第155話 聖女たちの遺したもの
そこに書いてあったのは、一面の目だった。
(ひえええええ!)
思わずぱたりと本を閉じてしまった。
だってページ一面に、いろんな形の目が、列になって書いてあるのだ。えっあれ文字!?
「聖女リノア様、どうなさいましたか?」
ヒルメスが心配げに聞いてくるのに、いえ何でもありませんうふふとほほ笑んでから、おそるおそる、もう一度開いてみた。
目。
やはり目。
(こっわ!! なんで目!? これが文字!?)
ページをめくるも、どのページにも整然と並んだ目。
(目だけど、目の形だけじゃなくて、黒目の大きさとかまつ毛の本数とかしたまつげの位置とかがちょっとずつ違う……規則性もあるよね、これ。ってことは、やっぱり文字かあ……こんな文字、あっちの世界にある?)
一応考えてみたが、答えはノーだ。
ヒエログリフとか、たしかマヤ文明だかの絵のような文字は確かにあるし、インダス文明とかシュメール文化みたいに絵文字っぽいのもあるけど、全部目というのは見たことがない。
(私の知らない地球の文字ってことはありうるけど、失われた文字ってことは大昔の時代ってことで、そんな人がこっちの世界に連れてこられるとか、ありうる? 小説の中では読んだことないけど現実ではありうるの? ないことはないの? それとも本当に私の世界とも違う、別の異世界の人をさらってきちゃったの?)
怖くなって、その本をおそるおそるテーブルに戻し、次の本をとった。
ぺらり。
ぱたり。
(うわーん今度はネコ! ネコっぽい何か! だってこのネコ、しっぽと舌の先から火が出てる! 文字なの絵なのどっちなのー!)
開いておそるおそるめくると、各ページにネコっぽい何かが一匹。こわごわとだがよく見ると、その体にびっしりと模様があった。あっこれもしかして、この模様が文字!?
――――だめだ、手に負えない。
その本は、前の本の上にそっと重ねておいた。もともと重ねて置いてあったから大丈夫だろう。
ねこちゃんで目を封印……。
りのはなんだかがっくりして、次の一冊を手にとる。しっかりとした厚みのある本だ。
そっととりあげて、祈るようにページをめくると目に飛び込んできたのは、
(英語! これは読める!)
冒頭だけ目を通す。
日付は残念ながらこちらの日付のようだし、署名も見当たらない。
だが、丁寧で美しい文字だ。文章は少し見慣れない、古めかしいもので、スラングもまったくない。
(……少し昔の時代の人かもしれないなあ)
文章を追いかけたくなる気持ちを抑えて本を閉じ、目とネコの本とは離してテーブルに置いた。
(でもよかった、私でも読める本があった……!!)
もしかして全部よくわからない文字なのではと恐れおののいた後の一冊だったので、とても心強い。
勇気を出してその次に取り上げたのは、薄い、本というよりは表紙がぶ厚めのノートのようなものだった。
手にとってみると、褪せてはいるが、昔の色の鮮やかさを感じさせる表紙にメーカー名が印刷されていて、そっと撫でる。
このメーカー、知ってる……見たことある……。
こんなところに、向こうの世界とのつながりがあったんだなあと嬉しくて、そっと目を細めた。
その表紙には、掠れかけた文字が書いてあった。
ぱっと見、どこの言葉ともわからなかったが、じっくりとその文字を眺めていてはっとした。
(これは、ハリー君の字と似てる!!)
アンティーク食器類の取引をしていた会社の担当者君で、ものすごく癖字な青年を思いだし、げんなり。
外国語の直筆の癖字は、日本人のりのにはほんとうに読みづらい。
眉間にしわを寄せて、ノートをゆっくり繰りながら、とっかかりになる最初の一文字を探す。
(あ、これ、まさかの英語だ……!)
ものすごく読みにくい字でスラングも多用されていて、文章もブロークン。
これは解読するのに苦労しそうだと思ったが、インターネットのお力に縋ればなんとかなる範囲だろう。
それに、たぶんこの字の人とは時代が近いと思うので楽しみだ。ちらりと見ただけだが、ところどころにスマホとか通知とか、圏外になっちゃったとか書いてあったので。
これは、先ほどのオールドイングリッシュの本の横へ並べて置いた。
次の一冊。
ぱらりとめくると、神経質そうな、細かな字。箇条書きで何かがまとめてある。
きれいな、読みやすいアルファベットだが、流し見では単語が拾えない。うーん、と首をひねって、丁寧に文字を追った。
(……あれ? これ英語じゃなくない?)
単語を繰り返し見て、遠い記憶を掘り起こす。
たくさんくっついている「e」や、文字の上についている記号の多さ。
(うわ、これフランス語では!?)
大学生の時、第二外国語で苦渋を舐めさせられた、フランス語……!!
まっかっかの試験の答案を思いだして、ずんと気分が沈んだ。
学生時代は必要に迫られていなかったので、語学の勉強がとても苦手で逃げまくっていた。しっかり勉強するようになったのは卒業して美術工芸品に携わるようになってからなのだ。
(フラ語かあ……)
文法も単語も大分頭から抜けているけれど、翻訳サイトはあるだろうから、読めないことはない、と、思いたい。
「………リノアちゃん?」
「大丈夫です。何でもありません」
これも一応、読める本の側へ置いておく。
そこから数冊は、目や猫と似たような、よくわからない文字? 絵? のようなものが書き連ねてあったので、読めない側へそっと重ねた。
中に一冊だけ、インドとか南アジアの工芸品で見たような気がする文字があったが、どちらにせよ読めない。
南アジアの翻訳アプリはいれてないし、翻訳サイトを利用しようにも文字の入力の仕方がわからないので、ひとまず後回しとすることにした。
読める本を読んで、気力があったら読もう。米の情報があったらとは思ったが、そこまでの余力はなかった。
(あと二冊かあ)
ちろりと視線をあげると、三人が瞬きもせずにこちらを凝視している。怖い。本の文字も怖いけど人も怖い。
無理やり視線をはがして、本に固定する。残った二冊の片方をとりあげると、しっかりとした重みがあった。
しかも、今までと違い、その表紙にタイトルと署名があった。
(タイトル、『自由という刑』――――え、なんかいきなり文学青年っぽくなった……)
りのは必死で記憶を探る。
(何か見た覚えはある……文学少女を気取っていたあの時代……うっ頭が!)
心にダメージを負っただけで何も思い出せなかった。
まあいいや、あとで思いだそうと決めて、その下の署名を見ると、端正な筆記体で、アダム・マティスと書いてある。
(アダム・マティス……えっアダム!? アダムって男の人の名前じゃなかった!? うぇっ!? なんで!? ペンネーム!? 文学少女だから!?)
しれっとした顔を崩さないまま、心の中では大パニックだ。
聖女というからには、連れてこられたのは女性ばかりだと思っていたのだが、そうではなかったのか?
(いや落ち着け私、ここでパニクっても仕方ないわ、危険分子が目の前にいるかもしれないんだし、切り替え切り替え……)
ばくばくする心臓をひそかになだめつつ、この本は後で一番最初に読もうと決めて、読める側の方へ。
そして取り上げた最後の一冊。
開いて、涙がこみあげた。
「聖女リノア様?」
本に涙が落ちないように、必死で涙をぬぐう。
「なんでもありません」
並んでいたのは、懐かしい日本語だった。
今日はここまで。お読みいただきありがとうございました。
リアクションいつも励みになっております!
そしてブックマークありがとうございました。少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。




