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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第132話 嬉しい予定

 

 大きな声で叫ばれて、りのの耳がきーん、となる。

 まあそれはいいとしても。


「しっ、静かに、カノンちゃん! バレちゃう!」

『あっ』


 慌てるカノンの声の後、スマホの向こうで、かすかにドアの開く音がした。

 がさがさとスマホが布に触る音がして、誰かの声がした。

 耳を澄ませる。

 カノンが大丈夫です、夢を見て飛び起きただけです、と怒鳴るように返している。



(おおう、殺伐としている……)



 夜中に大声なんて、とか、警備のため部屋の中に入らせてもらう、とか、刺々しい男女の声がして、カノンがそれに入ってこないで! と大声で叫んでいる。


(うーん、カノンちゃんがハリネズミだあ。アルフィオ様、だから言ったのに、難しい年ごろなんですよって。それなのにこんな偉そうなのばっかり周りにつけたら、そりゃあこうなるよ……)


 どうにかなるんだろうか、この警戒心……。

 りのは、肉体年齢こそ若返ったものの、中身は四十だ。警戒していることを押し隠してほほ笑むことは普通にできる。でも、十五の時にそれができたかというと。


(してたような気はするけど、でもたぶん大人から見たらバレバレだっただろうし。短気だからよくブチ切れてたし。そう思えば、カノンちゃんは怒っても汚い言葉は使ってないからなあ。本当に育ちのいい子なんだろうなあ)



 そんな子が、なんでこんな苦労をしなきゃならないんだろうね。



 ひとりの大人として、りのの胸が痛んだ。









『……リノアさん、つながってますか……?』


 囁き声が聞こえてきて、りのは思わずくすっと笑ってしまう。

 友人の家の、怒られているゴールデンレトリバーの顔が思わず浮かんでしまったので。しゅんと耳と目が垂れ下がって、くぅんと悲しい声を出すさまを見たら、許す以外の言葉が出ないのよねぇ、とため息をついていた友だちの顔も思いだした。


「だいじょうぶ、つながってるよ。ごめんね、いきなりびっくりさせるようなことを言って」

『いいえっ、私がうっかりしてたから!』

「カノンちゃん、しーっ」

『あっ、はいっ』


 声に力がない。あれだけいがみ合えばそうなるか、とりのは思う。


「カノンちゃん、大丈夫だった? 怒られた?」

『大丈夫です。あのひとたち、私が何をしても気に入らないんですもん、今さらです』

「そっかぁ」


 うーん、とりのは頭を抱えた。どう話を持っていけばいいのかわからない。

 もともと、電話は得意じゃない。家にいるときは家でひとりでゆっくりしたいわけだから、長電話することもなかったし、たまに電話で話すときはものすごく緊張した。相手の顔が見えないことは、りのにとっては恐ろしい。電話での商談とかとんでもない一大事だった。


(話変えよう。大事なことは顔を見て話そう……というか、それが難しいんだけどね……)


「でも私が四十歳なのはほんとだよ。なんかねぇ、こっちに来た時に、誰かが勝手に若返らせたみたい」

『え……リノアさん、大丈夫ですか? それすごく怖いことですよね?』


 ぐ、と息がつまった。

 誰にも言ってなかった、言えなかったことの芯を射られた気がした。


『私のお母さん、年取ったーとかいっつも言ってたけど、若返りたいとは言ってなかったし……今までの自分じゃなくなるの、怖いですよね……』

「――そうだね。今でも怖いけど、……でも、しかたないもんね」

『そうですね。怖い、けど、しかたないから、』


 しかたない、なんてたった五文字で、私たちはいろいろなものを飲み込まなきゃいけないのかと思ったら、腹の奥がぐつりと煮える。

 りのは、ふー、と静かに深呼吸をして、それを押さえつけた。


「直接会えたらいいのにねえ。こっそり会ってお話したいねえ」

『はい、向こうの話とか、今までの話とかしたいです……』

「実は私ね、こっちに来るとき、ショッピングモールで買い物したところだったんだよね。だから、食料品とかがけっこうあるんだよ。カノンちゃんと一緒に食べたいなぁ」


 クロワッサンとか、クロックムッシュとか、あんパンとかあるんだよ。カクテキとかポテトサラダもあるよ。それにチョコも。


 そう言うと、電話の向こうでカノンがチョコ! と弾んだ声を出す。


『私もチョコ持ってます! きのこのやつ!』

「おっ、そなたきのこ派とな? 私はたけのこのやつ持ってるよ」

『わあ、敵だった!』


 くすくす笑う声が聞こえた。


「出張明けで家に帰るところだったから、足りなかったものをいろいろ買ってたんだ。シャンプーとかコンディショナーとかもあるし、あ、それにナプキンと鎮痛剤もあるよ。持ってる?」

