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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第162話 叩きなおす



 最近、魔術師団との打ち合わせや会合は、ほとんど図書館を利用していた。

 利用者が多くないし、りのがここに足しげく通っているのは知られているうえ、休憩室がある。そして図書館なら魔術師団員が足を運んでもおかしくない。そういったことから、内緒の打合せにはぴったりだったのだ。

 スティラにはメレンゲクッキーを数種類詰めた大瓶を進呈し、見て見ぬふりをしてもらっている。



「こんにちはリノア様、さきほどはありがとうございましたー、報告聞きましたー」

「こんにちはゼノン君、どういたしまして」


 ユーゴが出てくるとさすがに目立つので、基本的には今回の資料管理課のごたごたの責任者であるゼノンが連絡役をしてくれていた。まあゼノンも目立つのであまり意味ないのでは、とりのなどは思ったが。

 隊長と呼ぶのも面倒になって、君付けに変わっている。互いに口調も大分くだけてきた。

 相変わらず絶世の美貌で、見るたびにきれいだなあと思う。思うが、何せ初対面の印象がガガンボなので……。


「まず進捗報告ですー」

「はーい」


 スパイの炙り出しはかなり順調だそうだ。

 資料管理課は、りのの想像通りほぼ全員、どこかの息がかかっていたという。

 寄り親、あるいは雇い主の貴族とべったり癒着しているものが半数、単純に聖女の翻訳見たいよね~? だったら協力して~? と囁かれて踊ったものが半分というところらしい。

 前者はともかく、後者はなかなか処罰が難しい、とゼノンは顔をしかめた。


「処分はどうなりそうですか?」

「情報を漏洩した罪で、職務から外すのが適切かとは思うのですが……ただそれだけでは厄介なので、どうしたものかという感じです」


 そりゃそうだろうなあとりのも思う。

 後ろ盾の貴族が守ったなら忠実な私兵になるだろうし、後ろ盾に切り捨てられれば逆恨みでこっちにかみついてくる可能性もある。

 かといって、罰を受けさせないのもなあ……。うーん。


「ゼノン君、前者も後者も、研究者としてはどうなのかしら?」

「常識は偏ってますが、まあ知識はあるんじゃないでしょうかねえ」

「彼らの専門はどの辺なの?」


 ゼノンは世にも稀なパライバトルマリンの目を細め、聖女の歴史をまとめてるとかですかねえ、ああ聖女の魔術の研究者もいたかなあ、あと王国や聖女の歴史に関連する史跡の調査をしてるやつとか、王家の伝説を調べてるやつとかもいますね、と教えてくれた。


「専門職だから当然だろうけど、まあみんな見事にニッチでマニアックね……」


 思わず苦笑して呟く。

 にっち? まにあっく? と首をひねるゼノンにりのはさらに質問を重ねた。


「その分野の研究者って、そいつらをクビにして補充できるかな?」


 苦い顔で首を横に振るゼノン。


「それなら、研修受けさせてみたら?」

「研修?」


 そうそう、とりのは頷く。


「職場で必要なルールとか、法律とかをぎっちり教え込むの。で、試験をして、合格点をとれなかったらクビなりすればいいんじゃないかな。そうすれば悪いのは本人の頭で、魔術師団やユーゴ様が悪いことにはならないでしょ? むしろ、クビになって当然で後ろ盾からも見放されたのに、ユーゴ様と魔術師団の温情で試験を受けさせてもらえてるんだよーって方向にもっていけば、恨んだりはしないんじゃないかしら」

「ふむ……」

「で、そもそも今回の事件は、聖女が無理やり連れてこられた被害者で、自分たちは加害者側だってことを理解できてないのが大本の原因なんだから、そこもこんこんと言い聞かせる。もちろんこれも試験。ここは満点に近い点数を求めます。ここができてない人に、聖女の史料を開示するのは嫌だから」

