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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第137話 怖い子ども

 

 うわあ、というのが、その客を見たりのの素直な感想だった。


 それほど背は高くないが、しなやかさと同等の脆さを感じさせる伸びやかな肢体に、華やかな衣装をまとっている。

 彼が誰であるかは、その豪奢な金髪を見ればすぐに想像がついた。

 けれど、りのが一番うわあ、と思ったのは、その目。

 ヘーゼルブラウンの、少しだけ黄色みの強い、見ようによっては金色にも光る眼には、いっぱいの親愛が浮かんでいるように見える。


(えー、第二王子ってことはローランより年下、ティア様より上ってことでしょ? 十二か十三かそこらってことでしょ? そんな子が、あんな目する? うわあ、怖いわあ)


 親愛とみせているが、あれは値踏みだ。

 近衛騎士団のラギスロード団長ほどわかりやすくあからさまではないし、利を得てやろうという値踏みでもない。

 あれはもっとタチの悪いものだ。

 こっちをどこまで使えるか、どうやって使えるかを値踏みしている目。

 この怖い子どもは好意や悪意で近づいてきたんじゃない、利用しようと思って近づいてきている。


(私を仲介にして若手の作家さんたちをこき使ってやろうって業者が、初めて会った時、あんな目してたなあ)


 りのはそれほど儲けているわけではなかったし、店も小さかったので、有名な工芸作家の作品はほとんど扱っていなかった。そのかわり、新進気鋭の作家さんの作品で気に入ったものがあれば、わりと積極的に取り扱いをお願いしていた。小ロットだし、それほど売れるわけではない店だから断られることも結構あったが、まあそれはしかたない。

 そんなりののスタンスから、固定客はそこそこついてくれていた。

 そして、そのお客様たちをかっさらおうとした業者が、まずは作家から引き抜き、圧力をかけようとしてきたのである。


(あの時はほんっとビビったなあ……こんな小さなギャラリーほっとけよって感じだったし。取引先の先輩方やお師匠さんたちが助けてくれたからなんとかなったけど、あれ怖かったのよね)


 各ジャンルの美しいもののエキスパートで、その知識や扱い方をりのに教えてくれた先輩方や師匠たち。彼ら彼女らがさまざまに情報や対処法を教えてくれて、事なきをえたのだが。


 その時の業者と、同じ目だ。

 たった十二、三の子がする目ではないはずなんだが。

 でも異世界だしな、とむりやりに思考を切る。


(子どもと思っちゃダメだな)




「読書中失礼します。聖女リノア・ミハイル様に、我が主がご挨拶を」


 護衛らしい騎士に声をかけられ、りのは静かに椅子から立ち上がった。

 その前に進み出て、彼はきれいな略礼をとる。王族が聖女に対して行う例としては最も簡易的なものだ。


「ぼくはテオドール・ドリュー・ウェルゲア。ウェルゲア王国の第二王子です」

「はじめまして、第二王子殿下。聖女としてこの世界に連れてこられました、リノア・ミハイルです」


 顔だけにこやかに。言葉には軽い棘をひそませて。

 気づくか、気づいて不快な態度を見せるか、気づいても隠すか。そもそも気づいたことを悟らせないか。


 しれっと見つめていると、第二王子はひくっと口の端を震わせただけで、内心を表すようなことはしなかった。

 ふうむ、その辺りは気づけてもまだ甘いところがあるのね。


「ご丁寧なご挨拶、痛み入りますわ」


 これで挨拶終わりねー、さっさと帰ってねーという気持ちでにっこり笑う。このままひいてくれれば、読書ができるのだけど。


「あの、聖女様、少し、お話してもいいですか?」


 やっぱりそう来たかあ、とうっすらほほ笑むいつもの顔の下で、チッと舌打ちをしたい衝動をこらえた。

 上目遣いでこちらを伺う様はたしかにかわいいのだけど。


(計算してそうされるのは、私の好みじゃないのよねえ……私はそのままのかわいさや美しさを愛でたいほうだし)


