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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第142話 食後の消化に悪い話


 テーブルについたのは、テオドールとりのだけだった。

 レノアはもちろん、メイドたちにも王子殿下との同席は固辞されてしまったのだ。

 ハンバーガーだからねえ、と笑うりのに意味がよくわかっていないテオドールだったが、食事を始めるとその理由を悟ったようだった。


「ええ~~……本当にいいの……?」

「別に無理しなくていいよ? 食べやすい方法で食べな―。フォークとナイフもあるからね」

「でも、リノア様はフォークとか使わないんでしょ?」

「使わないわね。ハンバーガーはがぶっと行くからおいしいんだと思ってるから」


 真剣な顔でテオドールを見て、りのはさっそくいただきます、と食パンのハンバーガーを手にとった。


 がぶっと大きな口を開けてかじりつく。


(くううっ、これよねこれ!)


 柔らかいパンが、肉々しいパティからあふれる肉汁をじんわりと吸い取ってさらに柔らかい。そこにレタスのパリっとした食感やトマトの酸味、トマトソースやマヨネーズのコクが重なり合って、たまらなくおいしい。


「んんん~~!」


 きわめつけはみよーんとのびるニムロムのチーズとハジェルの香り! 実質モッツアレラチーズとバジルなんだからまずいわけがない。ちょっとイタリアンなハンバーガーにはなってしまうが、ちょっとおしゃれな感じもおいしい。

 そもそもダークバッファローのパティが美味しすぎた。じゅわっと噛むごとに肉のうまみが口いっぱいに広がって、それがほろっと崩れていくのだ。


「口の中が幸せ……」


 うっとりしていると、目の前でテオドールが覚悟を決めたように、ハンバーガーを両手にとった。

 おや、フォークとナイフはいらないのかなと見ていると、小さな口をめいいっぱいあけてがぶっとかみついた。

 こんな食べ方は初めてだったんだろう、中のパティまで届かなかったようで、パンとレタスとトマトだけが口に入ったようだ。それが不満だったのか、二口目はもっと大きな口でがぶり。


「!!」


 そして、その目を大きく見開いた。ふふふ、そうだろうそうだろう!

 テオドールは口の中のものを飲み下して、りのを見て。


「すっごくおいしい!!」


 満面の笑顔。演技も飾りもない、たぶん本人も意識してないくらいの、感情が直に出てきた笑顔だ。


「おいしいよねー!」

「うん、おいしい!!」


 テオドールはそれだけ言って、あとは夢中でハンバーガーに向き直った。

 りのは、おかわりあるから言ってね、ほらコールスローもちゃんと食べなさい、とこまごま世話を焼きながら、自分もせっせとランチをお腹に収めていく。

 ジューシーでオイリーなハンバーガーと、ワインビネガーを使ったさっぱりコールスローは抜群の相性だった。口の脂感をコールスローがおさめて丸めていく。

 うーんこのラバミュでザワークラウト作るのもいいなあ。でもあれがあるとソーセージ欲しくなるし。


(というか、フライドポテトがほしいわー!)


 やっぱりじゃがいも、というかポタ芋はどうにかするべきかもなあ、主に私のジャンクフードライフのために。


「テオドール殿下、もう一個いける?」

「うん、あ、いや、」

「なあに?」


 もじもじとりのを見上げてくる。

 さっきとは違って本当にもじもじしていて、頬が少し赤くなっていて、とてもかわいい。


「もらっても、いいの?」

「いいよー!」


 よろこんでー! の勢いで、りのは追加のハンバーガーをテオドールの皿にのせた。

 うんうん、いっぱいお食べ!






