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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第18話 ロゼリア・ティレルの帰宅


 異世界人リノア・ミハイルの護衛についてしばらくたったころの夕刻、ロゼリア・ティレルはいつものように夜間の護衛を他の騎士に引き継ぎ、リノアに挨拶をしてから、彼女の住む迎賓棟から外に出た。

 ロゼリアの仕事の時間は、リノアの朝食前から夕食までである。夜間の護衛は部屋の前に立つので、男でも問題がない。

 以前は彼女が眠るまで部屋の中で待機していたが、夕食後は部屋から出ないので休んでください、と言われて、以後そのようにしている。上司であるアルフィオ宰相に報告し指示を求めたところ、人がいるのが気づまりなのかもしれない、外からの護衛を充実させ、部屋からは出るように、と言われたからだ。

 もしかして自分は彼女に嫌われているのだろうかと少しショックを受けたが、そういえば護衛になれていない人だった、と思いだした。それなら気づまりなのも納得だ。むしろもっと早く気づいてさしあげなければならなかった、とロゼリアは深く反省したものである。


 近衛騎士団棟に戻って今日の報告書を仕上げて提出し、自隊の隊員から上がってくる書類や相談などを処理して外に出ると、もう周囲は薄暗くなっていた。


(少し急いだほうがよさそうだ)


 今日は、だいじな、嬉しい約束があるのだ。




 一度寮に戻り、外出の用意を整えて王城の正門を出たところで、瀟洒で大きな馬車がロゼリアの横に止まった。

 見慣れた二頭の馬がひくその馬車には、ロゼリアの生家であるティレル辺境伯家の紋章が入っている。

 その馬車の窓がすっとあいて、そこから名を呼ばれた。


「ロゼ!」

「あ、デュラン兄様」

「追いつけてよかった、一緒に乗って帰ろう」

「ありがとうございます。辻馬車を捕まえる手間と時間が省けました、兄様」

「そりゃあよかった」


 窓から、ひとりの青年がカーマインの鮮やかな目をふわりとゆるませて笑いかけてくる。色気があってどきどきするわ、と淑女を喜ばせているらしい笑顔だが、それを正面から見られるのは兄弟だけだとロゼリアは知っている。

 馬車の後ろの補助席から降りてきた従僕がすっと足台を置き、馬車の扉を開けると、森色の目をした騎士が降りてきてロゼリアに手を差し出した。

 騎士なのでひとりでも問題はないのだが、ロゼリアは何も言わずその手に自分の手をゆだねる。


「ライリー兄様もご一緒だったのですね」

「ああ、デュランにつかまった。デュランが馬車をまわして皆を迎えに行く予定だったらしい。メレディアはとっくに帰っているようだし、ロゼリアは捕まらなかったと言って、さっきまで落ち込んでいたんだ」

「おや、ライ兄さんが何かひどいことを言ってるぞぉ?」


 ティレル家は三男二女の五人兄弟。ロゼリアは末っ子で、兄たちにも姉にも大変可愛がられている。

 すぐ上の兄のデュランとは一番仲が良く、ケンカもイタズラもいっぱいしたが、ロゼリアに一番甘いのもこの兄だ。

 二番目の兄であるライリーは、ロゼリアにとって昔から憧れの騎士である。卓越した剣術の力、指揮能力。どれをとってもまだまだ先を行く人。

 

 兄の手を借りて席におさまると、なめらかに馬車は走り出した。


 ロゼリアたちの両親は領地にいて領内を治めているが、兄弟たちは全員、王都アトラロに住んで仕事をしていた。

 それぞれに忙しくしているけれど、一か月に一度くらいの頻度でタウンハウスに集まり、食事をしたり話をしたりする。

 今日はその集まりの日だ。


 馬車は静かに王都を走る。

 ロゼリアが兄たちと楽しくおしゃべりをしている間に、高位貴族家の屋敷が集まる街へ向かい、やがてティレル家のタウンハウスへ到着した。




「ただいま戻りました、チェスター兄様」

「ただいまチェス兄さーん」

「ただいま戻りました、兄上」


 ロゼリアは馬車を降り、まず馬車を引いていた馬を撫でてねぎらった。馬が好きなので、タウンハウスの馬たちも皆可愛がっている。今日馬車を引いていた二頭は頭をこすりつけてロゼリアに甘えて撫でてもらい、ライリーからニンジンをもらって、満足したように馬丁につれられていった。デュランは動物が好きなのだが動物からは好かれない質で、二人が馬と戯れるのをきーっと悔し気に眺めていた。

