表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

164/167

第164話 心が忙しい


 りのは、どこかふわふわした気持ちのまま自分の部屋に戻ってきた。

 いつも通り、レノアとお昼ご飯を作って、ロゼリアも交えて三人で食べる。

 けれど、今日はそのいつもの風景が、ぼんやりと光ってあたたかい気がした。


(感動しすぎでは、私。でも、嬉しかったから。いいや、今くらい)


 向こうで流行っていた、食パンにたっぷりの具材を挟んでラップで包み、ラップごと半分に切って食べるタイプのサンドイッチ。

 この間余分に作ってマジックバッグへしまっていたオークカツを使ったカツサンドと、クリームチーズとレーズン、蜂蜜を混ぜた、ルシャタという赤いカボチャに似た野菜のペーストを挟んだものだ。

 かつさんど、サクサクでおいしいですと笑うレノアと、ルシャタペーストの甘くコクのあるサンドイッチをうっとり食べるロゼリアと。

 ひときわ穏やかなランチタイムになった。






 昼食後、りのはメリルにバランジュの紅茶をいれてもらった。スモーキーで、渋みが心地よい紅茶だ。ふわふわとした気持ちをぐっと落ち着けるのにちょうどよかった。渋みを楽しもうと、お願いして三煎くらいまで入れられるように茶葉を足してもらう。

 一煎目は、メリルの腕が存分に出た、渋みと香りのバランスがすばらしい一杯だった。

 その紅茶をゆっくりと味わいながら、ぼんやりと考える。



(少しずつ、一歩ずつ、信頼関係を重ねていけば、もう少し肩の力も抜けるかな)


 どんなに高い地位にあろうとも、この世界での安全はまだまだ保障されていない。それはりのだけではなく、カノンも同じことで、だからこそカノンの感じている恐怖はよくわかった。

 見知ったひとが近くにいても、やはり自分は異物なのだという感覚。その感覚が、いつもうっすらと心と体を緊張させてくる。


(ロゼたちが謝ってくれた時も思ったけど、そういう信頼関係で、気持ちを落ち着かせるのがいいのかな)


 自分で注いだ二煎目の紅茶は、香りに渋みと煙香が強くなり、味も苦みが少し強くなって、頭の芯が冴えていく。


(よくわからない、けど、その参考になることが書いてあるかもしれないんだから、聖女たちの本に目を通すのは最優先事項だよね)


 今日投げてきた提案がどういう形でおさまるかはわからないが、時間稼ぎにはなるだろう。

 未知の言語の解読は、とにかく時間がかかるものだ。効率を優先するなら、この世界の未知の言葉に挑むより、りのやカノンが向こうの文字や文法を教えるほうがよっぽどいい。

 だがそれでは困る。聖女を道具としか見ないようなメンタルから叩きなおしてもらわなければカノンを招けないし、聖女研究だっておかしな方向に進むだろう。


(それに、再教育ということになれば、資料管理課との共同研究までに時間がかかるだろうから、その間に本に目を通せるわ)


 それは、聖女エイコの手記を読んで思った事だった。


(国や王室にとって不都合なこと、そして私たち聖女にとって知られたくないことが混在している)


 前者でいえばロクデナシの国王のこと。後者でいえば、


(英子さんも若返ってた)


 小さなことだし、りのとしては別にバレてもいいが、若返ったことを知られて不都合を得た聖女が過去にいたら? そう考えると、うかつに全訳をするのは危険なような気がした。


(聖女のための全訳を作るのはまあいいとして、それをどうやって保管して伝えればいいの? 国や王家に渡す訳はどうする? 抄訳にする? 国や王家はそれをどう扱う? 向こうと協議しないとだけど、そのためにはどんな情報が聖女の手記に残っているのか分かっとかなきゃ)


