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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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133/166

第133話 泣いていいよ

 

 明けて翌日。

 結果、SМSでのメールは通じた。


『おはようカノンちゃん 朝ごはんは何だった?』


 というなにげないメールに、カノンは絵文字いっぱいの喜びあふれるメールを返してきた。

 残念ながらメアドを使ってのメールは送れなかったので、おそらくほかの通信アプリ類もダメだろうとは思うが、それでもメールでの連絡手段ができたのは嬉しい。それに、こちらはバッテリーの消費量は微々たるものだったので。



『たぶん二十分くらい話してましたよね?』

「そうだね、たぶんそのくらい。私の方は六パー減ってたかな」

『私の方は三パーくらいです』

「私の機種が大分古いから、まあ妥当なところのような気がするね」

『はい。よっぽど長話しなければ大丈夫そうですね』


 そして、りのの電話もちゃんと通じた。

 久々に電話をかけたので、うっかり手が震えたのは内緒である。

 今は夜中。二人でこそこそと通話をしている。


 カノンのスマホは、インベントリに入れておいたらきっちりフルチャージされていたそうだ。

 安心したのか、スマホの向こうの声は昨日よりも抑えられていて、ゆったりと落ち着いていた。



「周りの人は大丈夫?」

『あ、もう寝るっていって、昨日みたいに寝言で飛び起きるかもしれないけど大丈夫だから来ないでって言っておきました!』


 得意そうな声がかわいい。

 うん、でもそれ、わりと護衛さんたちは傷つくやつかな……と苦笑する。


『リノアさんの方は大丈夫ですか?』

「大丈夫。魔法で音とか漏れないようにしてるから」

『え? そんな魔術があるんですか?』


 きょとんとした声。

 あ、そういえばこの話はしてなかったな。


「魔術っていうか、私のギフトの『創造魔術』っていうので作った魔術なの。面倒だから魔法って呼んでる。あ、新しい魔法を作ってるっていうのは皆には内緒にしておいてね。治癒関係の魔法しか申告してないんだ」

『あ、はい、しゃべりません……けど、どういう状況……?』


 時間を気にしながら、手早くいろいろぶった切って説明する。


 護衛のロゼリアのお兄さんたちを助けるために、内緒にしていた「創造魔術」の治癒関係の魔法を使ったこと。

 それに、「創造魔術」について何もわからないから、一緒に研究してほしくて、「創造魔術」というギフトを持っていることをバラしてあること。

 いろいろ「創造魔術」で作っているけど、詳細を明かすタイミングを見計らっていること。


『な、なるほど、なんとなく、わかりました』


 とにかく、私は他の人にこのことを話さないってことで!

 朗らかな声がおかしかった。


『いいなあ、魔法が作れるなんて楽しそうですね』

「それなんだけどね、私のステータスを見ると、この『創造魔術』の中にインベントリがあるんだよね。カノンちゃん、インベントリあるんでしょ? もしかしたらカノンちゃんも作れたりするんじゃないかなあと思うんだけど」

『えっ、本当ですか? 作れたら嬉しい! ステータス、私も見れるかな?』

「どうだろう、ステータス自体は見られると思うよ。でも、ギフトとかの詳細が出てきたのは、私の時はレベルが上がってからだったんだよね。でも、今のステータス見るためにも、試してみたらどうかな?」

『そっかー、レベル上げしなきゃですもんね。でも、見てみたいな、私のステータス』

「私は『ステータス』って唱えたら出てきたんだけど……」

『はーい! ステータス! ぎゃっ!』

「か、カノンちゃーん!?」


 小声でひそひそと、やりとりするのが楽しい。


『あ、あ、出てきました、ステータス! えっと、名前と性別と職業、あと体力と魔力と、魔術適性全、だって』

「うん、初期設定って感じ。私も一番最初はそうだったよ。そこから『鑑定』とか、『ハイド』とか『テレポート』とか、いろいろ作って使ってレベル上げしたの」


『……テレポート?』


 電話向こうの声が、なぜかしんと静まった。


「あ、う、うん、ドアとか壁とかをすり抜けたいと思って作ったの。できたけど、まだ見えないところとか、遠い距離とかは練習中って感じかな。ほら、あの、どこでも行けるドア、あんなイメージでやってるんだけど、なかなかうまく行かないんだよねえ」


『イメージ。魔術を使う時に大事って、あの師団長が言ってた……』

「ああ、カノンちゃんもユーゴ様に習ってるのね。私もそう聞いたよ、イメージが大事って。想像することが大事って」

『イメージ……』


 カノンの声がどんどん静まり返っていく。

 何か不穏なものを感じる。

 悪いことではないけど、何かが起こりそうな、



『リノアさんのところへ、テレポート!』



 は?




