第23話 黒幕と警護
こんこんと眠るリノアの脈を診て、魔術師団長ユーゴはほっと息をついた。
その横で、青ざめた顔をしたロゼリアと宰相のアルフィオが言葉を待っている。
「――もう大丈夫だよ、完全に解毒されてる」
「そうか……」
全身で息を吐くようにしてアルフィオがつぶやき、ロゼリアの固まった肩がわずか下がる。
「本当によかったね、ゲルドの蜜を食べたのに助かるなんてびっくりだよ。――ロゼリア、君のおかげだ」
りのが倒れたとき、瞬時に毒だと思ったロゼリアは、口に指を突っ込んですべて吐かせ、万一のために携帯していた解毒ポーションを口に突っ込んでいた。それから声を上げてユーゴを呼ぶように指示し、周囲を封鎖し、その間もずっとりのの手を握って励まし続けていた。
「いえ、私は、……お守りできませんでしたから。リノア様のお命をつないだのは、あの少女の治癒魔術が大きかったかと」
「ゲルドの蜜は毒性が強い。治癒魔術がなんらかの形でポーションの働きを助けたのは確かだろう。だが、君の適切で冷静な処置がなければ、それもできなかったのだ。君と少女の判断が、ユーゴの治癒魔術までの時間を稼ぎ、リノア嬢は助かった。君は騎士としてするべきことをした。よくやった、ロゼリア・ティレル卿」
目頭を片手でもみながら、アルフィオが安堵のため息をもらした。
「守れなかったというなら私のほうだ。まさかこんな安直な手を使ってくるとは思わなかったからな……」
「ゲルドの蜜ってあたりが愚かだよね。足がつかないわけないのに」
ゲルドの蜜は、深い湖に住む魔獣の一種、魔魚ゲルディアの血液だ。たいそう甘いらしいが毒性が強く、食べれば必ず死ぬといわれている。非常に腐りやすく、保管が難しい毒薬でもあった。
「あの少女にメイドを騙ってクッキーの皿を渡した女を辿ったら、モヴィウ子爵家の縁者の妻に行きついた。寄り子の家のさらに下にいた家で、先代までは騎士爵を持っていたが、平民落ちした家の娘だ。掃除婦だったが、その時だけメイド服を着ていたというから意図的だったのは間違いない」
「モヴィウといえば、サーギマ湖の」
「そうだ。この国で唯一魔魚ゲルディアが住んでいるサーギマ湖の一角を預かっている家だ。寄り親はコルネリア侯爵家だが、サーギマ湖を抱える者同士としてダルクス侯爵家とのつながりがあったようだ。そして、現子爵の孫は氷魔術を使うそうだ。まだ七歳の子で、将来有望だと言われていたようだが……」
その子が凍らせて、それを運ばせたのだろう、とアルフィオがうめく。
「助かったのは本当に奇跡だよねえ……本当によかった」
明日の朝には目を覚ますと思うよ、と安堵したユーゴに頷きながら、ロゼリアは思っていた。
――奇跡じゃない。あれは、リノア様のとびきりの魔術だ。
翌日、目を覚ましたリノアは、少し顔色が悪かったものの驚くほど元気で、ロゼリアはほっとした。
腹を下す毒を盛られていたイリットも無理を推してやってきて謝罪をし、リノアが慌てふためいていた。
ようやっとリノアが身だしなみを整えて着替えたところで、ユーゴとアルフィオが訪ねてきた。
そして、今回はもうひとり、同伴者がいた。
「はじめまして、俺は近衛騎士団副団長、フィリベル・ティトルアンだ。あなたの護衛計画のために呼ばれている。よろしくな!」
ロゼリアと同じく辺境伯家で、となりの領地であるティトルアン家。その家の次男である。
このウェルゲア王国は東西と北の三方を海に囲まれており、残った南の長い国境を、ティレル家とティトルアン家で守っている。遠い昔は一つの家だったこともあり、親戚のようなものだ。
フィリベルはロゼリアの長兄、チェスターと親しく、ロゼリアもかわいがってもらっていた。
