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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第152話 上層部の再始動1


「うっわ、うまそう!」


 執務後の、いつものフィンレーの私室。

 集った四人の前にあるのは、一枚の皿にのせられた黄金色の丸いもの。


「チーズのいい匂いがするねー!」

「甘い香りだ……」


 うっとりとする男どもをうっふっふと胸を張って見下ろし、アラチェリアは鼻高々で告げた。


「これはチーズケーキよ! ワインにも紅茶にも、薬草茶にも合うのよ!」


 おお、と感嘆の声があがる。

 隅でくすくす笑っていたメアリとマーガレットが、それぞれの好みの飲み物を準備し、ケーキを切って並べてからていねいに礼をして退室していった。部屋にはいつもの通り、四人だけだ。


「……チェル、体調は本当に大丈夫か?」

「ええ、大丈夫! 片頭痛も今日は起こらなかったしね」


 笑うと、夫も嬉しそうに笑い、アルフィオとユーゴがほっとした顔をするのが見えた。


「さあ食べましょ!」


 三人はワインで、アラチェリアはトルカリアのお茶だ。グラスとティーカップを掲げて一口。

 口に広がる、リンゴに似た豊かな香りが心地よい。


 ケーキにフォークを入れると、特に力を入れることもなくすっと切れた。淡い黄色の断面は柔らかで、しっとりしている。うっすらとこげ茶色になった部分が美味しそうに見えるのはなぜだろう。


「う、ま……!」

「なめらかー!」


 先に口に入れたフィンレーとユーゴが感嘆の声を漏らす横で、アルフィオが大切そうに一口ずつ、口に運んでいる。

 ここ数年、見ることのなかった、それでもなつかしい「いつもの風景」だ。



 この執務後の宴会、あるいはお茶会は、もともとアラチェリアが主導して始めたものだった。

 半ば父王からむしり取るようにして王位に就いたフィンレーの施政はその始めからとても過酷で、それを支えるアルフィオとユーゴの負担も甚大なもので。

 せめて執務後のひと時、ゆっくりと体と頭を休めるように、安心して休める場所を整え、軽い食事と飲み物を用意したのだ。

 そこにアラチェリアも混ざるようになって、政治の話もするようになり、一種の打ち合わせと秘密の相談をする場となった。

 ここが、フィンレー王の政治の中枢となったのだ。


 この数年、体調が安定せず、参加どころか場を整えることさえできていなかったが、今日、やっと、アラチェリアはこの場に足を踏み入れた。


 こみあげる感傷ごと、ぱくりと食べた。

 濃厚なチーズの味わいと滑らかな舌触りが気持ちいい。さりっと歯に当たるビスケットの硬さが楽しい。

 後味にふわりと香るレモンが爽やかだ。

 おいしい。


「おいしいわー」


 思わずそう言うと、男たちの目が柔らかに緩められて、本当に心配をかけていたのだなと申し訳なく思った。


「これ、リノアの作ったやつか?」

「違うわ。作り方を教えてもらって、マイルズに作らせたのよ」

「ごふっ」

「うわ、アルきったなーい! もう!」


 ちょいとユーゴが指を振って「浄化」をかける。

 マイルズは、アラチェリアが実家から嫁入りに伴って連れてきた専属コックだ。

 とても腕がよく研究熱心で、このチーズケーキの作り方を教えてもらった時は不眠不休で台所にこもっていると苦情が上がってきたほどだ。


「ちょ、まて、チェル、リノア様から、作り方を教わったのか!?」

「そうよー。もちろん、今のところは秘匿するという条件でね」


 アラチェリアがしれっと答えると、アルフィオが頭を抱えた。


「もうこれ以上何を返せばいいんだ……報酬が……」


 ぶつぶつ呟いている。

 アルフィオは非常に優秀な執政官だが、ちょっと頭は硬めだ。もちろん、それが豪放磊落な質のフィンレーとはいいバランスだし、緩み腐敗しきった政治の中では揺るがぬ芯となっているのだけど、こういう時はちょっとかわいそうよね、とアラチェリアはしれっと次のケーキを口に運ぶ。


(チェル様、アルフィオ様に大きいとこ上げてくださいね。栄養とらせてください。チェル様の次に体を壊すとしたらまちがいなくあの方です!)


