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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第148話 機密と不穏


「いやああ、なかなかにすてきなお嬢さんですね! 特に水の魔術の練度の高さが素晴らしい! 彼女が使っていた『煙霧』は意外と難しい魔術なんですが、魔力が一定の密度で維持されているので、霧になっても制御が外れていない! あれはなかなかですよ!」


 フラグよ、すまんな誤解して。


 チベットのスナギツネのような顔でゼノンを見るが、ゼノンは何ら気にせず、楽しそうに新しく見つけたすてきな人(サンプル)の話をしていた。

 休憩室には誰もおらず、人目がないと知ったとたん、ゼノンは一般人の皮を振り棄ててしまったのだ。


(そりゃあスティラは本の手入れや補修に関する魔術はがっちり練習してるし使い倒してるから上手ですよ……)


 そう教える気力もなく、りのは乾いた笑いであいづちを返している。


「――それで、ゼノン殿、リノア様へのご用件は?」


 とうとうあきれ果てたロゼリアがゼノンをそう促した。ロゼリアは、人の顔より強さに興味があるタイプなので、ゼノンを初めて見た時こそ驚いたそうだが、それ以降は「魔術の上手い人」というカテゴリーにおさめたらしい。顔を見ても特に動揺することはない。


「ああ、失礼しました」


 再び一般人に擬態すると、ゼノンはゆったりと姿勢を整える。その仕草の一つ一つがたまらなく蠱惑的で。


「――本来、ユーゴ師団長が直接お話すべきことなのですが、万が一の情報漏洩を防ぐため、私が遣いとして参りました」


 そう言い始めるのと同時に、ふわりと風が動いた。

 無詠唱で「防音」がかかったことを感じ、どうやらかなり面倒そうだと内心でため息をつく。


(まあユーゴ様にもゼノン隊長にもお世話になってるから、できる範囲では手伝おう……)


「伺いましょう」

「ありがとうございます。聖女さま方の、資料の件です」


 ぞわ、と背筋に何かが走った。

 何か厄介ごとだろうとは思っていたが、まさかそこが来るとは。

 たしかにユーゴにしては時間がかかっているなと思ったし、だからアラチェリア王妃にも話をこぼしてブーストをかけようともした。それなのにまだ話が降りてこないのは、そのトラブルのせいだったのだろう。


 りのは聞く姿勢をあらためて整えた。

 聖女の資料を読むことは、少なくともりのにとっては必要なことだ。


「リノア様、魔術師団の構成はご存じでしょうか」


 構成。りのは記憶の底から以前聞いたことを引っ張り出した。


「ユーゴ様を頂点として、攻撃魔術に関しての研究および研鑽を行う第一部隊、防衛魔術に関しての研究および研鑽を行う第二部隊。そして、魔術の研究を行う第三部隊に分かれているんですよね。第三部隊には本隊の他に二つの分隊があって、ひとつは治癒魔術の研究をする隊、もうひとつは付与魔術の研究をする隊と聞いています」


 ゼノンは軽く頷いた。


「さすがです、リノア様。その通りです。もちろん完全に分離しているわけではなく、研究で必要とあらば各部隊を飛び越えることも珍しくはありません。全体で魔術を研鑽し国力を高め、いざとなれば国を守って戦う魔術師が、私たちです。しかし、お伝えしていない、分隊といいますか、別隊があるのです」


 別隊。なんかカッコいいなとりのは思った。


「ただこれは軍事機密に近いので、どうぞ口外なさいませんよう。魔術師団および各騎士団の幹部クラスのみが共有する機密となっております。実は、魔術師団には別隊として、魔術師団長直属の部隊が二つあります。ひとつは師団長を頂点とするパーティーです」

「ぱー……てぃー?」


 え? なんかのお祝いするの? それとも夜通し踊っちゃったりするの?

 混乱するりのに、横からロゼリアが、冒険者パーティーのようなものです、と教えてくれた。

 あ、そっちのパーティーか!

