第147話 変人ときどき美人
(うわ、お庭、まだ焦げたまんまだぁ)
テオドール第二王子による魔力暴発から数日。
うっかり侍女を焼き殺しかけたというのはさすがに外聞が悪く、この事件はすべて口外を禁じられ、なかったことになっていた。
図書館に附設している庭で、魔術師が火の魔術を使おうとして魔力の調整を間違った、そこにたまたま第二王子の侍女がいたという、ちょっと苦しいですね? と問い詰めたくなるようなストーリーで終了となるようである。
ライラック卿がうまく情報を操作してくれたようで、りのの名前はみごとに隠されていてほっとした。
とはいえ、白煙で駆けつけた人間が多かったこともあり、しばらく王城内はばたばたしていた。
その間、りのはずっと部屋にこもっていた。減ったパンのストックを増やしたり、カノンとメールや電話をしたりしながら外出そのものを控えていた。
うっかり何かに巻き込まれたらイヤだし、りののことを隠してくれた人たちに申し訳が立たないと思ったので。
そして今日、やっと落ち着いてきたしもういいかな、と、図書館へ来ていた。
「こんにちはスティラ、って、うわあ……」
「ああ……リン、いらっしゃぁい……」
いつものように図書館に入ると、スティラがカウンターにべったりなついていた。豊かな栗色の髪はパサつき気味、ブルーグレーの目はやさぐれ気味だ。いつもは理知的で清楚な美人なのだが、すっかりとしおれていた。
疲れている……。
「お、お疲れさまだったわね」
「うん……。リン、図書館を守ってくれてありがとうねぇぇぇ……本が燃えたら、わたし生きていけなくなるところだったわぁぁ……」
ありゃ、スティラは事情を全部知らされちゃったのか。まあテオ君もここに来てたから、隠すわけにもいかないよねえ。
人見知りなスティラなのに、関係者としていろいろな人と話をしなければならなかったのだろう。
りのはかわいそうにと同情した。
「災難だったわね。取り調べは大丈夫だった?」
「だいじょうぶじゃなかった……とてもどもっちゃった……」
「そっかー」
元気出して、とりのは部屋から持ってきた蜂蜜とレモンのメレンゲクッキーを詰めた小瓶をプレゼントした。
この大騒ぎ、りのが原因の一人ともいえるので、せめてもの罪滅ぼしである。
スティラはのそのそと起き出して、ありがとう、今日の心の支えだわ、と両手で瓶を握りしめていた。
「……それで、本の貸出よね?」
「ええ、それと返却と。この魔獣素材の本、とても面白かったわ!」
「どっちの本? ああ、それは『鑑定』持ちの冒険者と、『絵画』のスキルを持つ職人が共同で書いた本よ。ちょっと古いけど、何せ冒険者が職人をダンジョンに引っ張っていって絵を描かせたおかげで、臨場感が段違いなのよねぇ」
「えっ」
なにその冒険者、こわ……。
「ちょっと精度は落ちてるけど、新しい情報の本もあるわよ。そっちも見る?」
「あ、ぜひ。それから、植物の生態や病気、育て方についての本はある?」
ぴたりとスティラの動きが止まった。
うん、これはなんとなく察せられているなと内心で苦笑した。
テオドールとの邂逅を通じて、ポタ芋に関心を持ったと思われているだろう。
(ちょっとは調べてあるんだけど、本格的には動いてなかったのよね、後回しにしちゃって忘れてた。うーん、私のおバカ。脳は四十のままで若返ってないんじゃないかしらん)
買い叩いたじゃがいも、ではなくポタ芋の一部は、ひっそりとりののインベントリへ移動させてあった。インベントリ内に生きているものをいれられないことは試していたので、うまく行けば病原菌らしきラフトフ菌も死滅しないかなと思ってやってみたのだ。
結果、死滅することはなく、今でもラフトフ菌のついたポタ芋として、インベントリ内で眠っている。
一方、「バリア」をかけなおしながらパントリーに置いてあるポタ芋の方は、少しずつ腐っていっている。
経過観察をしていたのだが、「鑑定」では単なる「腐敗」と出た。「バリア」で環境が安定しゆっくりになっているとはいえ、やはり腐敗自体は防げないらしい。
