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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第159話 ごはんと豚汁、生姜焼き


 翌朝、りのは少しだけ寝坊したものの、いつも通り起き出した。腫れぼったくなったまぶたに「ヒール」をかけて、「リカバリー」で体力を回復しておく。

 それからレノアとロゼリアと三人で朝食をとった。

 そして、やってきたメイドたちも含めて、部屋で読書に集中したいので、今日は夕方まで部屋に入らないでほしいとお願いした。


「護衛は部屋の前でお願いね。お掃除は、今日はしなくていいわ。レノア、今日は夕方まで魔術師団の食堂へお手伝いに行ってくれる?」


 四人は何かを察していたのか、何も問うことなく頷いてくれた。




 午前中、りのは寝室にこもり、改めて日本の聖女が残した本をていねいに読み込んだ。昨日はおもいきりのめり込んで読んでいて、細かいところをチェックできなかったので。

 彼女がやったこと、当時の政治状況、王族や高位貴族との関係。行動範囲。訪れたところ、行かせてもらえなかったところ。

 そういう彼女の行動を丹念に追いかけて、気になることや調べたいことをリストアップする。

 時々、目に飛び込んでくる彼女の悲哀に、涙が落ちた。


(うーー……)


 ハンカチでこすらないように気をつけながら涙をぬぐい、涙に引きずられないように気をつけながら。


(この人の経験したことを、無駄にしたくない)


 荒れそうになる胸のうちを抑えながら、集中して過ごした。





(……あ、そろそろお昼だ)


 窓から入る陽の高さで、りのはふと気づいた。


(うん、そろそろ作ろう)


 今日の朝、お昼に作ろうとふと思いついたメニューがある。そのために人払いをしたのだ。

 本をていねいにユーゴにもらったマジックバッグに直し、デスクの引き出しにしまい込む。

 ひとつ背伸びをし、キッチンへ足を向けた。


 キッチンにも明るい陽光がさんさんと差し込んでいる。

 彼女が使っていたキッチンも、こんな感じだったのだろうか。もう少し不便だったかもしれない。


(日記を見るかぎりだけど、「創造魔術」や「鑑定」は使ってたみたいだけど、「インベントリ」は記述がなかったんだよね)


 りのは自身のインベントリから、今日のお昼に使う材料を取り出して並べながら考える。


(「インベントリ」って、そういう知識がないとたぶんわからない魔術だよね。彼女がこっちに連れてこられたときに持ってたもの、きっと気づかれずに消えたんだろうな。そう考えると、私はあのタイミングで異世界転生や転移の小説を読めて、「インベントリ」を知れたことが、本当に大きかった。監禁された時点で水が飲めなくて衰弱してただろうし。ありがとう作者様たち)


 まず野菜類の下準備をする。

 向こうで買っていた大根と長ねぎ、それにこっちのにんじんや玉ねぎ、キノコ類をたっぷりとカット。越冬キャベツっぽいラバミュは千切りに。それから生姜をすりおろしておいた。この生姜はこちらの世界のもの。向こうのもあるけれど、こっちの方が香りが強いので。


(こっちはお芋類が見当たらないんだよねー。じゃがいもならぬポタ芋はあるけどまだ食べられないし。里芋もサツマイモもないしなあ。だからせめてキノコで出汁を出さなきゃ)


 カットが終わったら、次はお米を火にかけた。お米は洗い米にしていたものだ。

 洗い米は向こうで動画で見てよくしていたもので、あらかじめお米を研いで吸水させたものを水切りして保存する。時間をかけずにお米が炊けるので便利だ。しかも、向こうでは二、三日で使い切らなければならないが、今はインベントリがあるので。

 りのは一人の時間を見計らってはちょこちょこ洗い米を用意していた。お米を炊くのは時間がかかるから無理だけど、洗うくらいの時間なら何とかなる。それを夜の自由時間に寝室で浸水させて水を切ればできあがりだ。

 その洗い米を鍋に入れて水を足し、火にかける。

 ちらっと見て「鑑定」をかければお米の状態がわかるので便利だ。


 次に、豚肉の代わりにオークのバラ肉とロースに当たる部分の下ごしらえ。バラは一口大に適当に切り、ロースの方は少していねいに筋切りをした。


(久しぶりだなあこれ作るの。向こうの材料とか調味料、人がいると使えないからねえ)


