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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第143話 テオドールの事情


「いいよ、許すね」


 あっさりと放たれた言葉が信じられなかったのか、テオドールはぱっと顔を上げた。喜びよりも驚きと困惑が濃い。


「え、と、」

「はい、どうぞ。こっちは大丈夫よね?」


 念のために「光の清め」をかけたレモン水を、テオドールの前に置いた。

 ミントやピペルトのすっとした感じは大丈夫そうだったから、生姜のピリッとした感じが苦手だったのかな。まああれはたしかに大人の味だ。りのも高校に上がるまではジンジャーエールが苦手だったし。


「ありがとう、じゃなくて、……え、いいの」

「いいよ。ちゃんとごめんなさいしたし、何が悪かったのかもちゃんと理解できてる。テオドール殿下なら、もう同じことはしないでしょ? その対策も頭の中に浮かんでるでしょ?」


 こくりと頷くのに、こちらも頷き返した。

 りのを利用しないというならそれでいい。

 ついでに情報収集くらいはしようかと、りのは首をかしげて聞いてみた。


「それで、私に何をお願いするつもりだったの? 初めはガズメンディ公爵領にいってほしいとか、立太子を後押ししてほしいとかかなと思ったけど、それ全然違うよね?」

「あの、ここで話したら政治利用ってことにならない?」

「ならないならない。だって聞くだけだもの。他の誰に言う必要も感じないし、言ったりもしない。それで私が動くとしたら、私の利になるってことだから気にしないでいいの。テオドール殿下はとっても苦労してそうだから、おまけもするよ」


 ぱちりと陽気にウィンクしてみせると、テオドールの表情がほころんだ。


「そっか。今、ここにわたしの陣営の者はいないんだ」

「そうそう。ここにいるのは、みんな王家のために働いている人たちだよ。そして私は王家の庇護を得ている異世界人だよ!」

「あはは、すごい腹黒い異世界のひとだ」

「言ったわね腹黒王子様のくせに。でも、そういうの、いいと思う。人としての線を踏み越えさえしなければカッコいいよね」

「うん。わたしも、そこだけは越えたくない。だから、さっきはありがとう。『防壁』はってくれたの、ロゼリア卿だと思ってたけど、あれはあなただったんだね」


 りのは目をみはった。あの一瞬でよく気づいたものだ。やはりよく見ている。

 聞くと、年の割に魔力感知のレベルがずいぶん高いそうだ。あの時は動揺していたが、今考えてみると、魔力の発生地点がりのだとわかったらしい。


 感嘆するりのを置いて、テオドールはとつとつと、これまでのことを語り始めた。


「イモージェンは、わたしの生みの母の実家からよこされているんだ。わたしの伯母の夫の妹なんだよ。わたしの生みの母には二人姉がいて、上の姉、わたしの伯母にあたる人が次のガズメンディ公爵だから、次期公爵の夫の妹、ということになるのかな。イモージェンは実家のヒルト家で厳しくされていた人で。兄の……デニス叔父のほうは大事に育てられたんだけど、イモージェンは最低限の令嬢教育と学園で学んだだけで、あとは好きでもない家政や育児をやらされたんだ。――わたしの乳母になるためにね」


 女は家庭のことをしろ。そういう両親だったうえに、本家の長女の婿を息子が、王家に嫁いだ側妃の乳母というポジションを娘がとることで権勢を確かなものにしたいという野望があったそうだ。


「生みの母は、わたしを産んでから体調を悪くして亡くなって。でも、亡くなる前に、アラチェリア妃殿下にわたしの養育を頼んでいてくれたんだ。正式な書類も用意されていて。だから、わたしの乳母はアラチェリア妃殿下が手配してくれたし、妃殿下がわたしの母親のように、大切に育ててくれた」

「チェル様らしいね」


 思わず呟いた言葉に、テオドールがうんと笑った。


「わたしは小さいころから知能が高かった、らしい。大人みたいなことを言ったりしたりする変な子どもで。それを知ったガズメンディ公爵が後ろ盾として近づいてきて、でも妃殿下や兄上がわたしを守ってくれてた」


 忙しい時間のすきまをぬって、テオドールの話を聞いてくれたり、膝にだっこして遊んでくれたり。そんな、ふつうの母親と子供としての時間をアラチェリアはとってくれていたそうだ。

 兄であるローランも、それを邪魔することはなく、三人で遊んだり、話をしたり、お茶を飲んだり。楽しい時間をすごしたんだ、とテオドールは懐かしそうに言った。そこにティアーヌが加わってからは、ローランと二人でティアーヌを可愛がったという。

