第131話 真夜中のひみつ
その日の夜。
深夜というにはまだ早いが、こちらの世界はみんな眠るのが早いので、この時間であれば人気はない。
(今日、すぐにかかってくるかはわからないんだけど、やっぱりなんかそわそわしちゃうなぁ)
タブレットで映画を見ようかな、電子書籍を読もうかな、といろいろ考えてみたが、何をしてもカノンの顔がちらつく。
あの子は今、まさに苦しんでいるのになあ、とつい思ってしまうのだ。
(うーん、罪悪感! 今までそんなに気にもしてなかったくせにな! そんなん私が勝手に思ってるだけで、何の役にも立ちはしないんだけどさぁ! わかってるけどさぁ!)
金色の優しいお顔の神様のビールを飲む気にもなれないし、こんな夜にカフェインをとったら眠れなくなるし……。
「よし、お茶を飲もう」
寝室に置いてあるソファセットには、いつでもお茶が飲めるよう、ティーカップとポットが常備してある。
寝室を出て、ダイニングキッチンの冷蔵庫まで行けば冷たい飲み物も飲めるだろうが、そうするとレノアを起こしてしまう可能性もあるし、もう寝室の中で済ませようと思った。
最近、スティラから借りた薬草事典にハマっていて、そこからいくつか食料品店のオーナーであるレオニードに頼んで用意してもらったのだ。
「ふんふんふん♪ パッションフラワー、ここでの名前はアウルミラ♪」
不安を切るように、明るいメロディーで鼻歌を歌いながら魔術で水を出してお湯にし、お茶を入れる。
部屋の灯りはつけてはいるが、外からは真っ暗に見えているはずだ。というのも、最近、闇魔術の「隠形」をアレンジして「ハイド」の魔法と組み合わせた「エリアハイド」という魔法を作ったからである。
これは周囲を設定した環境に錯覚させるというもので、今は「真っ暗な部屋」に見えるよう、この部屋全体に魔法がかかっているのだ。スクリーンを部屋全体にかぶせて、そこに「真っ暗な部屋」を投影するイメージで作っている。
いつ、どのように使えるかも分からないが、こういう場当たり的な魔法を作るのは、りのはけっこう好きだった。
もういいかな、とポットからカップへお茶を注ぐと、ふわりと、アウルミラのいい香りが広がった。
さわやかな草木の香り。ほのかな甘みも混じっている。
口にすると、どこか緑茶のような風味があって、それが気に入っていた。
「鑑定」してみると、鎮静、リラックス作用と出ていたので、こんな日にはぴったりだ。
単体で飲むことが多いけど、トルカリアなどとブレンドしてもおいしい。
(うん、おいしい。おいしいって思えるうちは、体もメンタルもまだ大丈夫)
じわりと胃の中から体が温まってくるのを感じながら、静かにお茶を飲む。
どのくらい時間がたっただろうか。
ふと、りののスマホが震えた。
一応「バリア」をかけてはいたが、念のためにバイブレーションにしていたスマホが、震えたのだ。
よかった、通信機能は生きてた!
