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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第19話 ロゼリア・ティレルの兄と姉

少し長くなりました。


 食堂から家族の居間に移った兄弟五人は、それぞれの近況を楽しく話し合っていた。

 表から裏から、いろいろな話題が飛び交うが、今、みんなが盛り上がっている話題は、砂糖入りの紅茶である。まさかこんなにおいしいとは、と一同目を丸くした。それほど甘いものが好きではないチェスターやライリーも目をみはったくらいだ。

 皆は、誰に教えてもらったのかロゼリアに聞いたが、ロゼリアはニコニコ笑って、内緒です、兄様たちも内緒にしてくださいね、絶対ですよ、ティレルの秘密にしましょうね、とすましていた。


 そうやって、ひとしきりみんなでワイワイした後、いい香りの甘い紅茶を一口すすって、メレディアが口火を切った。


「ロゼ、聖女様から離れて、異世界人の方の護衛についたんですってね」

「さすが姉さま、情報が早いですね」


 蜂蜜をからめたくるみのお菓子をつまんでいたロゼリアは、素直に姉を称賛する。


「ユーゴ様がこっそり教えてくれたわ。左遷じゃないから気にするなって」

「どっちかっていうと、その聖女様じゃないほうを気にかけてるんだよねぇ、宰相閣下も」

「そうなのかい」


 チェスターもほう、という顔をした。


「ねえロゼ、聖女様はどんな方なの?」

「カノン・アキノ様というお名前で、黒い髪に、淡い紫とオレンジの『聖女の目』をした可愛らしい方です。十五歳だったかと」

「あら、ローラン殿下と同じ年」

「一緒に学園に通われるそうです」

「あー、それでロゼは護衛から外れたのかぁ」

「ローラン殿下と殿下の護衛が守るってこと?」

「殿下はカノン様の世話役を任されておられますから……」


 一同の表情が微妙なものになる。

 ローラン王子殿下は悪い人間ではないが、どうにも空回りが多いので。


「……ロゼ」

「はい、ライ兄様」

「聖女様は、どのようなご性格の方なんだ?」


 ライリーの率いる第三騎士団の主な任務は、魔獣の討伐である。魔獣を鎮めると言われている聖女とのかかわりは一番深くなるだろう。


「そうですね……その、あまり、お話をされない方で」

「ロゼもおしゃべり上手じゃないしねぇ……こんなにかわいいのに、仕事中は頑張ってぴしっとしてるから、よけい話しにくく感じちゃうんだろうねぇ」

「こらデュー」


 メレディアのお叱りに、デュランは軽く肩を竦める。

 兄姉みんなそうだが、特にすぐ上の兄は自分に関して目が曇っていると思っているので、ロゼリアはそれをさらりと流した。


「こちらに連れてこられてしばらくは帰りたいと泣いておられました。最近は、あちらに帰る方法がわかるかもしれないということで少し元気になってこられましたが」

「ああ、魔術師団で今、送還の魔法陣についての資料をまとめているのはそれなのね」

「はい。ユーゴ団長が、送還の方法を探しているとカノン様にお伝えになったようです。それで少しお元気になられて、学園の方にも通うことになったとか」

「あまりこちらの世界には興味を持っておられないのだな……」


 がっかりしたように言うチェスターに、メレディアはそれはそうよ、と答えた。


「いきなり家族や兄弟と引き離されたら、私だって一日中泣いて暮らすわ」

「姉さんの場合は泣くんじゃなくって、怒って周りを焼け野原にするんじゃない?」

「間違いないわね!」


 胸を張るメレディアに、デュランがふはっと笑って、場の雰囲気が柔らかくなる。


「で、ロゼ、もう一人の異世界の子はどんな子なのー?」


 鮮やかな赤い目をきらきらさせるすぐ上の兄に、ロゼリアはちょっと口ごもった。


「リノア・ミハイル様は、とても、……とても、不思議な方です」

「不思議?」

「はい。真っ黒な髪に菫と金の『聖女の目』をしていて……たぶんカノン様より少し上のお年だと思うのですが、見ていると私よりずっと年上でいらっしゃるような気持ちになります」

