーはない。レモンティーはあるが、フルーツティーやミルクティーはない。
砂糖はあるけれど、氷砂糖やグラニュー糖、粉砂糖はない。
そもそも、調理法が焼くか煮るかの二択で、かろうじて多めの油で焼くことがあるくらい。蒸し料理とか、揚げ物とかはない。
そしてお菓子に関してはとても種類が少なかった。
「いつものパンは歯ごたえがあるから、噛んでいるうちに疲れることもあって……」
「ああ、それわかる。私もそういう時あったな……」
こちらのパンは、サワードゥを使うものが主流のようだ。
小麦粉やライ麦粉を水で発酵させるサワードゥ種をつかったパンは、作り手の腕がものすごーくわかりやすく出るうえ、基本的にかっちりもっちりしていて酸味が強い。りのにはまだ難しい。素朴で味わいのあるものだが、毎日となると飽きが来てしまう。ワインやリエットと合わせて食べるとおいしいのだが、相性のいいおかずばかりではないし。
(部分的にっていうか、料理の発展が途中で止まってる感じなのかなあ? それとも、ここがお城だから出ないだけで、地方やほかの国に行ったら郷土料理みたいな形であるのかな? 保存のきく食べ物があまりないのも気になる)
重曹がどこかにあったらいっぱい手に入れよう、とりのが思ったところで、ドアの前の護衛騎士が来客を告げた。
本日はここまでです。ス、ストックが減ってきている……足さねば……!
お読みいただきありがとうございます。