 そう思った次の瞬間、ベッドに腰かけていたりのの目の前に、茶がかった黒髪の、ラベンダー色の目の美少女が現れて。


「ふぎゃっ!?」


 その柔らかいからだが、りのの方へ倒れ込んできた。

 ベッドの上だからケガも何もないけれど、完全に押し倒されている……。


(うーん、これもなんだっけ、ほらあれ、あー、ラッキースケベだっけ、それに入るの?)


 あまりの衝撃に、現実逃避に思考をぶっ飛ばす。

 りのを押し倒してきた少女は、しばらくじっとしていたが、その体が少しずつ震え始めた。


(え、なんかトラブった? 具合悪いの? 魔力枯渇!?)


 慌てて「鑑定」をかけようと身を起こした時、カノンがりのの上で弾けるように笑いだした。



「できちゃった、リノアさん! わたしできた! 会えた! リノアさんに会えたよ!!」



 大きな声でそう言って、くつくつと一生懸命笑いをこらえている。

 笑い? 

 ――――ううん、違うよね、これ。


 なんとかカノンごと起き上がり、りのはその体をぎゅっと抱きしめて、後ろ手でその頭を撫でた。



「カノンちゃん。――ここでは、大きな声出してもいいよ」

「え」


 カノンにもわかるように、声に出して「バリア」をかける。魔力を多めにこめて、防音・防御の膜を厚めにした。

 リビングの先にある侍女用の個室ではレノアが眠っているので。



「ちゃんと魔法かけたから。だから、泣いても大丈夫だよ」



 間近で覗き込んだラベンダーの目が、どろりとした鬱屈で煌々と燃えている。とてもきれいな色なのに、さわったら破裂してしまいそうな何かを感じた。

 考えてみれば、りのが変えられてしまったように、カノンだって容姿やなんかを変えられてしまっているだろう。

 じっとしていると、カノンの目がゆらゆらと揺れ出した。



「り、リノアさん、わ、わたし、」

「うん」

「こわ、くて、ずっと、ずっと怖く、て、」



 それだけ言って、カノンは大きな声で、赤ん坊のように泣き始めた。

 今まで、大声で泣ける環境になかった十五の子が、今までの感情を吐き出すように、産声を上げるように、大声で泣いている。

 胸が張り裂けそうな声で、泣いている。



(そういえば、私も大泣きしたな、あの謁見の日。三十分くらい泣いて、意外と泣けないもんだな、なんて思ったっけ)



 よしよしとカノンの頭を撫でながら、カノンに苦しいほど縋りつかれながら、りのはただそっと寄り添っていた。







「……っく、っく、ご、ごべんなざい、わだじ、」



 カノンは三十分ほど泣き続けたあと、しゃくりあげながら声を発した。

 カノンの服もりのの夜着も、涙と鼻水でなかなかなことになっていて、カノンが恥ずかしそうに、申し訳なさそうに身じろぎする。

 女の子だもんねえ、と微笑ましく思いながら、りのは「クリーン」と唱えた。


「え?」


 かぴかぴになった顔だけでなく、洋服までさらりときれいになって、カノンが茫然とする。

 りのはうふふ、とさらさらになったカノンの髪をかきまわした。


「すごいでしょ? 私の自慢の魔法だよ。『クリーン』っていって、とにかくきれいにする魔法!」

「すごい」

「それからねえ、こんなのも作ったよ」


 次は「リカバリー」と唱える。

 ふわっと白い光がカノンに灯り、すうっと消えた。


「え、なんか、体が楽になった……」

「んふふ、栄養ドリンクをイメージした魔法! 依存性も危険性もない、安全栄養ドリンク」

「?」


 あっそっかぁ十五くらいじゃエナドリとかまだいらないか……。

 なんか薄汚れた大人になった気分で乾いた笑いがこぼれた。


 そっとカノンから体を離し、その目を覗き込んだ。

 さっきよりも落ち着いた、きらきらした目だ。


「がんばったね、カノンちゃん」


 たったひとりで、本当は親や社会に守られているはずの女の子が、半年も、ひとりでがんばった。


「よくがんばったね!」


 りののそれだけの言葉に、カノンはぎゅっと口をへの字に曲げて泣きそうになるのをこらえた。

 そして、ちゃんと耐えきって。



「はい!」



 満面に、笑ってみせた。


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