『あの、ナプキンはちょっとだけありました。でも薬はいいなあ。シャンプーとかもないからほしいです』

「だよねえ。うん、これは何とか会えるようにしなきゃだね」

『私、あんまりいいもの持ってなくて。学校帰りだったから教科書はあるけど……』

「えっそれ絶対見たい」


 学生をやめて二十年近くたつと、忘れていることも多くなる。特に理科や数学の基礎はぜひやっておきたい。どこで何の役に立つかわからないし。


『そっか、私にはあんまり役に立たなくても、リノアさんの役には立つってことありますよね』

「あるある。逆に、私はあんまり使ってないけどカノンちゃんには必要とか、あるかもしれないし」


 ちょっとわくわくした口調のカノンに、りのも明るく返して。


「ひとまず、明日メールがつながるかやってみよう。つながったらラッキーってことで!」

『ですね! つながったらいいなあ』

「ねー。で、メールがつながってもつながらなくっても、明日また電話するよ」

『え?』


 ほんとですかリノアさん、と嬉しそうな声に、少し心が軽くなった。


「ほんとほんと。どっちにしろ、メールのこととか、どうやってこっそり会うかとか相談したいし、私からも電話がかかるか確認したいし。どのくらいの時間なら大丈夫かな?」

『えっと、えっと、今日と同じくらいの時間には部屋にひとりでいるようにします!』

「おっけー、じゃあそのくらいの時間にかけるね」


 ふふふ、とカノンが笑った。


『私のお母さんもよく言ってました、おっけー、って。なんか、嬉しい』


 言葉が進むにつれ、涙が混じる。


「そっかー、私、カノンちゃんのお母さんの方が年齢近いんだよね、きっと」

『ですです。お母さん、四十三歳でした』

「だよねー」


 若干へこむ。別に当たり前のことなのだが、同世代にこんな大きな娘さんがいるんだあと思ったら、なんかこう、ね……。


『リノアさん?』

「んーん、なんでもないよ。私、明日からどうやったらこっそり会えるか考えてみるね。場所もだし、行き方も考えなきゃだよね。私は王宮の左翼棟の二階にいるけど、カノンちゃんはお部屋どこにあるの?」

『えっと、私は三階です。三階の右の棟ですね。意外と近くだったな、もっと早く会いたかったな……』


 ごめんカノンちゃん、ひきこもっててごめん!


「私、王宮にいるけど、二階以上の階には行ったことないなあ」

『そうなんですね。えっと、会ったことありませんけど、三階の左側の棟には、王女様と二番目の王子様がいるそうです。真ん中の建物にローランがいます』

「へえ~」


 この間近づかないと心に決めたし、中央棟に行く気は欠片もないが、カノンの部屋には行ってみたい気がする。家庭訪問だ。


「私の部屋、キッチンがあるんだよね。メイドさんとか、お手伝いの子とかいるから今は作れてないけど、お米もお醤油もお味噌もあるから、いつかこっそりおにぎりとお味噌汁作って食べようね」

『わぁ……! おにぎり……! おこめ……!』


 うんうん、やっぱりお米は大事だ。

 ウェスがお米をどこかで見つけてくれれば堂々と料理できるんだけどなあ、と思いながら、電話の向こうのカノンの声に耳を澄ませた。


『なんか、楽しみなことができて、うれしいです』

「うん、私もだよ。ひとまず明日のメールと電話だね」

『はい。待ってますね、リノアさん』


 待ってますね、の一言が、とても切実で。

 りのは揺れそうになる声を抑えながら、私も楽しみだよと返した。


「――さ、名残惜しいけど、充電も心配だからそろそろ終わりにしよっか。明日、充電どのくらい減ってたか教えてね」

『わかりました……。明日、またお話しましょうね』

「うん、絶対ね。カノンちゃん、ご飯をしっかり食べて、できるだけたっぷり寝てね」

『はい、……はい。わかりました。ちゃんと食べます』

「うん、私もそうするからね。じゃあ、おやすみ、カノンちゃん」

『はぃ、……おやすみなさい、リノアさん』




 名残り惜しげな声を残して、りのは通話ボタンを切った。


本日はここまで。お読みいただきありがとうございました!

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