「このような格好ですみません、ティトルアン卿。よろしくおねがいいたします、リノア・ミハイルです」
ベッドヘッドにクッションをたてかけ、そこに背を預けたまま、にこやかな笑顔で軽く頭を下げるリノアに、フィリベルは面白そうに片眉をあげた。
燃えるような赤い髪に、はちみつ色のこっくりとした金の目、隆々とした体格。
豊かな表情もあいまって、暖かい、どこかほっとさせる雰囲気を持っている。
「リノア嬢、返す返すも、本当に申し訳ありません。安全な暮らしをお約束していたというのに、私の完全な不手際です」
アルフィオに合わせてロゼリアも頭を深々と下げた。
リノアは柔らかな菫色の目でじっと二人のつむじを見ていたが、やがてふわりと笑った。
「宰相様が力を尽くしてくださっていること、私はよく存じておりますよ。詳細を聞かせてください」
本当に気にしていないという雰囲気だった。
死の危険にさらされたというのに、穏やかだ。フィリベルがうっすらと目を細める。
その様子に、ロゼリアの中で何かがひっかかった。
「……承知しました。ではお話しします」
アルフィオは事件の概略を語り始めた。
下手人はモヴィウ子爵家。寄り親はコルネリア侯爵家だが、そこを飛ばしてダルクス侯爵家とのつながりがあると思われている家だ。
ローラン第一王子を王太子にたてたいダルクス侯爵は、ローランの汚点ともいうべきリノアへの対応を、リノア自身の責任とするつもりだったようだ。「本当に侍女だったのに、ローラン殿下に嘘をついたのだろう」という形で。それをローラン含め貴族たちが集っているところで口にしたという。
けれどもそれをローラン自身が「あの女の鑑定は今行っている途中だ、侍女ではなく聖女の可能性もある」と否定してしまったらしい。
そうなると困るのは下手なフォローに走ったダルクス侯爵自身。ヘタをすれば聖女を嘘つきとして捏造しようとしたことになってしまう。
だから、モヴィウ子爵家を通じて、その前に始末しておこうとしたようだ。殺してしまいさえすれば、やっぱり侍女だったとうわさを流しておしまいにできるという腹だったのだろう。
「まず自分の影響下にいるモヴィウ子爵家の者を焚きつけてゲルドの蜜を手に入れさせ、子爵は事情を知らせぬまま息子に言いつけてそれを凍らせたようです。子どもが毒の凍結に関わるなど、普通は考えませんからね。そうやって王都まで運んできたようです。王都に着いたら、まずモヴィウの者をつかってあなたのメイドの食事に軽い毒を入れ、お茶の時間に部屋から出させる。そして下働きの少女にメイドの名を騙ってゲルドの蜜の入ったクッキーを渡す、という手順でした」
「なんというか、その……」
ものすごく複雑そうな顔で言いよどむリノアに、アルフィオは深く頷き返した。
「わかります。なんと底の浅い計画! ずさんな人員管理! なぜこの計画でばれないと思ったのか、本当に謎で仕方がない! 実行犯が一人でも捕まれば、ずるずると最後まで辿れてしまうというのに!」
「こう言っては何ですが、いろいろ残念ですねえ……まあうまくひっかかっちゃいましたから何とも言えないのがアレなんですけど……」
「残念以下です。まあおかげで実働したもののほとんどは捕らえることができました。モヴィウ子爵は牢へ入れ、審議に入ります。少し時間はかかりますが、貴族籍を剝奪し平民に落としたうえで、おそらく数十年の強制労働になるかと。モヴィウ子爵家は代替わりの上、準男爵へ降格することがほぼ決まっています。準男爵は一代限りですので、次代が目立った功績を上げられなければ取り潰しです」
「なるほどー」
リノアとアルフィオの会話を、ロゼリアとフィリベルは黙って聞いていた。
ひとごとのようなリノアの声に、違和感があった。