 だから、翻訳をする前に、一応全部に目を通して、内容を把握しておこうと思っている。

 りのは三煎目の紅茶をカップに注ぎ、口をつけた。

 ぬるくなった分、香りは丸くなったが味の方は渋さが強くなり、さらにスモーキーさが強烈に舌を刺した。ふふ、と笑いがこぼれる。


「バランジュは二煎目で止めておくのがいいかもね」


 けれど、飲み干せば気持ちは存分に落ち着いた。

 りのは立ち上がり、読書をするから、出てくるまで放っておいていいからねとロゼリアたちに告げ、寝室へ向かった。






 残りはあと四冊。

 寝室の窓際に置いた、小さなラウンドテーブルと椅子がりのの読書スペースだ。

 本が日光で灼けないよう、りのが座っている側だけ、窓を閉めてリネンのカーテンを引く。もう片方はカーテンも窓も開け放っているので、柔らかい風が室内に入ってきていた。


「お茶は出せないけど、読書にはいい感じ」


 ラウンドテーブルに、四冊の本をマジックバッグから出して置いた。


「さて、と」


 どこから、どうやって手をつけようか。

 いつまで、と期限が切られていないので、優先順位をつけて進めていくのがいいだろうが。


(一冊ずつ丁寧に読むのは、たぶん時間的に厳しいよねえ……)


 日本語だから一晩で読めただけで、辞書を引きながら読むのは大変だ。翻訳、つまり訳したのを書き写す作業はないので読むだけとはいえ、りのの語学力ではスピードは出ない。


(ゼノン君が言ってた列伝でアタリをつけてから読むのもありだよなあ)


 列伝にのっていればその聖女の功績がわかるから、それの大きさで読む順序を決めることができる。のっていなければ後回しにしてもいい。


(うん、それが早そうだな。ということは、列伝で調べるために、それぞれの聖女の名前はチェックしておく必要があるか)


 まずはそこからだな、とりのは作業手順を決めて手袋をはめ、ノートとペンを取り出した。


「ええと、これは表紙に名前が書いてある……けど、本当にこの名前の人なのかなあ……」


 呟きながら、例の、アダム・マティスと男性名の書かれた本を手にとった。


(聖女なんだからって女でいることを強制されたとか……女性なんだけど事情があって男性名を名乗ってたとか……やだ、なんか例のフランス革命漫画すぎる……)


 どんどん広がっていく想像をとめようと、りのは本を開いて眺める。

 ペンネームというか聖女ネームというか、マティス氏の別の名前が書いてあるかもしれない。

 ぱらぱらと、人名らしきものがないか各ページを開いていく。

 そして、本の真ん中くらいで、ふしぎなものを見つけた。


「なに、これ」


 それは、ページ一面に書かれた、何かの断面図たちだった。

 使い倒して短くなった鉛筆のようなかたちの断面図。部分ごとに名前のようなものが書かれているが、初めて見る単語っぽくてよくわからない。名前を探しているだけなので、タブレットでウェブの辞書を出してはいなかった。

 それに、丁寧な筆記体だが、いろいろ略してあるのかうまく意味がつかめない。筆記体自体が読みなれないし。

 一つだけ読めるのがあって、口に出してみた。


「powder――パウダー? おしろい? 男の人なのに? やっぱり女の人だったとか?」


 その下には、寸胴鍋や土鍋のような形の、これまた断面図。こちらにもたくさんの書き込みがしてある。


(うん? 圧力鍋でも作りたかったのかな?)


 りのは首をひねった。

 何の断面図かはわからないが、書き込みや消した跡もあり、熱を入れて書いていたことは何となくわかった。

 マティス氏にとっては、きっと楽しいことか必要なことだったのだろう。


(これ、断面図だけど、もしかしたら何かの設計図なのかもね。作りたかったのかな? そうか、私も泡立て器とかの断面図を書いて、設計図にしたらいいのかも! こういうやり方で向こうのものを作ったらいいのかあ)


 泡立て器は絶対に欲しいし、お菓子やパンの金型やセルクル、向こうで使っていた形の食器も欲しくて、どうすればいいか考えていたのだ。

 なるほどね、と嬉しいヒントをもらって、少しテンションが上がる。




 そして、次のページをめくって。

 りのは、フリーズした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