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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第149話 聖女研究


 ゼノンの言葉に、りのは薄くほほ笑んだ。


 やっとこの話が国王側から出てきたか、と嬉しさ半分、呆れ半分だ。

 アラチェリア王妃は出会ったその日に、異世界人や聖女の持つ知識の収奪を禁じる、とはっきり言葉にしてりのに伝えたというのに、国王側がこの件に関して明示してきたのは初めてじゃなかろうか。

 正確に言えばユーゴが出してきたのだが、あの三人組で意志が統一されていないということはないだろう。


「……といいますと?」

「そのままです。リノア様のお持ちの、向こうの知識を得るために、リノア様が利用されそうです」


 うーん。命の危険はなさそうだけど、無理やり何かをやらされる可能性があるということだろうか。

 そう聞くと、ゼノンは頷いた。


「たとえばですけど、ユーゴ様から、リノア様が数か国語を読めるとお聞きしました。それで彼らは、今までの聖女さま方が残された言葉が数か国語に渡るのだということをやっと認識したって感じなんですよねー!」

「…………は?」


 ゼノンが言葉を崩した。思わず、と言った感じだった。


「いや、そこからあいつらわかってなかったんですよ。なにせ今残っている聖女さま方の文字、全部違うもんですから。そんなに国があるか? とかそんなに文字があるのか? とかそういったとこから議論しやがってたみたいです!」

「うわあ……」


 いやマジでうわあ、だわ。

 そんなところで止まってるってどういうこと!? 崇拝してるんじゃないの!? 中身に到達できてない!!

 思わずドン引きである。


 そんなりのの思いが感じ取れたのか、ゼノンはですよねー! と同意した。

 それから擬態がほどけかけていたことに気づいて背を正して苦笑を浮かべ、パライバトルマリンの瞳をそっと伏せた。


「今までの聖女様がこちらでなされたことについては、史料として残してあります。他国のものもあって、一時期は史料の交換研究などというものもあったそうです。ですが、聖女さま方が、どんなところから来て、どんな生活をなさっていたのかについては、全く史料が残っていません」

「――――なるほどね」


 りの自身も驚くほど、ひび割れた冷たい声が出た。


「誰も、興味がなかったのでしょう。攫ってきた聖女たちの、今までの暮らしに。自分たちが奪い去ったものに、関心がなかった。聞かなかった。だから残っていないのでは?」


 ゼノンはただ静かにうなずいた。


 りのは深呼吸をする。

 落ち着け、落ち着け。飲まれるな、期待にも悪い予想にも。ただ状況を動かすのだ、望む方向に。

 大きな商談の前に繰り返していた言葉を、改めて繰り返す。


 状況を、動かせ!


「……その内通者たちが、私の持っている知識を利用して、というかつまり、聖女様たちの残した資料を、私に翻訳させようとしているってことですね?」

「そういう方向に動く可能性は高いと師団長は考えています。けれど、翻訳は大変な作業でしょう? 仮にあなたの母語の本が入っていたとしても、残りはあなたにとっても外国語、一冊まるごとの翻訳となれば大事業です。それがあなたの負担になるのは良くないだろう、と」

「そうですね。私はただ、先輩方の残したものを読んでみたいだけですからね」

「ですよね。ましてや、第三騎士団の治療魔術師としてのお仕事などいろいろ携わっていただいてますし、これ以上の負担は、ユーゴ師団長の望むところではなく。ですので、もう正直にぶっちゃけちゃおうか、と」



 うん? なんかテンションがいきなり軽くなったな?



「正直にぶっちゃけて、リノア様のお考えをちゃんと聞こう、ということになりましたー!」



 いやだってうちとしてもリノア様が翻訳にかかりきりになるのはイヤなんですよ、魔術の練習や講義に来てくださる頻度が下がるかもしれないじゃないですか! おれたちにも貴重な機会なのに! だいたいあいつら、今まで研究が進んでなくても気にしてなかったくせに、今さらって感じじゃないですか! なんでそれにうちまで付き合わなきゃいけないのかと!



