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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第144話 グッジョブ


 アラチェリア王妃の不調は、誰かに毒を盛られたからではないのか。

 この子どもはそんなことまで心配していたのか……。

 しかし、この子にとってみれば、自分を王太子に推す一派が王妃を狙うというのは、リアルに起こりうることだったのだろう。


(きっと怖かったよね)


 大好きな人が苦しんでいる原因が自分かもしれないなんて、十二、三の子にはとんでもない恐怖だっただろうに。


「違うよ。毒とかじゃないよ」


 はっきりきっぱり断言すると、テオドールの目が揺れて金色に光った。

 明るいアラチェリアの笑顔を思い出す。


「私のいた世界でも、たくさんの人が経験していた不調なの。原因はいろいろあって、向こうの世界でも特定されてはいないけど、対処法はけっこう研究されててね。それを今、チェル様にお伝えして、チェル様がそれを試してるところだよ」


 うん、うん、とテオドールが頷いた。


「チェル様も、この間お茶に招いて頂いたとき、三人も子どもがいるのに誰一人として十分に見てあげられなかったって悲しんでた。だから、その分も頑張るんだって。早く体調を整えて子どもたちといっぱい話をしたいって仰ってたから、きっと、もうすぐだよ」


 だから、もう少し待っててあげてね。


 そう言おうとテオドールを見ると、なぜかテオドールがぽかんと口を開けていた。


「は……?」

「え?」


 いきなりテオドールが動きを止めて、ヘーゼルの目でりのを凝視している。


「今、なんて」

「今? 子どもたちといっぱい話したいって言ってた?」


 ちがう、ちがうと、初めてテオドールが、子どもがだだをこねるように頭を振った。



「その前に、王妃殿下が、」



 ――ああ、そういうことか。



「三人も子供がいるのに、誰一人として十分に見てあげられなかったって」



 大きなヘーゼル色の目は、アラチェリアには全然似ていない。けれど、間違いなく。



「テオドール殿下は、チェル様の真ん中のお子様。私はそう聞いてるよ」



 乳母をつけたとはいえ、愛情をこめて育てたのはアラチェリアだったのだろう。

 体調を悪くするまで、きっと我が子と分け隔てなく接していた。



(こういうとびぬけて賢い子だと大変だっただろうになあ)



「そう、か。そうなんだ……」



 テオドールはきっと、ただ一人側妃の子であるということがひっかかっていたのだろう。

 大好きな兄に嫌われたという悲しみもそれに拍車をかけたのだろう。


 でも、アラチェリアが自分を自身の子どもだと言っていたと、政治にはかかわらないと断言しているりのから聞いたから。

 きっとアラチェリアの言葉は、周りが敵ばかりのこの王子様の心にすっと届いただろう。



(ありゃ、私、これもしかして、ちょっとだけグッジョブだったのでは!?)



 心の中で親指を立てて、恥ずかしがり屋の子どもの涙には、気づかないふりをしておいた。







 涙がおさまってきたかなというころ、りのはメリルに頼んで紅茶をいれてもらうことにした。


「殿下、紅茶とレモン水と、どっちがいい?」

「え、」

「選んで?」


 周りを警戒して、周りを刺激しないように息をひそめていた彼に、いきなり何が飲みたいかを言ってもらうのはきっと難しい。本人の負担にもなるだろう。だから、選択肢を用意して、選んでもらうところからだ。

 ここでなら、自分の希望、自分の気持ちを言ってもいいのだとわかってもらいたい。

 少しずつ、この場の安全を殿下自身に実感してもらいたい。


「えっと、じゃあ、紅茶で」

「メリル、お願いね」

「かしこまりました」


 静かに、けれど優雅にメリルが動き出すのを眺めながら、りのはテオドールに話しかけた。


「テオドール殿下、」

「リノア様、テオって呼んで」

「うん?」


 ぼろぼろこぼれていた涙はもうなく、少し縁を赤くしたヘーゼルの目が、光に当たって少し濃く見える。

 その目を柔らかな感情で彩って、テオドールはりのに対していた。


「家族にはそう呼んでもらってるんだ。だから、リノア様もそう呼んで」

「……いいの?」


 うんと頷くテオドール。

 だが、家族しか呼ばない弟の名をりのが呼んでいると知ったら、焦ったりすねたりするんじゃないだろうか、あのオウジサマは。


(この子、それをわかってない感じ? いや、お兄ちゃんがそんなことで揺れたりしないって信じてるのかも?)


