第136話 とりとめのないこと
「鑑定」の結果を伝えた後、カノンは、しばらくじっと考えていたが、やがてその目をりのに向けた。
淀んだ光ではない、まっすぐな、意志のある目だった。
「リンさん、これを隠すかどうか、少し考えたいです。これからのことも合わせて」
りのはわかったと答え、隠すにしろバラすにしろ、私にできることがあったら相談してね、と告げた。
それからちゃんと「テレポート」で部屋に戻れるかを試すことになった。時間も押していたので、戻れたらそのまま寝たほうがいいねと今日は解散することにした。テレポートやその後の大泣きで、カノンがけっこう眠そうにしていたので。
「でもちゃんと帰れたかは心配だから、お部屋に着いたらメールなり電話なりしてね?」
「はい、わかりました。じゃあ、部屋に帰ります! リンさん、今日はありがとうございました!」
「こっちこそ。またお話しようね。部屋に着いたら連絡してね」
「はーい! おやすみなさい! 『テレポート』!」
かわいく手を振って、カノンの姿がぽんと消えた後、すぐにメールが来た。
『ちゃんと帰れましたー ベッドの上にぽんって落ちて面白かったです!』
ちゃんと帰れた喜びがきらきらの絵文字にあふれていた。
そして翌朝。
今日は午前中に時間があったので、りのはロゼリアと図書館へ来ていた。
「リン、寝不足ですか?」
「ふあ、うん、ちょっと寝るのが遅かったんだよね……今夜は早く寝るよ」
あくびを連発するりのに、ロゼリアが心配そうに声をかけてきて、りのは申し訳なく思いながら素直に返事をした。
通いなれたアーチをくぐり、図書館のカウンターへ。
「あらおはよう、リン」
「おはようスティラ。今日もまたきれいな本を直してるわねぇ」
スティラの手元にあったのは、本というよりはノートのような小冊子だった。
ラメのようにさざめいて光る淡い緑の皮はつるんとしていて、なんだかクリアファイルを思わせる。
「これは直しているわけじゃなくて、お手入れをしているのよ。この本は湿気にも破損にも強いんだけど、乾燥には弱いから、時々、水分を与えているの」
そう言って、スティラが「煙霧」と唱えると、かざした人差し指からふわりと加湿器のように霧が出てきて、本にまとわりついた。
すると、淡い緑の皮がますます艶めいて光る。
「あ、文字が」
その光の中からじわりと文字が浮かび上がってきて、りのが思わず声に出すと、スティラが笑った。
「面白いでしょ? フォレストフロッグの皮と、カメレオンフロッグの体液の組み合わせだとこういう仕掛けができるの。本自体は普通のインクで書かれているけど、こうやって手入れをしている人へのメッセージが浮かびあがるようになってるのよ」
「魔獣素材って本当に面白いね! 洒落てるわあ」
そこには、ウェルゲア語ではない何かの言葉で、『お手入れありがとう、すてきなあなたに今日いいことがありますように』と書かれている。
「スティラ、これ、何語? 嬉しいメッセージね」
「エルフが使う言葉よ。ウェルゲアではあまり使わないけど、アーファ森国とか、ラウル―ヘン辺りで使う言葉ね。アーファ森国とはやりとりが多いから、本もそれなりに入っているわ」
「へえ~~」
飾り文字のような、装飾の多い文字だ。ラウル―ヘンはミルリア大陸、三つ葉のクローバー型をしたこの世界の中で、左の葉っぱに当たる大陸の北部にある国だ。ここもエルフの国なのだという。
「それにしても、聖女様のギフトって便利よねえ、『言語理解』だったっけ?」
「そうよ。言葉に苦労しないのは本当にありがたいと思う。でもスティラもそんなに困ってないでしょ」
「えへへ~、まあね~」
すなおに、ちょっと得意げになるのがかわいい。
けぶるようなブルーグレーの目がきらきらしている。
スティラは向こうでいうところの、いわゆるギフテッドで、書籍というか言語自体に非常に強く、またその記憶力も群を抜いているそうだ。
「でも、私もさすがにラルハ国の言葉には苦戦中なの」
