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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第20話 図書館にて


 こちらの世界に来て一か月以上が過ぎた。

 りのは、今日もロゼリアと一緒に王宮の図書館へ通う。

 ロゼリアを紹介されたときに宰相にねだってみたら、あっさりと図書館への入館許可がおりたからで、これ幸いとせっせと読書に通っていた。


 

 王宮の図書館は執務棟に附設する細長い建物で、天井がアーチを描いている美しい建物だ。ロゼリアに聞いてみると、建設されてから数百年は経っており、魔術で崩れないように強化されているので今でも安全だという。そうだろうなあ、図書館みたいな本のたくさんあるところで天井が落ちてきたら大変だもんと納得した。


 こちらの図書館でりのがまず気になったのが、本の配置だった。

 日本の図書館の場合、分類法があって、それに従えば読みたいジャンルの本を探すことができる。それは、日本の学問分野がある程度明確になっているからできることだ。こちらでもそういう分類はあるのだろうか。

 ロゼリアに聞いてみると、私は書籍には詳しくなく……と大変申し訳なさそうに頭を下げられた。こっちこそなんかごめんなさい……。


 そこでりのは、図書館の人に聞いてみることにした。ちょうど向こうの図書館のカウンターに似たスペースがあり、そこにひとりの女性が座っていたので。栗色の髪の毛をアップスタイルで一つにまとめた、ブルーグレーの目のおとなしやかな女性である。


「お忙しいところすみません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」

「はい、なんでしょ、うか……って、せ、せせせ、聖女さま!? えっホンモノ!?」

「いえ、聖女かどうかはまだわからないんですが……あの、少しお時間よろしいでしょうか?」

「すすすすみません! あ、や、やだ私ったら、あの、あのあの、本のことなら、貸出でも場所のことでも何でも聞いてください! あっ失礼しました、わ、ワワ、ワタクシ、ボドリー伯爵家第一子のスティラ・ボドリーと申します! この王城図書館の管理をしております! す、スティラとお呼びください!」


 緊張しているのだろう、言葉がカクカクしているし、目がものすごい速さできょろきょろしている。

 その手元には、開かれた分厚い本があった。


「ありがとうございます、スティラ様。――あの、これ、本の補修をなさってるんですか?」

「ハイ! 仕事です!」


 なるほど、図書館の管理っていうのは受付や案内だけじゃなくて、本の保存管理も含めてのことなのか。


「きれいな本ですね」


 おちついた赤の革表紙。経年変化だろうか、おそらくもともとの色よりも深みと暗さを帯びているように感じられた。その赤に、オパールの遊色のようなふしぎな光り方をする石粉ようなものが散りばめられている。その石粉が、天の川のように赤い表紙の一角を横切っていた。

 すなおに思ったままを言うと、スティラが微笑んだ。


「これは少し古い本なんです。表紙がフレイムドレイクの革なのですが、魔力が抜けて崩れないように手入れをしています。魔力さえあれば折れたりよれたりしませんので」

「ふれいむどれいく……このきらきらしている粉も、そのフレイムドレイク、の素材でしょうか?」

「ああ、こちらはコーラルバードの嘴を粉にしたものですね。少しですが吸湿の効果があって、本の表紙にはよく使われるんですよ。装飾材としても優秀ですが、湿度管理がある程度行えますので」

「そ、それは便利な粉ですね……!」


 装飾になるだけでなく湿度管理もできるなんて、優秀だ。

 りのの脳裏に、湿度に気を配らなければならない工芸品や美術品が浮かんでは流れていく。アンティークの本だけではない、つやつやの漆の汁椀やお重、竹で編んだ籠バッグ、バロックパールのピアス。日本画や油絵。保管には、それぞれにあった湿度管理が必要だ。この粉、向こうに持って帰れたら便利だろうなあ……!

 それにしても、この人、まだ若いのにすごい詳しいなあ。りのはおばちゃん目線で思い切り尊敬してしまった。


「本は大切なものですから、できるだけ長く残ってほしいですよね」

「はい。この国の、世界の人々の足跡ですから、できるだけ取りこぼさないようにしたいと思っています」


 本のこととなって落ち着いたのか、ゆったりとした口調でそう言うと、愛おしそうに本を撫でている。

 ああ、このひとは本当に本が好きなんだなあ、と思った。


「スティラ様、ここの本のことで教えて頂きたいことがありまして」

「はい」

「この図書館に初めてきたのですが、どこにどの分野の本があるか、教えて頂けないでしょうか」

「喜んで!」



 

 その後、スティラはりのに図書館の配置や学問分野のことについて詳しく教えてくれた。

 りのは、教えてもらったことを確認しながら書棚を回り、わからないことが出たらスティラに確認する、という作業を、何日も繰り返した。


 結論から言うと、本は分野ごとにまとめて並べられてはいたが、日本に比べると分け方がおおざっぱだった。

 そして、分野の数が少なかった。大きな分野としては、歴史、文学、魔術、数学の四つだけである。

 

 気になっていた哲学や宗教などに関するものは歴史や文学の分野に突っ込まれていて影が薄い。数も少なかった。

 神学関連は少しあったが、哲学関係はほとんど見当たらない。

 古い国だけあって歴史書はかなりの研究があるし文学も発展している。


 数学もそれほど進歩している印象はなかった。なにせ根っからの文系であるりのにも解ける、中学レベルの数学だったから。高校数学が出てきたら無理だったな、でもこの世界どうやって強度とか構造のあれこれとかを計算してるんだろうと思って、すぐにいや魔法があるから別にいいのかと思いなおす。そういえばこの図書館も魔術で支えられていた。