 そしてテオドールは、優しい母のために、そして大好きな兄のために頑張ろう、一生を捧げようと決めて、勉学や魔術の研鑽に精を出したそうだ。


「でも、ついてくれていた乳母が引退して、妃殿下が体調を崩したくらいから、いろいろおかしくなってきて」


 なぜか自分たちの周囲にダルクス派が増えた。ダルクス派が増えるのに連動して、ガズメンディ公爵家や他の王家派ではない貴族の息がかかったものも増えていったという。

 自分の侍女としてよこされたのは、今まで遠ざけられていたはずの生母の実家の息がかかった乳母気取りの者。

 少しずつ、少しずつ、いろいろなものがきしみ始めた。


「イモージェンは、わたしを次の国王になるように誘導するよう、両親に言われているんじゃないかな。乳母になるように育てられてきた彼女には、たぶんそれしか自分を証明する方法がないんだと思う。だから、言動も過激で……」

「ああ、それで私にあんなことを言ってたのね。えー、テオドール殿下、まさか侍女の暴発を防ぐためにあえて身近に置いてたの?」


 こっくりと頷くテオドールに、りのは心の底から同情した。

 なんというストレスフルな環境……!


「せいいっぱい抑えてたんだけど、最近は本当にひどくて。だからその、いっそイモージェンがあなたにちょっと不敬なことを言わないかなって。そしたら、それを理由にわたしから縁談を世話して、城から離れさせられるなって、思って。他の貴族ではわたしがいる分、そこまで処罰できないから。でも、不敬すぎたし、わたしが次期国王って勝手に言うしで、我慢してたのが破裂しちゃったというか」

「なるほどねえ」


 ここでも囮かあ。

 まあ子どもの、テオドールのやったことだからよしとしよう。謝ってくれたし。


「それで、ついでにちょっとあなたと仲良くなれたらいいなって。あの、兄上のいいところを、教えたいなって」

「うん? ローラン殿下を許してあげてとかではなくて?」


 テオドールはぶんぶん首を振った。


「それはだめだと思ったんだ。だって兄上は王になられる方で、その言葉をわたしが勝手に代行するのは違うから。でも、兄上はその、ちょっと良さが伝わりにくい方だから。第一印象と中身の差が大きいから、わたしが兄上のすてきなところとか、いいところとか、いっぱいお伝えしたいなって」


 おい聞いたかローラン第一王子!

 こんなかわいい弟に、こんなに気を使わせて!!


「お兄ちゃんが大好きなんだねえ」


 ほほえましくてちょっと笑いながらそう言うと、テオドールはぱっと頬を染めた。


「小さい時は、いっぱい遊んでくれて、お菓子とかも、わたしの好きなのだったら自分の分をこっそりわけてくれたり。わたしが夜、雷の音で怖かったときは、部屋まで来てくれて、いっしょに寝てくれたんだ。すごく優しいんだ! わたしは運動はぜんぜんだめだけど、兄上は剣がすごいんだよ。一度、こっそり猟犬を飼っている小屋に遊びに行ったことがあってね、虫の居所の悪かった猟犬にかみつかれそうになったんだけど、兄上が守ってくれたんだ」


 うんうん、とりのはそのお兄ちゃん自慢を聞いた。その言葉を疑いはしない。

 初めて話をした時、謁見の間で会った時、自分たちのしでかしたことの重さに、きちんと傷ついていた彼だ。きっと弟や妹には慕われる良き兄なのだろう。


「……妃殿下とお話できなくなったくらいから、兄上は黙り込むことが増えて。わたしともあまり話してくれなくなって。その頃、ガズメンディ公爵家がでばってきてたから、わ、わたし、嫌われたのかもって。だからせめて、わたしは王位を狙ってないってことを示そうと思って、祖父と仲たがいしてみたりとかしたんだ」

「そうだったんだねえ」


 テオドールはこっくりと頷いた。


 それにしても、なんと迂遠でいやらしい計画だろうか。国王や王妃ではなく、その子どもたちを狙い撃ちにしている辺り、本当に性格が悪いとりのは不快に思う。

 アラチェリアの不調を知って、それに合わせて長期計画で仕掛けてきているという印象だった。それだけアラチェリア王妃の果たしていた役割は大きかったのだろう。


(まあチェル様、仕事できる人だからなー)


 はじめてのお茶会からストレッチの講習を行うようになり、そのたびにお茶に招かれているりのは、アラチェリア王妃ともそれなりに深い会話を交わしている。もちろんそれを利用したりしてはいない。

 お互いに、お互いが害にならないか、利を分け合えるかを確かめ合っている段階だと考えている。

 りのは口を開いた。


「チェル様、今、とても元気になってきてるの。とっても頑張ってらっしゃるから、もう少ししたらきっと前みたいにお話しできるようになると思うよ」


 安心させようと告げた言葉。



「リノア様、妃殿下は、その、……毒とかじゃ、ないよね?」



 それに対する、テオドールの不安いっぱいの質問に、りのは絶句した。



今日はここまで。お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、リアクションもありがとうございました!

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