「まぁ」


 メレディアが目を瞠る。ロゼリアが微笑んでいたからだ。


「初めてお会いした時、シプラスト宰相閣下にご紹介いただいたのですが、……私のことを、『ティレル卿』と」


 今度はライリーが目を瞠る。

 騎士であり、ロゼリアの置かれている状況にも詳しいライリーには、その喜びがよくわかった。


「私、騎士団で護衛をさせていただく方々にはいつも『ティレル嬢』『ロゼリア嬢』と呼ばれていたのですが、リノア様は、はじめからティレル卿、と呼んでくださいました。後日、そのことをお話したら、騎士を呼ぶときは『卿』をつけると聞いたのだけど、と不思議そうなお顔で言われて」

「騎士を呼ぶとき、か。ミハイル様にとって、ロゼは女というよりも先に騎士なんだね」

「はい。それが、私にはとても新鮮でした。私だけでなく、メイドたちにも、それぞれに気配りをされるのです。おとなしいメリルには静かにお礼を言ったり、穏やかに微笑みかけたりするのですが、社交性のあるイリットにはにぎやかに市井の話や家族の話などを聞いたり、冗談を言って笑わせたり。とても心地よく働けていると、メイドたちが感謝していました。私も、時々お茶に誘っていただいて、楽しくお話をさせてもらっています」


 ロゼリアから見たリノアは、若い外見に似合わぬ穏やかさと気配りを見せる女性だった。

 贅沢も我儘も言わないし、外出も面会も積極的にはしない、護衛としてはとても守りやすい人。

 そして、ロゼリアの様子を見ながら、互いの距離をゆっくりと、少しずつ詰めてくれる、大人の女性でもあった。


「護衛を始めて、リノア様に『私は護衛を受けるのがほぼ初めてなのですが、どういうことに気をつけたらいいでしょうか? 何かしてほしくないこととか、されたら困ることとかありますか?』と質問を受けました」

「変わったお嬢さんだねえ……」

「リノア様のいらっしゃった国はとても安全で、ごく一部の人をのぞき、護衛などつけなくても安全に暮らせるのだそうです。だから、護衛のことは何も知らないから教えてほしいと。初めての人と会う時はあらかじめお教えください、とお伝えしましたら、誰かと会う予定はほぼないから大丈夫です、と笑われて」


 ああ、とデュランが頷いた。


「ミハイル嬢、異世界からのお客人に割り当てられてる予算ほぼ使ってないからね、今。面会に使うドレスも宝飾品も作ってないし、なんか贅沢なものを食べたいとか飲みたいとか言わないみたいだし。面会の申し込みは結構あるんだけど、宰相閣下が全部蹴飛ばしてる」

「買い物をせず食事に興味を持たず、面会もせず……毎日何をしておられるんだろう?」


 チェスターも不思議そうに聞いた。


「あの、もうすぐしたら帰るのだから、豪華なドレスも宝飾品も不要だと。食事は、あまりお口にあわないようで、残されたり文句を仰ったりすることはありませんが、お代わりされることもありません。そのかわり、魔獣肉や野菜の名前などは興味深そうに聞かれていますね。紅茶はお好きでよくお飲みになっています。それから、リノア様はほぼ図書館にいらっしゃいます」


