第24話 囮と不信と、キッチンと
暗殺未遂事件の概要と、犯人の処罰を聞いて、リノアがひとつ頷いた。目が少しだけ細まっていて、ロゼリアはあ、と思った。
それは、ごくたまに、リノアが機嫌が悪い時に見せる顔だったから。
「……それで、アルフィオ様」
「はい」
「どこまで罪に問うんですか?」
すっと、ロゼリア以外の顔に緊張が走った。
「どこまで、といいますと」
「んー、実行犯のモヴィウ子爵はともかく、ダルクス侯爵家は落とせなかった……いえ、落とさなかったんでしょう?」
「――なんでそう思ったの、リノアちゃん」
「ティトルアン卿がいらっしゃってるからですね」
ロゼリアが目を瞠るも、リノアはあっさりとそう答えた。
「首謀者が落ちたのなら、警護をさらに厳しくする必要はないでしょう。計画のずさんさはともかく、身分的にはかなりの大物のようですが、頭がつかまったら、その頭のために危険に踏み込む部下の貴族は多くないと思います。だから、首謀者はまだ自由に動ける状況にあると考えます。ですが、これだけ事件の背後もやり口もわかっていて、アルフィオ様やユーゴ様が証拠を握れなかったということはあり得ません」
有能だと断言されて、二人の目の奥がわずかに和む。
「ということは、あえて捕まえなかったということでしょう? 何か理由があって泳がせている、だから私の警護を厳しくする。――私を、囮にする感じですかね?」
そう言って、にっこりと笑う。
そのスミレの目が冷たい光を滲ませていて、ロゼリアは背筋が寒くなった。
むりやり召還されて監禁され、その後毒殺未遂、おまけに囮扱い。リノアにしてみれば散々だ。
殺されかけたことだけではなく、その事件をさらに利用しようとしていることに対する怒りの深さの一端を知った気がした。
ぐつぐつと、怒りが煮えたぎる音が聞こえるようだった。
「囮など、とんでもないことです。ただ、御身の安全を確保したいと思い、ティトルアン近衛騎士団副団長に警護を依頼しました」
「あんたを傷つけさせるつもりはないぜ。あんたの身はちゃんと守る」
「ありがとうございます。何度もそう言って頂いてます」
リノアは穏やかに笑んで、強烈な嫌味を言った。本人にその気はなくとも、こちらの心を抉る言葉だ。
無表情の宰相と魔術師団長を横目に、ロゼリアも無表情を保つ。
「私の暗殺はこれからも起こりそう、ということでよろしいでしょうか」
「――申し訳ありません、絶対にないとは言えず……」
「許す許さないはまた今度お話いたしましょう、私の頭が冷えたころに。では、とりあえず現時点で、私から三つ、お願いがあります」
リノアはすいと目を細めた。宰相が何を言われるかと身構え、つられてロゼリアも背が伸びる。
「まず、護衛に関してですが、私だけでなく、私の世話を見てくださっている方まで含めてください」
「メイドたちも、ということですね?」
「はい。今回もまず狙われたのはメイドさんからでしたから、隙を作るのは良くないかと」
フィリベルは軽く頷いた。
「こちらもその予定で動いている。だが、メイドは二人だけでいいのか? 増やす予定は? 侍女はつけないのか?」
「増やすつもりはありません。二人で十分です。ただ、二人の意志は確認してください。危険があることを伝え、やめたいというならその通りにお願いします。その場合の追加は不要です。ただ、やめてもしばらくは彼女たちの護衛をお願いします。侍女に関しては、現段階では困っていませんので、いなくて構いません。警護対象が増えるのも大変でしょうし」
アルフィオとフィリベルは顔を見合わせて頷き合い、わかりました、と了承した。
「二つ目は、今回巻き込まれた形になる女の子……レノアだったかな。あの子を手伝いという形で私の傍に置かせてください」
意外なことを言われた、とロゼリア以外の面々が悟られない程度に目をみはった。
「手が足りていないなら、ちゃんとしたメイドを用意しますが……」
「いえ、さっきもお話しましたけど、メイドさんがほしいわけではないんです」
リノアは軽く肩をすくめて笑った。
