第145話 あの時のあれ
フィンレー王と共謀して、りのを道具扱いしようとした貴族どもの頭頂部の髪の毛を、ちょっとこんがりさせた日のこと。
(そういえばガズメンディ公爵、私に対して何も言い返してはなかったな……ダルクス侯爵が主にしゃべってたからってのもあるかもしれないけど、私に対する悪意はなかったのかな? 嫌われたら困ると思ってたとか?)
「サーチ」で確認した時、ダルクス侯爵がひときわ鮮やかな赤色、敵を示す色になっていたのは覚えている。だが、ガズメンディ公爵はどうだっただろうか。
(うーん、思い出せない!)
あの時はあの時で必死だったし、ダルクス侯爵をとっちめることに集中していたから、ガズメンディ公爵にはあまり気をはらっていなかったのもあるだろう。今では顔ももうおぼろげだ。
(たしか……背が高くてわりとがっちりしてたような……。薄い、水色の髪に……ああ、テオ君と同じ、ヘーゼルブラウンの目をしてたな)
ただ、接近禁止! とフィンレー王に言われて、青ざめて必死に謝っていたことと、言い訳めいたことを言わなかったことは覚えている。ダルクス侯爵が真逆だったので、記憶に残っていた。
「おじいさまのおじいさまが爵位を継いだくらいって聞いたかなあ……だから、大体百年くらい前なのかな? その頃から、北部の主要作物のポタ芋の不作が始まったんだ」
「葉が白くなって、お芋が腐っていった、んだっけ」
「そう。それまでの北部領はポタ芋でとても潤ってたんだけど、その年から急に腐ったり枯れたりして、収穫量が激減したんだって」
「ずっと減り続けて、今では作ってないとか?」
テオドールはううん、と首を横に振った。
どうやら、なんだかんだ言いつつ祖父であるガズメンディ公爵と接点を持ってはいるようだ。この子どものことだから、情報収集のためにあえて接点を持っている可能性もあるなと、りのはちょっと背筋がひんやりした。
「年によって、ちょっと良くできる年と、全然ダメな年があるんだそうだよ。で、豊作っていうのはないんだって。そんなわけでどんどんポタ芋を作る農民が減って、税収もガタ落ちして、今のありさまってわけ」
ふう、とテオドールは紅茶を一口飲んだ。
りのもつられて一口。
「そのポタ芋って、先代の聖女さまが見つけたものだったって聞いたけど」
「先代か先々代か、わたしもちょっと覚えてないけど、聖女様がガズメンディ領をご訪問されたときに、花壇に咲いていたポタ芋の花を見て、これは食べられるよって教えてくださったんだって」
こっちでも観賞用だった時期があるのかー。
「それで、えっとなんだったかな、緑のとこ? は食べちゃだめってこととか、一つの芋を切って植えればいいとか、そういうことを教えてくれて、そこから栽培が始まったんだ」
「なるほどね。詳しい育て方とかは、ガズメンディ領の農家の人たちが自分たちで模索したのかな?」
「え、どうだろう? そこはよくわからないや」
じゃがいもはわりと育てやすいと聞いたことがある。二回植え付けをすることもできたし、荒れた土地でも育つと聞いた。水も確か少なくてよかったはずだ。小学校の時、農業体験でじゃがいもを植えたことがあるが、水やりに行ったことはなかった気がする。
(いや、農家さんにお任せしてたからかもしれないけど)
一方で、病気や害虫、連作障害には注意が必要だったはずだ。それらによるじゃがいもの大幅な不作や飢饉でひどい被害があったのも歴史的な事実としてあるし。
うーんと首をひねる。
「ねえテオ君、おじいさんは、それにどんな対策をしたのかな?」
「対策?」
「うん。じゃが、じゃなくてポタ芋の不作で困ってるわけだから、不作から抜け出すために何か対策をとったでしょ?」
テオドールは首を横に振った。しわしわの顔で。十二、三の子どものする顔じゃなかった。
「……たぶん、してないんじゃないかなあ」
は?
