第15話 美しい騎士様
ユーゴがうきうきスキップして去った後、なんとも言えない気まずい空気が部屋には漂っていた。アルフィオはいたたまれない様子でため息をかみ殺しているし、りのはなんていったらいいやらわからない。
とはいえ、このままでは話も進まないと、おそるおそる口を開く。
「……あの、ユーゴ様のご用事って、これでよかったんでしょうか」
「奴はいつもこうなのです……魔術に関しては本当に我慢がきかず……」
「そう、なんですね……」
「おそらく問題はないかと思いますが、もし必要が出ましたら改めてうかがわせてください。その時はきちんとご連絡いたしますので……。二度手間で本当に申し訳ありません……あとで厳しく言い聞かせておきます……」
「いえ、私こそよけいなことを言ってしまったみたいで……あの、どうぞご自愛ください……」
「ありがとうございます……本当に……」
この宰相さん、いつもふりまわされてるんだろうなぁ、とりのは他人事ながら憐れみを覚えた。常識人が大変なのは、こちらの世界でも一緒らしい。ストレスで胃を痛めないといいね……。
それに、まったく意図してはいなかったが、「鑑定」の分析を遅らせることができたのもよかったとりのは心の中でほっとする。事態が動く前に、もう少し時間がほしい。読めないから読んでくれとか来たりしないといいけどなぁ。まあどっちにしろペルシャ語は読めないのでへーきへーき。
「リノア嬢、もうひとつの用事についてなのですが」
「はい」
お茶を飲みながらしばらく互いの近況をやわやわと話した後、アルフィオは薄い緑色の目をひたりとりのに向けた。
「リノア嬢の護衛騎士が決まりましたので、挨拶に連れてまいりました」
「護衛騎士、ですか。最近までついていた、外出嫌いのひとたちではないんですよね? 最初のあの人みたいな?」
アルフィオは静かに首を振った。
あれは、手違いで紛れ込んだ新人だったそうだ。人員の調整がなっておらず、護衛のイロハも知らずに急遽放り込まれた、ただの門番のようなものだったらしい。ちなみに、メイドを名のったあの女も、正確に言えば侍女はもちろんメイドですらない、下働きだったそうだ。入りたてだったうえに、仕事ができずに研修も遅れていたため、どちらにせよ正式採用には届かなかった、とアルフィオは説明してくれた。
「あの二人は、クビの上、王都への出入りを禁止しました。王城への勤務を許されなかったことは、大きな汚点となります。しばらくの間は苦労するでしょう」
「そうですか。あれ以上のケガ等はあったのでしょうか?」
「いいえ、あの場で白状しましたからね。一応、最低限の治療は施しました」
「そうですか」
ちょっとだけほっとしつつ、そんなのをピンポイントで選んだ王子、なかなかに気の毒だな、とりのは遠い目になってしまった。
こんなに悪い方にビンゴすることってあるんだなあ……。
「今度は、近衛騎士として正式に任命された者になります」
「このえきし?」
向こうでいう近衛と同じ意味だろうか。
疑問を持ったりのに気づいたらしく、アルフィオは、近衛騎士とは王族および他国からの賓客や自国の高位貴族の王城での警護を担当する者たちで、近衛騎士団としてまとまっておりますと教えてくれた。ちなみに、近衛騎士団は人を守り、第一騎士団が城の警護をするのだという。
「なるほど。教えて頂いてありがとうございます」
「とんでもございません。では、リノア嬢の護衛騎士をご紹介させてください。――――ティレル卿に、入れと伝えよ」
アルフィオが傍にいたお付きの男性(侍従というらしい)に命じて、外に声をかけさせた。
そして、ドアをあけて入ってきたのは、騎士服を着た、美しい女性だった。
(おお、女神様みたいだ……!)