 りのは小さく息を吐いた。

 気づくか気づかないか、ギリのラインを狙って。

 第二王子は気づいたみたいで、今度は目の端がひくりとしている。


(うーん、対人スキルはこれからに期待って感じかな? いや、自分に対して偉そうにする相手に対する経験がないだけかも)


「では、あちらへ」


 図書館の窓から見える、庭園のガーデンテーブルとチェアを指して促した。

 え、という顔をする第二王子を、呆れたように見て。


「図書館の中で、おしゃべりはダメでしょう?」


 他の閲覧者がいたら迷惑になりますよ。

 そう言うと、視界の端でスティラがすごい勢いで首を縦に振っていた。






 外はいい天気だった。というか、こちらに来てから雨にあったことがあったっけ?

 現実逃避的にそう思いながら空を眺める。

 テオドールについていた侍女が手早くお茶を用意してくれて、テオドールに続きりのも紅茶に口をつけていた。


(あ、これは初めての紅茶かな。んー、すごい味と香りが濃い! コクがあって力強い……アッサムっぽいなぁ。これ、チェル様に教えてあげよう。ミルクティーにしたらきっとすごくおいしい)


 ちょっとほくほくして紅茶を楽しむ。

 さらっと「鑑定」すると、ガズメンディ領ルベルム村産と出た。

 そういえば、この王子についているのはガズメンディ公爵だったような気がする。第二王子派の筆頭がガズメンディ公爵だったはずだ。


(あー面倒! そういう政治とか派閥争いとか、勝手にやってなさいよね!)


 お話したいのはりのではなくて第二王子なので、黙って彼が口を開くのを待っている。

 今日は午後から講義が入っているので、できれば早めにお昼をとっておきたい。長引くのは避けたいが、こっちから口を開くのも違う。

 早く話してくれないかなあと思いながら、りのは冷めた目で第二王子を眺めた。


 その第二王子は、紅茶を一口飲んだ後、もじもじと手の指を絡めていた。


(うーん、演技かどうかはわからん。かわいいけど、そんな演技する必要ある? 何のアピールなんだろう?)


「あの、リノア様、」

「なんでしょう、第二王子殿下」


 名前呼びを許した覚えはありませんが?

 そんな気持ちを込めてにっこりと答えた。

 きゅっと、今度は口が引き締められて、不満をかみ殺すようなしぐさをした。


(うん、こういう言葉の裏を読めるあたり、本当に賢い子だし、空気を鋭く読むタイプなのね。だから演技と値踏みをするのか。そういう大人が周りにいたの? これだけ賢いと自分でやってる可能性も高いけど)


 こういう時、情報の不足を実感する。


 政治に関わることは、りのにはデメリットが大きい。メリットがないとは言わないが、王位の継承問題や派閥の問題に巻きこまれるのはデメリットしかない。

 派閥に組み込まれるということは、その派閥の長の言うことを聞かなければならないということだ。

 それは向こうの世界の知識の搾取や魔獣退治の強制が絶対に入ってくるとりのは思っている。だって、それ以外の価値はないのだから。


 そうならないようにするために、すべての派閥が頭を垂れなければならない国王と交渉をしたのだ。

 そのためにダルクスとガズメンディの両者とつながりを断ったのだ。

 これで政治に巻き込まれる可能性は低くなっただろうと思っていたのに。


 それなのに、こんな怖い子どもから接触があるなんて!


(多少なりと、王子たちの情報も集めておくべきだったな。あー、これ、ガズメンディ公爵の時にも思ったんだっけ、もうちょっと相手がどんな人間か聞いておく必要があるなって。私、学習能力ゼロかな? 鳥頭だね?)


 自分の至らなさをかみしめる。

 最近、生活や周囲との人間関係が安定してきたからすっかり気が抜けていたのかもしれない。


 ここは、自分の利益のために、私を殺そうとする人がいるところ。



「あの、聖女様、」



 兜の緒を引き締めなおすりのの前で、決意したように、第二王子がうるうるの目でりのを見上げてきた。



「ぼく、お願いがあって」

「お断りします」



 ざっくりと切った。



今日は家の用事で一話のみの更新となります。

お読みいただきありがとうございました。

ブックマーク、リアクションしてくださった方ありがとうございました。

とてもうれしかったです!

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