「へぇ、スティラでも苦労するって相当だね」
「めったにラルハの本は入らないから、翻訳に初挑戦なのよね。困ったら助けてよねリン、『言語理解』で読めるでしょ?」
「はいはい、スティラのお願いなら聞きましょう」
気軽なやりとり。
カノンちゃんはこういうおしゃべりも、ずっとがまんしてたんだろうな、と思った。
(やっぱり夜にこっそり会うだけだと時間短いよね。いろいろ話したいこととか相談したいこととかがあるんだけどなあ……まあそんな簡単に片付くようなことでもなし、ゆっくり時間をかけて整えていくしかないか。カノンちゃんが元気になってくれるのが一番だから、それ以外のことはまあのんびりでもいいってことで)
昨日のことを思い返しながら、りのはスティラに出してもらった本を片手に、いつものテーブルについた。
図書館の中でも端っこの方で、小心者のりのとしては落ち着く位置である。窓に近くて、紗のカーテン越しに庭の風景が見えるのものどかで気に入っていた。
(それにしても、「テレポート」のレベルが上がりそうで本当によかったー。私頭硬かったんだわ、もっとカノンちゃんみたいに柔軟に、素直にこっちの魔術を勉強すればよかったのよね。カノンちゃんがどうするかにもよるけど、少なくとも私はカノンちゃんっていう魔法の相談相手ができたわけだから、「テレポート」を中心に魔法も魔術も鍛えていかなきゃだな……)
どうしてもりのの中には四十年も生きてきたあちらの記憶と知識が強固にあって、それに当てはめる形で魔術や魔法を使っている。
もちろん、「ヒール」をはじめ治癒関係の魔法のように、それがプラスに出ることもあるのだが、逆にマイナスに出ることもあるということがわかった。
これは大きかった。
(やっぱり一人より二人、二人より大勢。考える頭の数はあったほうがいいよね。そらそうだわ、私、つい忘れがちだけど。うーん、フリーランスの店持ちの弊害ってやつだわあ)
人と協調すること、もっと言えば誰かに頼ることが得意じゃない、ということだ。
でもそれではやることに限界もあるだろう。
(だって、ちょっと興味がわいてきたのよね、ダンジョン)
手元にあるのは、スティラが出してくれた魔獣素材の事典。一番挿絵の多いものを選んでくれて、しかもカラーの挿絵が多いので見ていてとても楽しい。
素材と一言で言ってもいろいろあって、食材やスパイスといったものから、武具や防具のようなものもある。単に魔獣の皮や鱗、骨といった工芸の素材になりそうなものもたくさんあった。
(パナクルファの生地、値段なんてつけられないって言われたもんなあ。そりゃそうよ、完全一点ものに近いんだもの、仕入れも何もあるわけないわ。血迷いすぎた)
だが、自分で採ってくればタダだ。仕入れ値ゼロ。売ればオール利益。まあ経費はさっぴくとしてもだ。
(いやあんなん売らずに自分の部屋に置いて眺めたいわ……自分で使いたい……)
今のところ、りのの衣食住は保障されているし、実は第三騎士団専属の治癒魔術師としてのお給料も入ってきている。
これがなかなかのお値段で、金額の詳細を聞かされた時、思わずひょえっと言ってしまった。
しかし、それでもあのパナクルファは買えない。
(あれでリボン作ってもいいよね。それに、つまみ細工っぽい技術がどこかにあればパナクルファで作ってほしい。ぜったい可愛いし映えると思う。それこそチェル様にも似合いそう)
仕入れの手段がないなら、自分で行くしかない。
でも、環境がそれを許すかと言われると、何とも言えない。
(とはいえ、他の国には行かなきゃいけないような雰囲気だしなあ。それもムカつくけどさあ)
睡眠が足りていないからか、いつもにもましてとりとめのない考えを巡らせていると、その後ろに突然、人影が現れた。
護衛で少し離れたところにいるロゼリアはもうりのの傍に来ていて、りのの耳にささやいた。
「リン、お客さまです」
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