 そう力説するかの聖女様を思い出し、そういえばメアリはきっちり四等分していったわねとちょっと笑った。


「アル、とにかくうまいんだからまず楽しもう。しかし、甘い菓子なのにしっかり腹にたまってくれるのがいいな!」

「だよねえ、甘くてしっとりしてるのに、そういうところはやっぱりチーズだなって。夜食に欲しいなあ。チェル、だめ?」

「今はまだダメー。いろいろ計画してることがあるし、外にはまだ出せないわ。それを言うならまずあなたのところのお菓子じゃないの? なんだったかしら、ぷりん? あれは私もまだ頂いたことがないわ!」


 長い付き合いの三人を前に、今さら取り繕うこともない。遠慮なく頬を膨らませると、横から夫の指が伸びてきて、ぷすっとつつかれる。


「うっふっふ、あれはまだ出せないんだよねえ、料理人たちがまだ満足してないし、リノアちゃんにももう少しお披露目は待ってねーっていわれてるから。でもまあ、魔術師団棟の中では食べられるからね!」

「――今度行く」

「俺も行くわ、よろしくなユーゴ」

「じゃあ私も行くわ!」

「えー! みんな仕事して―!」



 にぎやかに楽しくしゃべりながらケーキをお腹に収めたころ、アラチェリアは口を開いた。



「カノン様のことなんだけど」



 美味なケーキに頬を緩ませていた三人が、瞬時に姿勢と意識を戻す。

 その慣れた様子に、生活と時間のすべてを国政に費やしてきた三人が見えて、切なくなった。


「アドレアン卿から報告が上がってきたわ。カノン様、向こうでショウリンジケンポウっていう、体術の一種を身につけていたそうよ。それをアドレアン卿と一緒に訓練しているのですって。とても元気になってきた、このくらいのお転婆具合であれば心もそのうちにほどけるでしょう、って」


 ほっと安どのため息が聞こえた。


「マーガレットの『指導』で、侍女たちも大分心を入れ替えたみたい。ただ、どの侍女も専属とするには不足が多すぎる。それにカノン様も今のところ特に侍女を必要とするような生活ではないから、しばらく様子を見ようと思うの。アドレアン卿と組んでもらう護衛騎士の選定については、フィリベル卿とアドレアン卿に任せてもいいと思うけど、どうかしら」


 えー、と疑問を呈したのはユーゴだ。


「あの二人に細かい配慮とかできないと思うけど、大丈夫? いくらおてんばだとはいえ、カノン様は十五歳の女の子だよ?」


 そこを見誤って辛い思いをさせちゃったし、選定にも女の人を入れたほうがいいんじゃない?

 そうユーゴが言うと、アルフィオとフィンレーが身を縮めた。リノアから忠告をもらっていたのに生かせなかったのを悔いているのだろう。

 アラチェリアも少し考えたが。


「女性騎士、と言っても、マカリアにライラック、ディアナ……よ……? 他の女性騎士たちも似たようなところだし、強いていうならロゼリアだけど……」


 沈黙が落ちた。

 誰をとっても、勇ましい騎士たちだ。頼もしい、が、配慮、か……。


「――――いざとなれば、カノン様に決めてもらおう」


 アルフィオがぽつりとこぼす。


「こっちで勝手に気をまわすより、ご本人に相性の良い騎士を選んでもらうほうがお心も休まるだろう。齟齬が出れば替えればいい」


 そうね、とアラチェリアはほほ笑んだ。アルフィオも、少しずつ、聖女たちへの対し方を学び、工夫しているのだ。


「隠してこっちでいろいろやるより、正直に相談したほうがいいってことだよね。僕もゼノンにそう言われて反省したよ……」


 めずらしくユーゴが渋い顔をしている。いつも朗らかなのが嘘のような萎れ具合だった。


「それを言うなら俺もだ。まさか引退した騎士たちが戻って来て、これほど安定するとは思わんかったからな……なぜもっと早く呼ばなかったと、自分を殴りたくなったぜ……リノアに言われるまで気づかなかったのがもう、な……」


 フィンレーも言葉を大幅に崩して天井を仰いでいる。

 あらあら、とアラチェリアは肩をすくめた。

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