第153話 上層部の再始動2
反省は大事だが、落ち込んだってしかたがない。
自分たちにそんな時間の余裕はないのだ。
「今さら考えたってしかたないわ、次に行きましょう、次!」
ぱんと手を鳴らして声を張る。
「カノン様は安定してきているわ。お披露目の話も、少しずつならすすめられるのではないかしら」
「チェル」
四人は幼なじみだ。
フィンレー、アルフィオ、ユーゴの三人は、子どものころから王とその側近になるべく、一緒に過ごす時間が多かった。
差配したのは、フィンレーの母親である正妃ではなく、側妃だった女性だ。
彼女は実家からむりやりに嫁がされた妃だったが、王によく仕え、なにより生みの母親に放置されていたフィンレーとフィンレーの姉を愛情をもって育ててくれた人だった。
彼女は、フィンレーのあまりに孤独な様子に胸を痛め、フィンレーにアルフィオとユーゴを出会わせ、ともに居られるようにしてくれたのである。
アラチェリアは、政略の面から正妃候補となり、幼いころにフィンレーたちと引き合わされた。少し年が離れているので、どちらかというと最初は優しいお兄ちゃんたちという接し方だったように思う。
だが、なにせアラチェリアはおてんばで強引で、活力にあふれていた。育ちから鬱屈しがちだったフィンレーをはじめ、三人を引き連れて遊びまわり転げまわり、大笑いして。いたずらをしては一緒に側妃に叱られ、謝った後には一緒におやつを食べて。
アラチェリアの生きてきた記憶の最初の方から、この三人はいる。
「チェル自身の体調はどうなんだ?」
夫に真摯に聞かれて、アラチェリアは軽く覚悟を決めた。別に今さら、恥ずかしいとかは、ちょっとしかない、し。
「ええと、ね。リノア様が言うには、私の症状は体質の変化によるところが大きいのですって」
「体質の変化?」
「男性でも女性でも、年をとると、そのう、閨がしにくくなったり子を孕みにくくなったりしていくでしょう? 体が、子を産ませる、産むというところから、少しずつ離れていく。そのように体の中で変化が起きるのですって。みんなそうなのだけど、人によってはその変化によって体調を崩すことがあるのだそうよ。私はたぶん、それじゃないかって」
のぼせやほてり、頭痛。イライラしたり急に泣きたくなったり。体の、そして心の不調。
「年齢による体質の変化の副作用、という感じなのか」
「特に女性はそれが大きい人が多いのですって。命を脅かすようなものではないけれど、とてもつらいものだから、リノア様からはつきあい方を工夫しましょうと言われたわ」
「つきあい方? その不調との?」
「そう。頭痛が出たら、頭痛に対する対処を行う。いろいろな手法があるから、どれが一番自分に効くかを探る。心の不調もそう、何をすれば自分の心が一番安定するのかを見つける。そうやって、変化が終わるのを気長に待ちながら、不調が起こりにくくなるよう、こちらからも体に働きかけていきましょうって」
片頭痛には氷とミルクティー、暗所での静養が効いた。
緊張性の頭痛にはストレッチ。ストレッチは楽しくて気持ちがいい。
心が安定しなくなったら、時間をとって親しい人と思い切りおしゃべりをしたり、衣装のことを考えたり。
薬草茶で体の中を整えて、ストレッチで不調をやわらげ起こりにくくする。
「……元気になったものな、チェル」
「アル、あなたがリノア様に無理を言ってお願いしてくれたおかげよ。本当にありがとう」
最初にリノアとつないでくれたのはアルフィオだった。アラチェリアはそれを忘れたりしない。
アルフィオが穏やかに頷く横で、フィンレーがアラチェリアの頭を撫でる。優しい感触に涙が出そうになった。
「よし、聖女のお披露目の件は本格的に進めていこう。文官たちも動かす。ユーゴ、警備と護衛の方は頼んだ」
「りょーかい! カノン様の方はどうしようか? 魔術師団で調整とるかい?」
「それなんだけど、私に任せてくれないかしら」
トルカリア茶のカップを傾けながら、アラチェリアはにっこりと笑った。
「マーガレット経由で話がしやすくなっているから負担はそれほどないわ。カノン様の護衛騎士や侍女について話をしてくださったのはリノア様だし、リノア様に相談しやすいのは私ですからね。お二人を正式に引き合わせることも考えたいの。これからお二人の間の調整も必要になるだろうから、この機に場を作りたいわ」
「チェル、無理してない?」
ユーゴの伺うような姿勢に、昔から心配性なお兄ちゃんの面影を感じた。
大丈夫と、頷いて見せる。
「もう私、無理しないって決めたの」
(チェル様、焦らずいくのがよろしいかと)
高くも低くもない、滑らかで柔らかい声が耳元で聞こえた気がした。