 そういう計算そのものが必要ないから、数学があまり発展していなくても問題はないのかもしれない。

 自然科学や産業、技術関連も魔術の分野で代替されているのか、そもそも研究自体がほとんどないようだった。まあそれはそうかと納得する。魔術があるから、その辺りの研究はしなくていいのだろう。


 そして、数学や自然科学に関する分野を補って余りあるほど魔術の研究は盛んであるようで、蔵書の中心もこのジャンルである。ただ、こっちは基礎知識がまったくないので、本を読んでもよくわからない。いちおうペラペラめくってみたが、どれも初心者用ではないようで、中身がまったくわからなかった。


(やっぱり、魔術はきっちり勉強しなきゃだねー……)


 さらに困ったのは、社会科学に関する本がないことだった。

 おおまかな概略を記した教科書のようなものはあるのだが、理論などに関しては固まっていないようである。

 どうやって勉強するんだろうとスティラに聞いてみたら、学園では実際の一次資料をもとに教師が解説して、学園に行かないものは店舗などで実地で学ぶというスタイルだった。

 よくよく見てみると、王宮が出している租税調査の結果や発布している法律の一覧、各領が出している資料などはファイリングしてあったので、それらを読むことでなんとなくこちらのしくみをつかむことはできた。

 ただ疑問はいっぱいあるので、どこかで誰かに聞いてみようと、心のメモに残しておく。


 一方で、百科事典や辞書の類はとても充実していた。

 りのはそれをむさぼるように読んだ。絵がついているものが多くて、とても面白い。

 どういう理屈なのか、向こうにあるものは向こうと同じ名前で表記されていた。


(これ、たぶん「鑑定」持ちが書いてるんだろうなぁ)


 こちらの世界で生きていくために知らなければならないこと、確認しなければならないことは多い。

 それもできれば聖女とバレる、あるいはバラす前に確認しておきたいことだ。

 あちらに帰ることができないかもしれないと思うようになってから、りのは自分が聖女であるとバラすタイミングをはかっている。

 もう一人の聖女は学園に行けて、自分にはがっちり護衛がついていることから考えても、聖女と認識されれば安全度は高くなるだろう。

 でも、囲い込まれて、使いつぶされるのはごめんだ。

 困ってるからタダで助けてください、死ぬ気で過重労働してくださいなんて、ふざけるなと思う。

 どういう形になるかは相手の出方次第でもあるけれど、こちらからも要求したいことが山ほどあるのだ。

 そもそもこっちは誘拐の被害者なのだし。


(そういう話をするためには、どうしたって知識がいる)


 何を仕事とするか、対価として何を要求するかを考えるためには、まずこの世界を知らなければならない。

 向こうの思うままの、向こうにとって都合のいい知識ではなく、もっとフラットな、この世界についての知識だ。

 だからりのは、まず図書館に通ったのである。


(まあ王宮の図書館だから、収める本は精査されてるだろうけど。でもまぁ概略をつかむの、大事だしね)



 次にりのが探したのは人体に関する本だった。医療、医学に関する本で確認したいことがあったのだ。

 りのが知りたかったのは、こちらの人間の体の仕組みである。

 髪や目の色はともかく、見た目は人間と全く同じだけれど、体の中身も同じなのだろうか。魔術というりのの世界の人間とは違う力を持っているのだから、魔力のための器官とかがあるのでは? うっかりりのが治癒魔法を使って、体の仕組みが違うから治りませんでした、なんて怖すぎる。

 誰かというと、ロゼリアである。


(私の都合で聖女ってことを隠してて、そのせいでロゼリア卿を危険に巻き込んでしまってるわけで。イメージで魔法を使えたことを思えば、たぶん治療できる気がするんだよね。その時に、体の仕組みの違いとかでロゼリア卿に不都合がでないようにしたい)


 ロゼリア・ティレルは、とても気持ちの良い女性だった。

 とんでもない美女なのに、すっと芯が通った、媚びも偏見もない視線が心地よい。

 自分を思いやり、危険がないように気遣ってくれる。

 それが彼女の仕事なのだとしても、孤軍奮闘しているりのには嬉しかった。

 少しずつ雑談なんかもして、いろいろなことを教えてもらったりして。


 りのは元来、ひとみしりだ。インドアなのもその理由が大きい。人との間に築く壁がわりと分厚いのだ。

 ロゼリアは、その壁の手前で立ち止まり、少しずつ距離感を確かめるように近づいてくれる。

 りのが自分の世界のことをあまり語らないことに気づいているだろうに、それを聞かれたことは一度もないし、逆にこちらの世界をプッシュしてくるようなこともなかった。やさしい子だ。クールな見た目と違って性格は素朴だし、天然なところもあって、それもかわいい。

 自分は二十歳も年上だけど、友だちになれたら嬉しいなぁと思っている。


 だから、もし襲撃とかでロゼリアが傷ついたなら、その傷を癒せるようになっておきたい。

 

(どこかでこっそり治癒魔法も作って練習しておかなきゃな)


 りのの学習計画は順調に進んでいた。


本日はここまで。

お読みいただきありがとうございます。

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