「いや、うん、リノアさんの気持ちもすごくわかるけど、でも、してないと思うんだよね」
「……えっと、なんで……?」
テオドールはしぶーい顔をしながら、指を二本立てた。
「たぶん、理由は二つ。一つは、効果がなかったから途中であきらめたこと。初めは、そういう具体的な対策は代官とか農家とかに任せて、公爵家としては対策援助金を出してたんだって。でも結果が出なくて、しまいにはその対策のためのお金がそのまま代官や大きな農家の懐に入るだけになって、何も解決しなかったそうだよ。だから、初めはしてたけど、途中で辞めたらしい。それが、おじいさまのお父上の時の話」
「ああー、お父さんからその話を聞いてたから、もう初めからしなかったってことね」
そうだと思う、とテオドールは頷いた。
「もうひとつは、聖女様のくださったものだから、自分たちの手には負えないって思ってること」
やっぱりそれは出てくるのか、とりのは内心で苦い思いをかみしめた。
「――わたしは、そういうの良くないって思うんだけどね」
ぽつりとつぶやくテオドールに、りのは私もそう思うなぁと同意した。
「聖女がいなければ成立しないなんて、わりと危険な賭けだよね。いつ問題が起こるかわからないのに、その時に聖女がいるとは限らないんだもの。食べ物を育ててるわけだから、ちゃんと自分たちで対処できないと、生産は安定しないと思うなあ」
「そうだよね。自分たちのポタ芋の問題なんだから、自分たちで解決できるようになることが大切だよね。伯母さまたち……生みの母上のお姉さまたちはそう思ってるみたいで、何度もおじいさまにそういったんだって。調べたほうが良いんじゃないかとか、別の植え方をしてみようとか。でもおじいさまが、」
「聖女にもらったものにケチつけるな、どっちにしろ無理だって感じだったのかー。なんか納得した」
道理で、りのを自領へ連れていくのに必死だったわけだ。
でもその結果、りのへの接近禁止が申し渡されたわけで、熱意が裏目に出てしまった形なのだろう。
「おじいさまはね、自分のおじいさまから、ガズメンディ公爵領でポタ芋が豊作だったころのお話をいっぱい聞いたんだって。緑の海が広がってとてもきれいだったとか、収穫祭がとても賑やかだったとか。それに、ポタ芋のおいしさとかも。それをくださった聖女さまへすごく感謝してるんだって言ってた」
「私はそのポタ芋の聖女さまじゃないんだけどねぇ」
うんざりと言った顔で呟くと、テオドールがぷぷっと噴き出した。
「あははっ、そうだよね、なんとかしてって言われても、別の人なのにね!」
「もー、笑い事じゃないよテオ君てば。いきなりガズメンディ領に連れ去られそうになってびっくりだったんだからね!」
二人でひとしきり笑う。
そして、改めてりのは聞いた。
「数字でしか見てないけど、ガズメンディ領をはじめとして、北部は大分、財政が苦しいね?」
「苦しいよ。それは間違いない。特にガズメンディ領に近いアロギス領とハリーダ領は厳しい。ポタ芋に頼っていて、代替手段を見つけられてないから」
なるほど、ここでアロギスが出てくるのかぁ、とりのは得心した。
食料品店の店主たちとの初会合の時に、無礼で偉そうな商会長を紛れ込ませたのがアロギス伯爵だったはずだ。
(そうなると、あの失礼なちょびひげ商会長がポタ芋を持ってたのは、もしかしたらアロギスを経由した、ガズメンディ公爵の命令だったかもしれないのか。そういうところはちゃんと高位貴族って感じだ、腹黒ーい)
そして目の前にいる腹黒ボーイはその孫である。
「えっなに、なんか不審な目でわたしを見てない?」
「見てないよー」
どうしようかなあ。
魔獣退治ではないとはいえりのを利用しようとしているのだけど、感謝してるとか言われるとビビる。
一方、これからこの国で何らかの活動をするとして、ガズメンディ公爵に恩を売るのはメリットが大きい。
あと、じゃがいも食べたい。今日ハンバーガーだったからよけいに。
(でもなあ、ここで私が手を出して、せっかく芽生えてる自分たちで何とかしようって意欲をそぐのはナシでしょ?)
「……あの、リノアさん」
「なあに、テオ君」
うっすらと笑んでいるいつもの顔の下でりのがうんうん悩んでいると、テオドールがおそるおそる声をかけてきた。
「よかったら、伯母様たちに連絡をとろうか?」
「え?」
「えっと、おじいさまとは接触禁止になってるんだよね? で、リノアさんに頼ろうとしてるのもおじいさま」
「そうだね。ああ、でも伯母さんたちは自分で何とかしようとしてるんだっけ」
「うん。伯母さまたちなら、何か進展があるかもしれないよ? それに、正直に言うと、ガズメンディ領のポタ芋の不作が解消したら、わたしが王太子になれって言われることは多分なくなるから」
えっ?
どういう、って、あ、そういうこと!?
「つまり、テオ君の生みのお母さんは、ポタ芋の不作に対する援助とか支援とかを強化するためにお嫁入りしたってこと!?」
「そうだよ。父上は別に側妃とかいらないって言ったらしいんだけど、兄上が生まれてから二年近くたってて、兄弟がいないと困るからっておじいさまが強硬に押したんだって。その流れで、わたしも北部のために王になることを求められてる」
はああ、とりのはため息をついた。
「ややこしすぎる~~~~! 一般人に政治を求めないでええ~~!!」
うっそだあ、リノアさんわりと得意でしょ、とテオドールがにこりと笑いながら言った。
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