「リノア様に言われたの、体調が悪い時と眠い時、お腹がすいてるときはろくでもない考えしか浮かばないって。だからまず、自分を元気にすることが大事だって。本当にそうだなって実感したから、無理はしないわ。できる範囲から、できることをしていくの」
そっか、ユーゴの安心した声が聞こえた。
「カノン様とリノアちゃんの接点は、僕も作りたいと思ってるんだ。資料管理課の話なんだけど」
「何かわかったか」
子どもたちだけではなく、秘されているはずのところまで誰かの手が及んでいると知ったとき、フィンレーたちはぞっとしたものだ。まさかそこまで浸食されているとは、と、あらためて敵対している者たちの調査に動き出している。
「わかったっていうか、リノアちゃんに、ゼノン経由で話をしたんだ。状況を全部ぶっちゃけて、今関わるときつい仕事をさせられるかもしれないけど、それでも史料見たい? って。あんまり遅くなると不審しかもたれないだろうからさ」
「お、ま……!」
絶句するフィンレーに、ユーゴはけろんと、
「いや僕も初めは無茶苦茶だと思ったんだけど、ゼノンがさあ、当事者抜きにして話すすめていいんですか、おれならブチ切れますよって。僕も疲れてたしゼノンのいうことにも一理あるし、もういっかあ、じゃあゼノンよろしくーって投げちゃったんだよね」
さっきのチェルじゃないけど、眠い時って自分のことながら何やらかすか分かんないよね、と笑う。
「でも、ゼノンのいう通りだった。リノアちゃん、大笑いして言ったそうだよ、『手伝います』って」
ふたたび、フィンレーと、そしてアルフィオが絶句する。
「聖女についての研究は、国にとっても、聖女にとっても大事だから手伝うって。で、危険分子に関しては、資料管理課に関わりながら炙り出そう、自分が関わるのが一番早いだろうから煽り倒しますって笑ってたらしい」
リノアらしい、とアラチェリアはおかしくその話を聞いた。
「翻訳に関しては、現物を見てみないと何とも言えないけど、時間がかかってもいいなら、報酬しだいでやってもいいってさ」
ん゛あ゛ー!!
変な声でフィンレーが叫んだ。
「ちょっと俺たち、リノアに甘えすぎじゃないか!?」
「何言ってるのあなた、そんなのいまさらよ」
ざっくりとアラチェリアは夫の懊悩を切って捨てた。
アラチェリアだって、体の不調への対処法を教えてもらったことに加え、ティアーヌやテオドールを救ってもらったという大きすぎる恩恵を受けている。
「だってチェル、対価に何を渡しても喜んでもらえる気がしないんだよぉぉぉ……」
「あらフィン、ティロンエールも、あなたが定期的に贈っているワインも、とても喜んでいたわよ?」
嘆く夫の肩をぽんぽんと叩く。
「私もいろいろ考えて、パナクルファのドレスやシュラトーニュのワインを贈ったの。すっごく喜んでもらったわ!」
シュラトーニュのワイン、とユーゴが羨ましそうに見てくる。
シュラトーニュは、ワインの名産地であるティトルアン領の中でも良質なワインを作るので有名な村だ。その村のワインはすべてティトルアン辺境伯家が買い上げて、主に自家消費する。王家にはたまーにわけてくれる。フィンレーやアラチェリアでも簡単に飲めるワインではなく、アルフィオやユーゴはなおさらだ。それが許されるのはひとえに、フィンレーの姉が嫁いでいるからである。
「あのね、リノア様は、贈ったものを迷惑がる方じゃないわ。リノア様のことを知って、考えて、楽しく選びましょうよ。何をしたら喜んでもらえるか、そこから始めましょう。義務にしたら、義務でしか返ってこないわよ?」
「あー……そうか、そういうことかあ……。フィン、アル、もしかしたらあのからあげはお礼だったのかもしれないよ」
「からあげ!? ずるいわ、私食べてない! とってもおいしいらしいのに!」
「礼? 何の?」
「マジックバッグだよ」
あ、とアルフィオが目を見開いた。
食料品店から肉類を結構買ったと聞いたので、アルフィオが何の気なしに、あれば便利だろうという程度で、ユーゴに使っていない小さいマジックバッグを渡してさし上げてくれと言づけただけだったのだが。
「ね? さし上げた好意に、同じだけのものを返す方なのよ。私、『思いの分お答えしたい』って言われたわ」
じっと見つめてくる三人に、アラチェリアは笑ってみせた。
「いろいろ失敗したし、これからもするかもしれない。でも、ご本人を話の外に置くのはやめましょう。ちゃんと、聖女リノア様という方と関わっていきましょうよ。そこから、信頼を積み上げていきましょう。大丈夫、とっても楽しい方よ!」
迷いをはらい、男たちの背を前に押すのは、出会った頃からのアラチェリアの役目なのだ。
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