 今日のお昼ごはんは、白ご飯、豚汁、豚の生姜焼きだ。

 お米はたくさん焚いて、残りをインベントリへしまっておく予定。

 ちらちらとご飯の炊き具合を確認しつつ、深めのお鍋で野菜を炒め、そこにオークのバラ肉を投入して火を弱め、じっくり炒める。じゅわっと油に水がはじける音が心地よかった。


 適当なタイミングで水と、気休めに白だしを少し足して火を強めた。

 沸騰するのを待つ間に。生姜焼きのタレを作る。

 生姜焼きにはいろいろなレシピがあるが、りのは母に教えてもらった基本かつ適当なレシピで作っていた。


(しょうゆと、おろししょうが。お酒はないからワインで代用。みりんもないからワイン少し多めに。それに砂糖、みりん分の蜂蜜。適当に混ぜて味見っと……んー、赤ワインだとやっぱりなんか風味変わるなあ。ああなんであの時、みりんと料理酒と昆布と鰹節を買わなかったの!)


 今さらなことを、それもカノンが聞いたら贅沢ですねとジト目しそうなことを思いつつ、小さなボウルに入れた調味料類をくるくるとかきまわした。


(お、煮えてきた。あくとり~)


 豚汁の鍋の前に立ち、レードル片手にあくをしっかりとって、薄めに味噌を入れる。後で味噌を追加するので。

 ここからは火を弱めて、ことことと煮ていく。


「あっお米炊けてる! 蒸らさなきゃ!」


 あわてて火を消した。その後、ロースに塩胡椒をして下味をつける。


(ほんとは片栗粉使いたいけど、じゃがいもないのにあるわけないし……って、あれ? 逆にカタクリ的なのはあるかも?)


 片栗粉の代わりに小麦粉をロースの両面にまぶした。

 よし、これで大体準備はおしまい。


 食器を三人分、用意する。

 それからダイニングテーブルの方へ行き、いつも自分が座っている席と、いつもはロゼリアが座っている向かいの席にランチョンマットを敷き、フォークとスプーンをセットした。早めにお箸がほしいなあ。グラスも出しておく。


 キッチンへ戻り、フライパンにネシス油をひいて、中火で予熱する。

 その間、豚汁の具が煮えているのを確認した。もう少しかな、と思いながら、後で追加する分の味噌を用意して。


「よし、焼こう!」


 十分フライパンが温まったのを確認して、ロースの両面を焼く。

 隙間を見て、豚汁に残りの味噌を入れ味を見てから火を止める。

 ロースもその頃にはいい感じになっていたので、タレをいれ、からめながら煮詰めた。


「んー、いい匂い! 完成!」


 ごはんの蒸らしも終わったので、手早く三人分の食器にごはんと豚汁、千切りキャベツならぬ千切りラバミュに生姜焼きを盛り付ける。


(一人分は、今度カノンちゃんにあげよう。インベントリにしまって、と)


 さて、お昼ご飯にしよう。




 二人分をテーブルへ運んで配ぜんし、りのは席に着いた。

 向かいには湯気を立てる生姜焼き定食が一人分、座る人もいないままに並べられている。

 りのは二つのグラスに、インベントリから出した金色の缶のビールを注いだ。



「――いつぶりかな、影膳」



 亡くなった人の分のお膳も用意して、その人の死を悼み生を思い返すための小さな儀礼。

 りのの家では、親戚の集まりの時に、その年に亡くなった人の影膳を用意していた。宗教的な意味合いは大分薄れていて、「あいつは酒が好きだったから、酒とつまみくらいは用意してそなえてやるか」「おばあちゃんは食いしん坊だったからお膳を用意しましょうねえ」程度のものだったが。

 両親や親戚たちがお膳を前に思い出話に花を咲かせているのを見て、亡くなった人の顔がはっきりと思い浮かんだものだ。


 彼女はりのにとって、顔も知らない人だけれど、「インベントリ」の魔術を知らなかった彼女は、きっと和食は最後まで食べられなかったと思う。だからせめて、後輩の自分がお膳を用意しようと思った。


 自分のグラスを取り上げると、中で金色がきらきらと輝いた。



「見知らぬ異世界で、最後まで生き抜いて、本当におつかれさまでした。どうか、あなたがこの世界で死した後、あちらの世界に帰れていますように。帰って、可愛い三人のお子さんに、会いたかった人に会えていますように」



 私も、そうあれますように。



「聖女エイコ様、――いいえ、徳洛英子さん。どうぞ安らかに」



 かちん、とグラスを合わせた。




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