ただその菌が周囲に漏れ出た形跡はないので、「バリア」でラフトフ菌を防げるということは確定した。そして、ラフトフ菌とやらは付着しているだけでは悪さをしないということも。
よって、次はラフトフ菌と、そしてもうひとつ、「鑑定」に出ていたヘクシアとはなにかについて調べる予定だったのだが、ここでつまずいた。何の本を見ても書いてないのだ。
向こうの分類でいえば植物病理学、栄養学あたりかと思うが、それがどの本に書いてあるかまったくわからない。
これはスティラの力を借りるしかあるまいと思っていたところへ、第三騎士団の治療やら聖女認定やら、王女や王妃や第二王子との接見やらでばたばたしていて。
まあ、すっかり後回しになっていたのである。
本当なら、このタイミングでスティラにポタ芋に関わるような本を頼むのはちょっと危ない。りのとテオドールの癒着を疑われる可能性がある。だからもう少し調べるのを遅らせるほうがよいのだろうが、スティラとは友だちになったし、大丈夫だろうとりのは思った。
スティラはとても賢い。頭がまわる。
それだけに、自身の考えを表に出すことに対してとても慎重だ。
だから、確証が持てるまでは、りのとポタ芋の関連も自分の頭にとどめておいてくれるだろうと思う。
「植物の、生態や病気、ね?」
「うん」
「……ベランダで育ててる薬草類のためかしら」
「ふふ、そうだね。ちょっと気になったから。ありがとうスティラ」
「どういたしましてー! ほんと、ちょっとは感謝してよリン! もう!」
「してるしてる。じゃあ次はさくさくのクッキーでどう?」
「よろしく! 本は任せて!」
スティラがわいろの効くタイプでよかったなあ、とりのが内心ほほえましく思った時。
こつこつという、固い足音が聞こえた。
図書館へ続くアプローチを誰かが歩いてきている。足音の数から考えればおそらく一人。
スティラがすっと背筋を伸ばし、りのは、後でも大丈夫、後でメイドさんかお手伝いの子に来てもらうから、その子に本を渡してくれる? と小声で依頼した。
スティラが頷くのを確認してカウンターから離れ、さて部屋に戻るか本を読むか、どうしようかなと迷っていたら。
「ああ、やはりこちらでしたか、リノア様」
涼やかな声に呼ばれて振り返ると、そこには絶世の美人がいた。
鮮やかなパライバトルマリンの目が煌めき、桃色の髪が柔らかな光を受けて淡く輝いている。
その麗人がゆるやかに魔術師としての礼をとった。
「……ゼノン隊長」
「ごきげんよう、リノア様。魔術師団第三部隊隊長ゼノン・レディーゼ、お話ししたいことがあって参りました」
この想像を絶する美人は、魔術師団棟にいるときは変人全開なのだが、こうやって外に出ると普通の人に擬態するのである。
初めて魔術師団棟の外でゼノンに会った時、あまりのギャップに絶句したものだ。
ちらりとスティラを見る。さすがのスティラもこの美貌には……って、あれっ? スティラさん?
「リノア様、お話ならばどうぞ休憩室をお使いくださいませ」
この美貌に見とれていない、だと……?
「あ、ええ、じゃあそっちに行きましょうか、ゼノン隊長」
りのがそう言うと、スティラは満足そうに目を細めた。
(あああ、スティラにとっては本を借りに来た人じゃないからどうでもいいってことね!? この美貌よりそっちが大事ってことね!? 本を読む邪魔になるからとっとと出てけってことね!?)
ゼノンはきょとんとしていた。ずいぶんこの顔面で苦労している的なことを聞いていたのだが、きっと関心を示されないことが珍しかったのだろう。
きょとんとした後は、じいっとスティラを見ている。スティラはとっくに魔術で手元の本の補修や手入れをすることに夢中だが。
(えええ、これもフラグってやつ?)
りのは引きつり笑いで、ゼノンを休憩室の方へ促した。
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