すらりと背が高く、太くはないがしなやかな筋肉を感じさせる体のライン。
腰に佩いた細めの剣まで合わせて、雰囲気が怜悧でシャープだ。
白い肌に通った鼻筋、薄く整った淡い桃色の唇。化粧はしておらず、それがより透明感を感じさせた。
薄く青がかったみごとなプラチナ色の髪はきっちりとまとめられている。
りのが見ほれたのは、大きな、鮮やかな青緑色の瞳。きらきらしていて、とてもきれいだ。
「はじめまして。私は近衛騎士団第三部隊副隊長、ロゼリア・ティレルと申します」
ぴしりと左手を右肩にあて、軽く腰を曲げる様子がかっこいい。
すっきりと伸びていた背筋が優雅にたわみ、すっと伸びる。それがまた美しい。
りのは、ほわー眼福ぅ! と思いながら挨拶を返した。
「はじめまして、ご挨拶をありがとうございます、ティレル卿。私は異世界から呼ばれて少しの間こちらにお世話になっております、リノア・ミハイルです」
ぴくりとティレルの目がわずかに開いたのを横目で見つつ、ごめんね一時滞在ってテイなんだよーと心の中で言い訳をする。実際はどうあれ、このあたりの体裁は譲れないところだ。
そして本名はいまだ隠し中である。
「リノア嬢、どうかこれからは彼女を護衛騎士としておつれください」
「それなのですが、アルフィオ様。今まで護衛の方がいなくても平気でしたのに、なぜ、今?」
アルフィオがわずかに眉をひそめた。
「今まで護衛をお付けしなかったのは、少々人選と調整に手間取っていたからでして。彼女は大変優秀であり、また私と同じようにウェルゲア王国に忠誠を誓っている、清廉な腕の立つ騎士なのです」
ふむふむ、とりのは考え込んだ。
(つまり宰相さんと同じ派閥の騎士ってことか。よそのスパイみたいな人たちの排除ができなかったから、同じ派閥から出したってことかな。時間がかかっても護衛をつける必要があるってことは、うーん、つまり、かなりあからさまに狙われるようになるってこと? いったい何があった? 私おとなしくしてたはずなんだけどなぁ)
じいっとアルフィオを見ると、根負けしたように口を開いた。
「少々、聖女様のまわりが騒がしくなっておりまして」
「なるほど」
あの子のほうに何かがあって、私を排除しようとしてる動きがあるってことかぁ、とりのはなんとなく事態を把握した。
「聖女様はお元気ですか」
「はい。ローラン殿下らとアトラロ中央学園で勉強を開始されることになりました」
「学園、ですか?」
「十四歳から十八歳までの貴族の子供たちが通い、基礎的な学問や国政や領政、魔術などを学ぶところです。聖女様は十五歳とのことで、ローラン殿下と同じ学年に入ることとなりました」
なるほどねー、とりのはうなずく。
あの女の子は、どうやら本当に見たままの年齢だったらしい。中三とか高校一年生といったところか。同じ学年ということはあの殿下も十五歳。思ってたよりめっちゃ若かった!
彼女が殿下とともに行動することになったから、その余波がこっちにきているのだろう。なぜ余波がこっちにくるかはわからないが、アルフィオにその辺の説明をする気はなさそうだったので、聞かないことにした。
護衛騎士がついたとしても、今のりのに困ることはない。
隠していることはあるけれど、インベントリからものを出すのは夜、ベッドに入ってからと決めているし、基本的に寝室に人は入れていないし。
まあその辺は、様子を見ながら、おいおいすり合わせていくのがいいだろう。逆に、話し相手ができるのはいいことかもしれない。いろいろ知りたいこともある。
そう思って、りのは反対しないことにした。
それにしても、貴族だけが通う学園なんていろいろ大変そうだなあと思う。
彼女が、少しでも心穏やかに暮らせていたらいいのだけど。
あの子もがんばってるのかな。
私は、あきらめてはいるけど、今でも、うちに早く帰りたいと思ってるよ。
「お元気ならばよかったです。ではティレル卿、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。御身は必ずお守りいたします」
りのが初めて見た彼女の微笑みは、なんとも美しかった。
今日はここまでとなります。
お読みいただきありがとうございます!