 外来語は、なぜかこっちの人に通じたり通じなかったりするのでできるだけ使わないようにしているのだが、時々こういうことがある。まだウェルゲア語は全然学んでいないので、どういう理屈になっているのかは確認できていない。


「ええと、ユーゴ様が組んでいる冒険者パーティーがある、という理解でよろしいですか?」

「はい。正確に言えば、組んでいるというよりは庇護者になっているというほうが近いかもしれません。昔は一緒にダンジョンにもぐったりしておられたそうですが、現国王陛下にかわられてからは何せ忙しく」

「ああ、社畜してますもんねえ……」

「しゃ、ちく?」


 ことりと首を倒すさまが背徳的すぎてくらりとした。物理的なめまいで思わず手のひらで目を抑えてしまう。

 手を振ってお気になさらずと話の続きを促した。


「そしてもうひとつ、こちらが今回の話に関わってくるのですが、資料管理課という、特殊な役割の課が存在しています」


 ゼノンの澄み切ったネオンブルーの目がぎらりと不穏に光った。


「ここは、古くから伝わる魔術書や王家に関わる古書、重要書籍などの保管、研究を行うところです。これらの書籍の保管には魔術が必要不可欠ですので、魔術師団から人員が出ておりますが、王城の文官と共に勤めることになっております」

「魔術師と文官の混在する課なのですね」

「はい。魔術師が保管や維持を、王城の文官がその中身の確認や研究、翻訳を行うこととなっております。そして、この資料管理課に、聖女様に関する資料のすべてが集められています」


 聖女の残した資料の研究ってどこまで進んでるんだろう。

 そういえばと思って聞いてみると、ゼノンは肩をすくめた。さらりと桃色の髪が揺れて美しい。


「研究と言いましても、読めないものがほとんどですからね。代々研究者が挑んではいますが、なかなか進んでおりません」

「今までの聖女さまに翻訳などの依頼はなさらなかったんですか?」

「わかりません。少なくとも記録にはなく、また研究が進んでいる形跡もないので、判断がつかないのです」


 そこでゼノンは深いため息をついた。

 ザ・不穏である。ため息すら輝いて見えるほど、外見はとても美しいが。


「その資料管理課の中に、情報を探っているものがいるとの情報があります」


 ほらやっぱり! 不穏!


「……聖女の資料からですか? それともそれ以外の魔術書や古書から?」

「おそらく聖女の資料の方かと」


 その動きはりのとカノンがこの世界に来る少し前、つまり聖女召喚が決まったころから始まっているらしい。

 聖女が来る前に知りたかったのか、それとも聖女が来てから知るために準備を整えたかったのか、その両方かはわかっていないという。


「もともと、内通者が中にいるのではという疑いがあり、慎重に調査をしていたのです。リノア様からの申請の受理が遅れていたのはそれが理由です。そこに、先だっての、王女殿下と第二王子殿下の周囲の不埒な者のあぶりだしの延長でもたらされた情報で、その疑いがますます濃厚になったという感じでして」

「なるほど。誰が内通者かはまだわかっていないんですね?」


 はい、とゼノンは苦々しく頷いた。


「私が言うのもあれですが、もともと資料管理課の者たちは、聖女の狂信者に近いのです」


 げっ。


「そのうえで魔術師もおりますから、そのう、一般の感覚とはズレているところも大きく、もしかすると自身が内通しているということさえ気づいていない、あるいは気にしていないという可能性もあり……」

「うわあ……」


 魔術師団はマッドな人が多いと思っていたが、本人たちにも自覚があったことが驚きだ。

 常識より何より、魔術に傾倒して魔術を至上とする人たちの集まり。

 そのうえで聖女に夢中とか、怖すぎる……。

 文官の方は、魔術師ではないが研究者で、似たり寄ったりなのだそうだ。


「ですので、調査が本当に進まないんですよね! いっそ自白の魔術とかできないかなあ!」


 けらけらゼノンが笑う。まあ彼としては、この件で自分の研究が邪魔されてるのがストレスなのだろう。

 それでも、その発言はどうかと思うけど。自白の魔術とか、何属性?


「ええと、それで?」

「あ、すみません。それで、誰が内通しているのか、つまり誰がダルクス家やガズメンディ家、あるいは他の勢力と繋がっているのかわからない中で、リノア様が聖女の資料に手をつけると、危険が及ぶかもしれないと団長は考えています」

「危険? 私の暗殺とか?」

「いいえ、そちらではなく、リノア様のお持ちの知識の方が狙われるかもしれないということです」



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