(ぶっちゃけすぎじゃないですかね……私、動かせ! 動かすぞ! とかって結構シリアスに決意したとこだったんですけど……)


 あっけらかんとしたゼノンの言葉を茫然と聞いていたが、少しずつ、お腹の底から笑いが沸き上がってきた。


「ぷくく、くく、あは、あははははは! ゼノン隊長ってば、ぶっちゃけすぎでは!? やだおかしい……!!」

「いやあだってムダでしょう、肝心のあなたの言葉を聞かずに、こっちで勝手に気をまわしたって。さっさとこうすりゃよかったのでは? とおれなんかは思いますけどねえ」

「あははははは!」


 ゼノンにとって、りのたちは魔術的に珍しいサンプルだけど、それだけだ。それだけの「人」なのだろう、良くも悪くも。

 それがなんだか爽快だった。ちゃんと「人」と扱われているのが、面白かった。


「ええと、ゼノン隊長」

「はい」

「私のいた世界には、正式に国として認められている国が、二百近くありました。非公式に名乗っているところも含めればもう少し多くなるかな」

「へ」

「言葉はもっと多くて、方言……一つの言葉から派生した近縁の言葉なども含めるかどうかとかにもよりますが、三千、多く見積もると七千にも及ぶと言われています」

「な、ななせん」

「ただ文字はもっと少なくて。文字を共有している言語などもありますし、消え去った文字も多く、大体三百弱だと言われています。まあ一説によると、ですけど」

「さんびゃく……」


 ぽかんと口を開けているが、それすら美形で、なんだかおもしろかった。

 りのはにやりと笑う。


「ビビりました?」

「めっちゃビビりました……」

「こういう話を、その資料管理課の方々は喜びますか?」

「ものすごく!」


 翻訳をすることは構わない。うまくやれれば、タブレットで写真を撮ってAI翻訳にかけられるかもしれないし、時間をかけて行う仕事があるのは収入の面でも助かる。

 それに何より、面白いじゃないか。


「資料管理課の誰が内通しているかわからない。けれど、みんな聖女に興味はある、ことになっている」

「はい、それは間違いありません」

「そして、その内通者を炙り出すことが必要だけど、擬態がうまくて難航している」

「その通りです」

「時間ときっかけがあれば、つかまえられますか? その後はそちらにお任せできますか?」

「もちろんです!」


 今は内通者がいるし、まったく研究自体は進んでいないようだが、聖女の残したものを研究する課があるというのは、りのたちにとっても、そしてこの世界にとっても良いことだと思う。

 聖女とは何か。

 なぜこの世界は聖女を必要とするのか。

 それらについて、この世界の人間を巻き込んで研究して、それが進めば、



(もう、聖女を召喚しなくてよくなるかもしれないじゃない)



「よし。今お話したような、聖女のいた世界の話。翻訳の話。それらを使って、資料管理課を揺さぶりましょう」


 揺さぶって、尻尾を出すのを待ちましょう。尻尾を出すように煽りましょう。

 そう言うと、ゼノンの顔が、次第に、とても悪そうな笑みに変わっていく。


「聖女の研究は、この国のためにも、聖女のためにも大切だと思います。手伝います」


 ただし、報酬は別途、要相談!


「そのようにユーゴ師団長方にお伝え願えますか」


 そう言うと、ゼノンはすらりと立ち上がった。

 淡く薄い色のカーテン越しの日光がその長身を淡く照らし出し、神話のワンシーンのようだとりのは思った。



「御意のままに、聖女リノア様」



 優雅な礼をひとつ。

 そしてゆるゆると上げた顔には、今まで見た中でダントツに悪そうな、にやりとした笑みが浮かんでいた。



本日はここまでです。お読みいただきありがとうございます。

リアクション、そしてブックマークありがとうございました。どうか楽しんでいただけますように!

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