「あの子は悪いことをしていないけれど、同じ城内では噂がまわって肩身も狭くなるでしょう。被害者である私の傍において、怒っていないことを周知して、彼女の身と名誉を守ってあげるほうがよいかと」
巻き込んで可哀想なことをしてしまいましたしね、というリノアに、男たちの無言の驚きが降る。
男たちには、というか身分の高い彼らには思いつきもしないことだったのだろう。
下働きの少女が異世界人を害したなどといううわさが出回れば、確かに彼女の環境は悪くなる。
その前に手をうってあげたいというリノアの願いは、こちらも快く受け入れられた。
しかし、ロゼリアは気づいている。
リノアの狙いはそれだけではない。
リノアは、身の回りに信用できる人間を増やしたかったのだ。あの時、必死になって治癒魔術を使い、泣きながらしっかり手を握ってリノアを励まし続けた彼女は、きっとその信用を得たのだろう。
逆に、ここにいる身分や地位的に言えば最高位に近い男たちは、彼女に信用されていないということになる。
(私はどっちなのだろうな……)
「最後の一つをお聞かせ願えますか、リノア嬢」
アルフィオ宰相が聞くと、リノアはほんのりと笑った。
「台所……料理をするところがほしいです」
「料理、ですか」
はい、とリノアは頷いて、滔々と説明を始めた。
自分で料理をしたい。安全な材料さえそろえば、それが一番コスパ的にもいいだろう。
「こすぱ……?」
「あ、ごめんなさい。費用対効果……ええと、一番効率よく、無駄な人材や費用を消費することなく安全を確保できるということです」
自分で料理をすれば、調理中、配ぜん中の異物の混入を防げるし、そもそも毒見もいらない。安全の確保された材料さえあれば、料理人も毒見の人間も運んでくる人間もいらなくなる。気を配る部分が少なくなれば、警護もしやすくなる。
「今まで、ロゼリア卿をはじめどなたかが毒見をしてくださってたのだろうと思うのですが、そこまで負担をかけるのも申し訳ないですし、実際に毒殺未遂が起きた以上、対処は必要でしょう。それに、そろそろ私も自分の国の料理が恋しくなってきましたから。料理はもともと好きでしたし、大した手間にもなりませんので」
「お国では、皆が料理をするのかい?」
嫌味も蔑みもない、ただ不思議だという口調のユーゴに、リノアは軽やかに答えた。
「いろいろです。まぁ家事の一環として料理をする女性が多いんですけど、ほぼすべてを外食にする人もいれば、料理人を雇う人もいますし、料理を趣味とする人もとても多いんですよ。男性も女性も料理をしますし、料理人も多いです。料理を教えることを生業にする人も多くいます。私も少しだけ習いに行ったことがあります」
「それはすごいですねえ……料理が趣味とは……」
「逆にまったくしない人も少なくありませんが、料理店や総菜店……食事を買える店はあふれるほどありましたし、料理人に作ってもらってそれを自宅へ届けてもらうこともできましたので、たいして不便ではありませんでしたね」
ロゼリアは無表情の下で驚いていた。自宅までシェフの料理が届くとはどういった仕組みなのだろう。
実は食べることが大好きなロゼリアである。
そこから軽く打合せをし、一両日中に王宮の一角にあるキッチン付きの客室に移動すること、調理器具や調味料などは全部そろった後にユーゴが浄化の魔術をかけ安全を確保することが決まった。
材料は、アルフィオが内密に、絶対の信用のおける人間だけを選んで直に届けさせるという。
よろしくお願いしますと丁寧に頭を下げたリノアは、初めてみるくらい嬉しそうで、ロゼリアは少しだけ救われたような気持ちになった。
この時、あまりにもリノア・ミハイルが冷静な態度だったため、ウェルゲア王国の者たちは、彼女の心に芽生えた強烈な不信感に気づくことができなかった。そしてそれは、後のリノアの行動方針に大きく影響し、ウェルゲア王国は大きな後悔を吞むこととなる。
りのはこの時はじめて、「この国は帰るところにはならないのでは」と、疑問をもったのだ。