 ひとはそれを妄信という。かもしれない。


(そっかあ、あのお兄ちゃんはお兄ちゃんで、なかなか縛られちゃってるのかもねえ)


 うん、とりのは考えをまとめた。


「ありがとう。じゃあ、テオ殿下の周りの人がいないときにはそう呼ばせてもらうね」

「テオ」

「うん?」

「だから、テオでいい」


 あー、なるほど。

 周りの人がいないならもう一ステップ、ってことか。


「じゃあ、テオ君でどう? 私も様はつけなくていいよ」

「うん!」


 嬉しそうに笑う。

 ちょっとの時間で、ずいぶんと子どもの顔をするようになったものだ。

 ハンバーガーさまはやはり偉大である。

 メリルが紅茶を並べてくれたので、それで唇を湿らせた。


「テオ君、言えないことは言わないでいいからちょっと教えてほしいんだけど、テオ君のおじいさんって、どんな人?」

「おじいさん、って、ガズメンディ公爵のこと?」

「そう。なんか、しつこくウチに来てって言われて鬱陶しかったから、もうあなたとは仲良くしませんって言ったんだけど、まずどんな人なのか知らないなあと思って」


 うわあ、という目でりのを見る。呆れが濃い。


「一応、ああ見えて、ウェルゲアの四公爵の一角を預かるひとだよ……?」

「まあそうなんだけどね。というか、ガズメンディ領の魔獣退治をしろって言われてるのかと思って、ダルクス侯爵と一緒にまとめて縁切りしたんだけど、本当にそうだったのかという不安が、こう、ね?」

「ああ、あのひとだからね……」


 りのは、敬語や言葉の配慮をぶっ飛ばしてしゃべる。テオドールもそれを咎めない。ちゃんとした場では配慮できることを知る者同士、そして今は効率よく話したいもの同士のあうんの呼吸だ。


「リノアさん、ガズメンディ領を中心とする北部の状況については知ってる?」

「ちょっとだけ。前シャルニエ伯爵に聞いたよ。あの人、今私の先生なんだ」

「いいなあー、伝説の文官だ!」


 ヤン先生、有名人だね!?

 目をきらきらさせるテオドールに、状況が落ち着いたら授業に混ざってみる? と誘いをかけると、さらにその目がきらきらした。

 立太子をめぐる派閥対立が落ち着けば、それも夢ではないだろう。


「ガズメンディ公爵……ううん、おじいさまは、ものすごく頑固で直情的な人だよ。考えるのはそんなに得意じゃなくて、体を動かして物事を解決していくひとだ」

「おおう……脳筋……」

「のうきん?」


 何それ、というニュアンスに、「脳みそまで筋肉でできてるって意味だよ」と簡潔に返すと、テオドールは大笑いした。


「考えるより先に体が動くって意味だよね!? 思考が単純ってことだよね!? おじいさまにぴったりすぎる……!!」


 と大爆笑だ。孫に脳筋だと爆笑されるおじいちゃま。ちょっとりのは同情した。原因はりのなんだが。


「脳筋だけどね、情には厚い人なんだ。暑苦しいくらいに感情が豊かで、そういう面ではあまり貴族らしい人じゃないよ。でも北部ではそういうところも含めて慕われてる」


 ふむふむ。情の熱い脳筋。親分肌な感じだろうか。

 そういえば、と、りのはあの二度目の謁見、つるし上げを食らいそうになっていたの時の様子を振り返った。

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