 ハンバーガーをお腹に詰め込んだところで、リビングに移動し、食後のお茶とデザート。デザートはいつものメレンゲクッキーだ。

 りのがメリルにジンジャーシロップの水割りを頼むと、テオドールも興味を示した。好奇心の強い子なのだろうと思えばほほ笑ましい。


「ちょっと癖のある味だから、味見してみて」


 そう言って、小さなグラスに少しだけ作ってテオドールに手渡してもらった。


「――うん、生姜の匂いだ」


 匂いを確かめてから、一気に口をつける。

 その目がぎゅっとつむられて、そしてすっと凪いだ。一瞬で。そのあまりの変わりように、りのはびっくりした。


「なに、どした? おいしくなかったの?」

「――そんなこと、ないよ。おいしいね」


 きれいに笑う。

 先ほどまでのかわいい素の笑顔ではなく、きっちりととりつくろわれた笑顔だ。


(ああ、なるほど。王族は好き嫌いを言っちゃだめなんだっけ)


 ほろ苦いテミシアのスープを嫌いと言えなくて、でも顔はごまかせず、とてもいやそうな顔をしていたティアーヌを思いだす。


(この子なら自分の好き嫌いも政治に利用できそうだけど、でもなあ、この子が必要としてるのはそういうことじゃないんじゃないかなあ)


 王族なら我慢すべきこと、というのはわかる。フィンレーさんちの教育方針だから、よそ者が口を出すべきことじゃない。

 でもこの子どもは、ちょっと他の縛りがきつすぎるから。


(うーん、それ、私がやってもいいことかな? でも今さらなのよねえ、チェル様と仲良くなった時点で)



 必要なのは多分、アラチェリアが公務に完全復帰するまでの、つなぎの安全地帯。



「殿下、嫌いなら嫌いって言っていいよ」

「嫌いじゃないよ」

「そんな顔して言っても説得力ありませーん。まあ王族だからね、言えないのはなんとなくわかるよ。政治を荒らさないためにがんばってるの、ティア様もだけど、テオドール殿下もえらいね」


 でもなあ。


「でも私は、政治の外の人間だからね。別に、嫌いなものを嫌いっていうくらい、私にならいいんじゃない?」


 テオドールがすっと目を細めた。

 うん、この子のこういうところ、やっぱり子供離れしてる。話がこの国の政治に関わることを一瞬で、一言で悟った。

 りのはそう思って、きちんと自分の立場を説明しようという気になった。

 それが、この苦労している子供の安心になればいいし、逆に政治に巻き込まれる可能性を減らすかもしれない。

 ――――別のトラブルを呼びそうな気はするが、まあしかたないか。


「ええとね、殿下、まず私は、あなたの侍女が言っていた通り、こっちの言葉でいう平民なの。こっちの貴族のように、子どもの頃からがっちり政治に関わっているような状況は、正直言ってよくわかんないのよね」


 なにせ、向こうは民主制だし成人は十八なので。りのの時の成人は二十歳だったが。


「それに、フィンレー様から『この世界にいるだけでいい』って言われてるから、政治に関わる必要性も感じていないの。関わる気もまったくない。政治の外にいるっていうのはそういう意味」

「でも、貴族たちはそう思ってないよね?」


 そうだね、と頷く。


「私自身は政治に興味関心はまったくないけど、向こうから引きずり込まれたりつっかかったりされるのはとても面倒で嫌だから、自衛はする。それが王家との接近や第三騎士団への在籍」

「王家や第三騎士団を利するためではなく?」

「ないねえ。自分のためだよ。でもまあ、」


 生姜シロップの口直しに、レモン水をグラスに注ぎ、少し蜂蜜を落として、用意されていた氷をかろかろと落とした。

 それからスペシ、じゃなくて「光の清め」をかけた。ぴかーっとグラスが発光する。


「私自身のための行動が相手にとっても利になるよう、調整と相談はしてるよ。どちらにもよいことがあるような商売、取引をするっていうのが私の信条だからね」


 そっか、とテオドールは何かを飲み込んだような顔でうなずいた。

 深くため息をついて、りのの目をじっと見る。


「わたしは、きれいにあなたの地雷を踏んでたんだね。一方的にあなたを政治に引きずり込んで、利用しようと思ってた。わたしだけの利益しか考えてなくて、――いやもっと悪いか。わたしに利用されることが、あなたにとってもいいことだと、思い込んでた。あなたの話を聞いたわけでもないのに、よく知りもしないのに」



 これでは嫌われて当然だったね。



 テオドールは、ソファに座ったままとはいえ、深く深く頭を下げて、ごめんなさい、と呟いた。

 彼の父親そっくりの仕草だった。


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