 その後、三人そろって家族だけが使う居間に入ると、彼らの一番上の兄が三人を待っていた。


 長兄、そして五人兄弟の一番上のチェスターは、黒にも見える濃く深い緑色の目を持つ穏やかな人で、三人三様の挨拶を楽しそうに受け取り、それぞれにおかえり、と返した。懐が深くおおらかで、一番ティレルらしい気質だと言われる自慢の兄、次期ティレル辺境伯だ。

 そこへ、ロゼピンクの目をした艶っぽい美女がやってきた。やってくるなりロゼリアにとびついて、豊満な胸にぎゅーっと抱きしめた。やわらかい感触がロゼリアにはとてもうらやましい。なぜとは言わないが。


「わぁ、ぷはっ、メル姉さま!」

「ロゼロゼロゼ、私の可愛い妹! 寂しかったわ!! おかえりロゼ!!」


 ちゅっちゅっとロゼリアの頬にいくつものキスを落とし、今度はデュランに向き直ったが、デュランはライリーの背にすっぽりと隠れている。


「デュー! ライの背に隠れるなんて卑怯よ!」

「すくすく育つライ兄が悪い! ライ兄、俺の代わりに洗礼を受けてきて!!」


 なよりとしたデュランは、細身とはいえそれなりに広い背を持つ兄を生贄に差し出した。

 まったくもう、と言いながら、「メル姉さま」と呼ばれたメレディアは、上の弟の頭をむぎゅっと抱える。


「久しぶりねライ、おかえりなさい」

「ただいま帰りました、姉上」

「ただいま姉さん」

「まったくデューはいつも変わらないわねぇ」


 ライリーの頬や額にちゅっちゅと唇を落とし、隙を盗んでデュランの頬にもひとつちゅっと落とす。

 五人兄弟の長女、上から二番目のメレディアは特別に兄弟が大好きだ。会えばどこででも全力で抱きしめキスを降らせてくる。全員が青を帯びたプラチナの髪をしていて、目の色は少しずつ違うが兄弟だとひとめでわかるので、外でも誤解を招くことはない。


「さあ、ひとまず夕食にしましょ。その後、お茶なりお酒なり飲みながらお話。兄様、それでいいわよね?」


 この集会は、家族の集まりであると同時に、各人の持つ情報を交換し、必要ならば領地の両親へ送るという側面も持っていた。

 辺境伯であるためなかなか王都へ出てこられない両親の代わりに、王都や王家、貴族たちのさまざまな情報を子どもたちが集めているのである。

 チェスターは王都の辺境伯代理、次男ライリーはまだ若いにもかかわらず第三騎士団の団長だ。三男デュランは宰相府の文官、それも宰相付きの文官であり、長女メレディアは、魔術師団の第二部隊隊長で、次女ロゼリアは近衛騎士団にいる。

 つまり、それぞれが国の重要機関の情報を知るポジションにいるのである。

 もちろん口止めされていることはこの場でも言わないが、逆に言えばそれ以外のことは共有している。

 情報を持ち寄って精査し、実家に影響が出そうなら両親に知らせ、トラブルや騒動の芽になりそうならばしかるべきところに報告して安定を保つ。それがこの集まりの目的だけれど、それ以上に、兄弟に会えるこの時間を皆がとても楽しみにしていた。


 食事をしてから情報の交換をしようというメレディアの言葉に、チェスターはもちろんだよとおおらかに笑った。


「俺、今日はワイン飲みたいなあ。チェス兄さん、領地から今年の新しいワイン来た?」

「ああ来たとも。今年も出来は上々のようだよ。ティトルアン領のももらっているから、飲み比べるといい。メルはどうだい?」

「嬉しいわ、ティトルアンの白ワイン、大好きですもの。楽しみね。ライはどうする?」

「俺は明日の朝から次の討伐の会議が入っているので、お茶にします」

「ライ兄様、おいしい紅茶の飲み方を教わりましたので、よかったらそれを試してみませんか?」

「あっロゼずるい、ライ兄だけ!? 俺にも教えてよ!」

「そうよそうよ! みんなで試しましょうよ!」

「はは、じゃあ夕食の時に少しずつ、ワインの味見だけしようか。ライ、ロゼ、それなら飲めそうかい?」

「はいチェスター兄様、大丈夫です」

「それなら俺も頂きます」


 会えなかったひと月の時間はなかったかのように、五人はにぎやかに、いつものようにおしゃべりしながら、おいしい夕食のために食堂へと歩き出した。


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