「なるほど」


 ゼノンの目が熱を帯びて、慣れたりのでもくらりとするほど色っぽい。

 りのが自分に慣れたのを感じたのか、ゼノンも今は気にすることなく素をさらけだしているので、威力がひどいことになっている。


「そしてもうひとつ、スキルアップ……ええと、技術向上のための試験というか、課題を出すのもいいと思うの」

「課題、ですか」

「そう。資料管理課が聖女に翻訳をさせようと思ったのは、そもそも未知の字が読めなかったからでしょう? どんな分野であれ、一次資料に当たれないなら研究の質は一段も二段も落ちるのに、そこをわかってないのがおかしい。だから、」


 りのはにやりと笑った。


「この世界の未知の字でまず練習させるといいと思うわ」

「ああ、なるほど……!」


 ゼノンもにやりと笑う。


「いずれ国交を結びたい、けれど今はつながりのない国で、ウェルゲアとは全く違う国の文字。それで書かれた本なり文なりを与えて、訳させるわけですね?」

「そうそう。正解は『言語理解』持ちのカノン様がいるし、私もたぶん答えられるから。ラルハ国とか、ザラムラー神国とか、アネぺリア地方の言葉がいいと思うの。外交部があるなら、そこに聞いてみるのもいいんじゃないかしら」

「いいですねえー! 個人的にはディスメイユの文字を訳してほしいなあー! あの国、ウェルゲア語使ってくれるので外交に問題はないんですが、魔術書はあっちの固有の文字で書かれたものがほとんどなんですよねえー! 読めたらいいなあ、いやむしろおれがやるか?」


 魔術の話になって暴走しかけるゼノンをどうどう、とりのは押しとどめた。ちゃんとお仕事しなさい。


「これで能力面の向上と、精神面の洗脳、じゃなくて健全化が図れる可能性はあると思うの。もちろんこの案は適当だから、しっかり叩いていく必要はあると思うけど。そこまでやって資料管理課が倒れずに存続できていたら、聖女との共同研究もできるんじゃないかしら」

「……いいんですか? よけいな仕事しなくてもいいんですよ? 関係者の処罰とか、言ってもいいんですよ?」

「限られた人員なんだから、削るより叩きなおす方が早いんじゃないかしら」


 いわゆる「向こうの知識」にあたるものを、聖女エイコは本にはあまり書き留めていなかったと思う。だが、これは同じ国の出身で身近なことすぎて、何が価値のある知識なのかりの自身わかっていないということかもしれない。その辺りを掬いとるためにも、どうしたってこの世界の人の知見は必要だ。

 それに、聖女エイコの遺した本を見ただけでも、その細かいところの把握は大変だ。かなり幅広いこの国の歴史の知識が要求されることが予想できる。これがあと四冊分あるわけで、自分一人でそれをできるとは思っていない。りのとしては分業にしたい。

 それにはやはり、専門知識を持っている研究者の性根を叩きなおすのが手っ取り早いだろう。


「不敬罪とかは、特に私は気にしていないの。だから、その辺りの認識がまっとうに戻れば、協力するのはやぶさかではないわよ」


 にっこり笑って、その分こき使わせてもらうわね、と軽口を叩けば、ゼノンがほっとしたように笑った。

 ああでも、これは言っておかなければ。



「けれど、聖女カノン様に『怠惰な聖女』とか直接言った者たちは処分してくださいな」



 ゼノンは重々しく頷いた。

 そういう陰口が、まだ柔らかいカノンの心を切り裂き、結果、この国への不信を植え付けたのだ。


「そういった連中が資料管理課からいなくなったことが確認出来たら、カノン様にも協力していただくのがいいと、個人的には思っているのよね」

「カノン様に、ですか?」

「そうよ。翻訳はね、さすがに彼女の習っていないものも多いから負担になるかもしれないけど、向こうの世界の説明とか、異世界人だからできること、気づくことというのはあるでしょうし。まあ学園がお忙しいなら、それはそれでいいと思うのだけれど」

「……一度、持ち帰って団長に相談しても?」


 りのはもちろん、と笑った。


「カノン様のご意志が何より大切ですから強要だけはしないでくださいね。そんなことしたら、……ねっ?」


 ねっ、と笑顔で言うと、ゼノンはこくこくと無言でうなずいた。

 よしよし、根回し、根回し。



今日はここまでです。お読みいただきありがとうございます。

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