 宰相に許可をもらってからはせっせと王宮図書館に通って読書をしていた。

 ロゼリアはその行き帰りを護衛し、図書館の中でもその様子を見守っていたのである。


「勤勉な方なのだね」

「勤勉というか、とても楽しそうですね。知らないことばかりだから面白いと。魔術も魔獣も初めて知ることなので、興味深いそうです」

「そうか、心の強い方だ。――彼女は、聖女認定はされていないんだったね?」


 チェスターが目を細めると、メレディアが補足した。


「『鑑定』はユーゴ団長ができたのだけど、解読がまだできていないのよ」

「メル姉さまでも難しいのですか?」


 姉の優秀さを信じているロゼリアが目を丸くすると、メレディアは一瞬だけ嬉しそうな顔をして、悔しげにため息をついた。


「文字が、今まで見たことのないものなの。世界中の辞書と突き合わせているけど、似た文字さえないわ」

「ミハイル嬢ご自身に読んでいただくわけにもいかないしねぇ」

「ええ、ミハイル様は魔術もよくご存じないわけだし。聖女認定が出ないといろいろ危険が及んでしまうから、早くなんとかしたいんだけど」

「目は間違いなく『聖女の目』なんだろう? 認めてもよさそうだが」


 魔獣の討伐にあけくれる次兄のライリーにしてみれば、聖女が二人というのは本当にありがたい話だ。いつかは魔獣退治にも同行してほしいだろう。

 そうわかっていても、リノアの笑顔を思いだせば、ロゼリアの胸がしくりと罪悪感で痛む。あの方を恐ろしい魔獣の前に連れていくなんて。


「……異世界人全員に出る目の色なのかもしれない、きちんと『鑑定』するべきだと一部の上位貴族が言っているそうです」

「ロゼ、それ第一王子派とかいうやつらでしょー? あいつらほんと、ローラン殿下のミスを消したくてたまらないんだねぇ」

「まぁもし聖女でいらしたとなったら、侍女と間違ったなんて醜聞もいいところですものね」

「そのことだが」


 チェスターが静かに口を開いた。

 一同は長兄の言葉に耳を傾けた。


「ダルクス侯爵家が、最近、目立たないように迎賓棟や文官棟に人を送り込んでいるという噂を聞いたんだ。同派閥の末端を使っているらしくて、まだ裏はとれていないんだけど」

「ダルクスかぁ……第一王子派の筆頭だねぇ」

「人というのは、メイドや騎士、というところかしら、お兄様」

「それから料理人だね」

「襲撃だけではなく毒も注意が必要ですね」


 一同の視線が厳しくなる。


 このウェルゲア王国には、大きくわけて四つの派閥がある。

 ひとつは、ローラン第一王子を次期国王として立てたい第一王子派。

 筆頭がダルクス侯爵家で、娘のチェザリアをなんとかローランの第二妃に、あわよくば王太子妃に押し込みたいと必死になっている。


 もうひとつはテオドール第二王子を推す一派だ。

 ローランともう一人いる王女は王妃が生んだ子だが、テオドールは亡くなった第二妃が生んだ王子で、第二妃の実家であるガズメンディ公爵家が後見している。


 ティレル家や、ローラン第一王子の婚約者の実家であるレンデリーア家は国王派である。

 王太子はどちらでもいい、国王の選択に従うという派閥で、王家そのものに対して忠義が厚いところもあれば、フィンレー国王に心酔している家まで幅広い。ここが最大派閥で、宰相であるシプラスト公爵家もここに入る。


 最後はどこにも属さない、態度をあらわにしていない中立派であるが、立太子で対立している第一王子派、第二王子派ともに権力に執着する気質が強い家が多いのが、国王派としては頭が痛かった。


「ローラン殿下に傷をつけたい第二王子派の中にも、ミハイル嬢を担ぎ上げたい奴らと、ミハイル嬢を排除して責任をローラン殿下に押し付けたい奴らが入り混じっている。第一王子派としては、秘密裏にミハイル嬢を処分してしまいたいところだろう」

「ローラン殿下、まだミハイル嬢に謝罪してないみたいだしねえ……」


 ローラン王子は悪い性質の人間ではない。まじめで勤勉だ。だがどうにも要領が悪く、賢王フィンレーを知る国王派としては態度を決めきれないというのが正直なところなのである。

 そこに湧いた聖女召喚に関するもろもろ。


「ロゼリア」


 優しい、けれど重みのあるチェスターの声に、ロゼリアはぴっと姿勢を正した。


「今、一番危険なのは、聖女と断言されていないミハイル様だ。護衛のお前も危険だろう。くれぐれも、くれぐれも気をつけて」

「何かあったらすぐに連絡しなさいね、飛んでいくわ」

「姉さん、後始末は俺が何とでもするから、ロゼを頼むね」

「はい、チェスター兄様、メル姉様。デュー兄様もありがとうございます」

「ロゼリア、お前は騎士だ。誇りを忘れず、しっかりお守りしろ。大丈夫、お前ならできる」

「はい、ライ兄様」



 ロゼリアは、敬愛する兄姉たちの応援を受けて、大きく微笑んだ。


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