とたんにどきどきし始める心臓をなだめながらスマホを手に取ると、知らない番号からの着信。
(着信自体が久々だ……)
こくりと一つ息を飲み、スマホを取り上げて通話ボタンを押して、耳に当てる。
慣れ親しんだはずの一連の動作が、妙にぎこちなかった。
「はい、もしもし」
囁くように、お決まりの台詞を口にすると、少し間があいて、小さな声で。
『……もしもし? あの、リノアさん?』
「うん、リノアだよ。カノンちゃん?」
『はい、……はいっ、あきの、ぐす、かのん、ですっ……』
電話の向こうで、カノンが泣いている。
りのも久々の電話に、感極まって声が震えた。
帰ってこないはずの日常が垣間見えて、それが嬉しくて切ない。
カノンは、電話の向こうで、声を押し殺しながら泣いている。
本当はもう少し泣かせてあげたいけど、りのは心を鬼にした。
今日は最低限の確認をするだけだ。カノンのスマホの充電量がわからないし、カノンのインベントリの特徴もわからないからだ。
「カノンちゃん、ゆっくりお話ししたいけど、まず確認させて」
『……ぁい、だいじょうぶでずぅ……』
「ほんとにごめんね、でも大事なことだから教えて。スマホの充電量はいくつ?」
『あ、それは大丈夫です、フル充電ですっ! 私、こっちに連れてこられたとき、ちょうど充電が終わったところだったので』
「そっか、よかった。カノンちゃん、『インベントリ』、確認できた?」
『できました! こっちに来るときに持ってたもの、ぜんぶ入ってたんです!』
やっぱりこれは聖女特典みたいなものなのだろうか。
今度確認してみたい。
「私もね、持ってたものはそのままインベントリに入ってるんだけど、いくつかわかったことがあってね。カノンちゃんもそうかはわからないから、一応自分でも確認してみて。あのね、」
りのは自分のインベントリの特徴をざっと説明した。
特に、なくなったら消えるけど、残っているうちにインベントリに戻せば復活するということは念を入れて。これはりのたちにとってはとても重要なことだ。
『そ、それってうっかりスマホの充電切れたら、スマホ自体がなくなっちゃうかもってことですか!?』
「わかんないけど、その可能性はあるって感じ。だから、くれぐれも気をつけてね」
『わ、わかりました、今スマホ消えたら、私ほんとに死んじゃいますっ……ぐす……』
声が涙声になる。
久々に見たスマホの中の写真や動画が消えるなんて悪夢だろう。よくわかる。
だってこれが、向こうの世界、今までの自分と、今の自分をつなぐ唯一なんだもの。
『あ、あ、リノアさんのスマホは大丈夫ですか!? すぐ切らなくていいですかっ!?』
「おちついてカノンちゃん、大丈夫、九十六パーあるから」
優しい子だ。こんな恐ろしい可能性を突き付けられて、すぐにこちらのことを思いやれるなんて。
りのの中で、カノンへの庇護欲のようなものがじわりと芽吹く。
『よかったぁ……』
「ありがとう、心配してくれて。それでね、あんまり時間もないから手早く話すね。明日、私、カノンちゃんの番号にSМSでメール送ってみようと思うの。電話はつながったけど、電話できないことも多そうだし、メールができたほうが良いと思って。その時に私のメアドも送るから、両方に返信してみてくれる?」
本当は何かのSNSや通信アプリを使いたいところだが、アカウントのこととかを考えるとできる気がしない。一応試してみるつもりはあるが、それは会ってからでいい。
『わかりました。気をつけておきます。あの、今夜じゃだめですか?』
「ダメじゃないけど、充電が心配だから、念のために明日がいいかなって。今夜しっかりインベントリに入れて、充電が復活するかみてね」
『わかりました!』
「それから私ね、このインベントリのこととかスマホのこととか、全部こっちの人には秘密にしてるの」
『それがいいと思います。私もそうします』
きっぱりした声には、不信の気持ちが満ちている。
「うん、そうだね。あとね、これも気をつけてほしいんだけど、民主主義の話はしないようにね」
実は、これもりのがカノンと話をしたかった大きな理由のひとつだった。
この国は王政だ。そして、自分たちを保護しているのは、現時点で王室だ。
そこに王政が倒れた後の政体の話をするのは危険がすぎる。
どちらからか話が伝わり、二人まとめて処分される可能性もある。
りのは言葉を濁しながら、危険性を伝えた。
『わかり、ました。今まで、こっちの人とほとんど話はしてないので、大丈夫です。――私、そんなこと、考えもしなかったです……』
「あ、カノンちゃん落ち込まなくていいよ。私がこういうことを考えられるのは当たり前だから」
『え?』
うふふ、とりのは明るく笑ってみせた。
「実はね、わたし、四十歳なんだ! ひみつだよ!」
『え? え? え~~~~~っ!?』




