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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第2話 ここはどこ


 がやがや、がやがや。

 人ごみの中のようなざわめきが聞こえた。そのざわめきが、少しずつ人の声として聞こえてくる。



(……音が、ひびいてる……)



 うわんとゆがむ人の声。

 たゆたっていたそれが徐々に形を持ってくると、頭の奥に刺さってひどく痛い。


(あたま、いたい……)


 脳の奥で、ずきんずきんと痛みが脈をうっている。

 りのは呻きながら目を開いた。



「……は?」



 まず見えたのは、たくさんの足だった。

 地面、それもなぜか石張りの床の上に立っているたくさんの足。


 痛む頭を押さえながらのろのろと体を起こす。頭以外に痛いところはなさそうだ。血も出ていない。

 ただ、灰色の石の上に横たわっていたので体が冷え切っていた。寒さからか、よくわからない事態からか、体が震えている。

 とはいえ、動けないほどではなさそうだ。頭が割れそうに痛いだけ。


 りのはひとまずそこまで確認して、改めて周りを見て、息をとめた。


「は……?」


 さっき見た、たくさんの足。その上にあったのは、見慣れた日本人の顔ではなかった。

 金色、銀色、青に赤に緑にピンク……色彩の暴力のようなとりどりの色をした髪。色素の薄い肌の色、彫りの深い顔立ち。どう見たって日本人じゃない。


 着ている洋服も、刺繡やレースがいっぱいついている仰々しいものだ。刺繍やレースは遠目に見ても見事だったが、きれいな美術工芸品が大好きなりのでもそれを楽しむどころではなかった。

 そのデザインは、漫画や映画でみかけるヨーロッパ貴族の衣装っぽい。ますますわけがわからなくなる。


「どこ、ここ……」


 ここは、日本の、いつもの町のいつものショッピングモールではない。


 それだけがはっきりわかって、胸がつまるような息苦しさを覚えた。

 頭がガンガンする。大きな音が耳元で反響し続けている。体の震えが止まってくれない。

 必死に息を吸いながら、りのは目線だけを右へ左へ動かした。そして、は、と息をのんだ。


 周囲が立ってこちらを見下ろしている中で、たったひとり、りのと同じように地面に倒れている少女がいた。


 彼女は、日本の学生服をまとっていた。紺色のブレザーにチェックのスカート、黒のハイソックス、ローファー。たぶんどこかの中学か高校の制服だろう。

 反射的にずりずりと這って近づいて彼女に半ば覆いかぶさり、周囲のぶしつけな視線からかばった。

 少女の、少し茶色がかったやわらかい黒髪がりのの腕に振れる。


 男たちの意図が分からない中で彼女を視線にさらしたくなかった。だってこの子はたぶんまだ子供で、こっちは大人だ。そのくらいの良識は持っているつもりだ。


(若い女の子が倒れてるってのに黙ってみてるだけってどういうこと!?)


 怒りのようなものがじわりと内側に広がるが、とり囲んでくる相手を睨み返す余裕はなかった。怖い。

 顔を伏せて、必死に考えた。


 どうしよう、どうしよう。

 状況が分からない。

 怖い。

 


 半ばパニックに陥った時、石造りのその場に響いたのは、ハリのある若々しい声だった。



「よく来られた、聖女殿」



 声に驚いて振り返った。

 わらわらといる男たちの中から進み出てくるのは、金色の髪に白い肌の青年だった。冴えた青色の目が、りのと少女をじっと見下ろしている。

 少年と青年の間くらいの年齢だろうか。顔つきに幼さは残っているけれど、威圧感があった。いや、威圧感というほど重くはなく、偉そうなというか。


(――いいところの子だ。すごく丁寧に育てられてるし命令しなれてる。ワンマン会社の社長の息子専務とかにいそうなタイプ……うーん、おぼっちゃんっていうよりはオウジサマって感じ)


 りのはこうみえても商売人だ。あまり上手ではないけれど、交渉も販売もする。今までいろいろなタイプの人と話をしてきたから、人を見る目も、年相応にはあると思っている。

 その経験からして、この青年はあまりいい感じがしなかった。この手のひとは難しい。自分の言い分が通ることは当然だと思っているタイプの匂いがする。

 そんな相手だと、特に初対面では話が通じないことも多い。ましてや、これだけの大人の男たちの中から、おそらく代表者として出てきたのだ。


 せめてこの女の子だけでも目をつけられないように、と少女をさらに隠そうとすると、ちいさなうめき声が聞こえた。



「いたい……」



 少女が瞼を震わせている。りのはあわてて彼女の上からどいた。重かったかな、と現実逃避気味に思った。


「あたま……ガンガンする……」

「大丈夫?」


 手を貸して起き上がらせながら小さく聞くと、少女がこちらを見上げてきた。

 その目を間近でのぞきこんで、りのは思わず言葉を失った。


(うっわ、きれいな目!)


 透きとおった可憐なラベンダー色が、目の中心にいくにつれて紺色に代わり、それがオレンジ色と混ざっている。

 ラベンダーと、紺とオレンジのアースアイ。

 アースアイって初めて生で見たなあ、きれいだなあと感心してから、あれ、とりのは我に返った。


 おかしい。だってこの子、日本の子でしょ。ラベンダー? オレンジに紺?

 どういうこと?


 少女もこちらをのぞきこんでいて、なぜか口があんぐりと開いていた。目を見開いてこちらを凝視している。

 互いに見つめ合ったままフリーズする。



「ふむ、聖女殿、説明はのちほどしよう。ひとまず、落ち着けるところに案内する」



 二人して固まっていたが、青年はそれをすっぱりと無視した。よくわからないことを言いながらつかつかと歩み寄ってきて、少女の手を取る。

 ぐいとひっぱりあげられ、少女がきゃ、と小さな悲鳴をこぼした。


「え?」


 よろめきながら立ち上がる少女を茫然と見上げていると、青年がちらりとりのを見下ろした。


「そなた、聖女殿の侍女か? そのうち呼ぶ故、待機していろ」

「は?」


 じじょ?

 じじょってなに? 二女? あ、侍女のことか!?

 は!?


「誰か、侍女を客間へ案内せよ。ああ、そこのそなたでいい。案内後は護衛していろ、身の周りは誰か侍女……いや、メイドでよいか。メイドをつけるように」

「ハッ」


 りのは、オウジサマに連れられて行く少女をぼうぜんと見送りながら、近寄ってきた男に手を引っ張られて立ち上がらされた。

 男は、薄い金属のようなもので上半身の胴体部分を覆っており、なぜか腰に長剣を佩いていた。兜はなくて、腕と脛も似たような金属っぽいもので覆われている。

 ぎちっと握られた手首が痛い。



「ついてくるように。こっちだ」



 こうして、なんだかやたらと偉そうな態度のその男に、りのは石張りの広間から半ば無理やり連れ出された。

 広間を出ると、そこもまた石が積み上げられた壁と床。広い廊下のセンター部分には、赤い無地の絨毯が敷かれていた。



(いったいなんなのよここは……)



 完全にキャパオーバーして、回らない頭を抱えたまま、その廊下をひきずられるようにりのは歩いた。


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