第13話 関係はマイナスから
わかりました、よろしくお願いします、と優雅に礼をして退出していった異世界人を見送り、メイドと騎士も城の地下牢へ連行させてから、アルフィオとユーゴはどさっとソファーにもたれかかった。
礼をはらうべき第一王子がいるのはわかっていたが、全身を覆う疲労感には勝てなかった。そのような自分たちの疲労を、子どもたちに見せておきたい気持ちもあった。
合わせたかのように、二人は同時に深い、深いため息をついた。
「フィー、だいじょうぶー?」
「適当な名で呼ぶな。……『鑑定』はどうだった?」
ユーゴは天井を仰いだままだらんと手だけ振った。
「一応ね、結果は出たよ。『詳細鑑定』は気づかれるかもと思ってやめたけど、簡易的にはできた。でも、読めなかった」
「読めない?」
アルフィオがちらりと視線だけを向けると、ユーゴは力なく頷く。
「なんかねぇ、文字がウェルゲア語じゃないんだ。僕の知ってる言葉の中にもないんだよ。線と点の、リボンが並んでるみたいな文字。解読してみるけど、手掛かりが今のところ本人の名前しかないからねぇ……ごめん、時間がかかると思う」
「まさか、お前でも読めない文字とはな……こっちこそすまん、頼んだ」
「りょーかい。でも、あの魔力の感じからして、聖女様だと思うよ、僕はね」
「そうか」
ユーゴは身を起こして、アルフィオのほうに体を向けた。琥珀色の目がぎらぎらしている。長いアメジストの髪がさらさらと肩から零れ落ちた。
「すごい魔力の片りんを感じたよ。アルも感じたでしょ?」
「まあな……だが制御は甘そうだ」
「カノン様によればニホンって魔術のない国らしいからね。使ったことないのにあれだけ力の漏れを抑えられてるなら、感情のコントロールがうまいんだと思うよ」
教えたいなぁ、と魔術狂いのユーゴが目をぎらつかせるのを放置して、アルフィオはようやっと身をおこし、ローランとカーティスへ向き直った。
「殿下」
「……陛下の指示か、そなたが来たのは」
「はい。ミハイル嬢の監禁の報が入りましたので」
「……。」
うつむき、唇をかんでいる。
ローラン第一王子は、とても素直な質の青年で、幼いころから彼を見ているアルフィオやユーゴにとってはそれもよいところだと思える。
しかし、為政者としてはどうだろうか。
「俺は、……信じて頂けなかったのだな」
「殿下、信じる信じないの問題ではありません。単に、ことが大きくなりすぎたのです」
「俺のところに、あの女の情報は上がってこなかった!」
「なぜですか」
「それは……!」
アルフィオは、言葉を少なくする。自分で気づいてほしいからだ。
なぜ、誰に情報を制限されているのか、なぜ自分が信用されなかったのか。考えて、一皮むけてほしい。自分の周りにいる人間に目を向け、精査し、その意図を読めるようになってほしい。
それがアルフィオと、フィンレー王の望みだった。ロロならできるとフィンレー王は信じており、アルフィオもユーゴもまたそうだった。
「……ミハイル嬢は、カノン様とは違い、大変精神年齢の高い方のように思います。老獪ささえ感じました」
遠回しに、あなたの手に負える異世界人ではないと告げて。
「カノン様のこともあります。ローラン殿下には、カノン様のことに集中していただきたく思います」
「うん、ミハイル嬢の鑑定結果も出さなきゃいけないし、この一か月は魔術師団との連絡も密にしないといけなくなるから、殿下はカノン様のことを中心に考えてみてね」
「……。」
ローランはぼんやりと、目線を上げた。
「あの女を監禁するように命じたのは誰だろう」
「殿下、」
「わかっている。誰も命じていない、あの二人が勝手にやったこと、だろう? だが、命じた者がいる可能性はある。……俺を追い落とすためか?」
ローランは頭が悪いわけではない。リノアが発した言葉の毒をきちんと認識してしまっていた。
「……帰りたいと言っていた」
アルフィオも、ユーゴも黙り込んだ。
「カノンも言っていた。帰りたい、帰りたいと。聖女なのに、名誉ある立場なのに、帰してくれと。あの女は誘拐だと、……最低の犯罪、だと、」
「殿下!」
悲鳴のような声を上げたのはカーティスだった。
二人は、異世界からの召還を善なるものと思っていたのだろうか。
栄えある役目で、喜んでもらえると思っていたのだろうか。
資料を読んでいなくても、想像すればわかるだろうに。
そんなわけがないだろうに。
「ミハイル嬢が言ったことは本当のことだよ、ロロ」
自分を甘やかすような、幼いころのあだ名で呼ぶ柔らかい声に、ローランはのろのろとユーゴを見た。
「あちらの世界でちゃんと生きてるお嬢さんたちをむりやりこっちに呼んだんだ。誘拐以外のなにものでもないよ」
「それでも、召喚しなければこの世界はどんどん悪くなるのです。我が国はまだ対応できておりますが、他国においては国力のないところから滅んでいくでしょう。その恨みや憎しみはわが国に向き、わが国の安全が脅かされます」
「だが、最低の犯罪なのだろう、聖女召喚は!!」
「だからこそ、陛下は最後まで召喚以外の方法を探そうとされていたのです」
その努力も、他国からの圧力、国内からの圧力で水泡に帰したが。
「最低の犯罪であろうと、彼女たちにはここにいてもらわなければならないのです。この国の、この世界のために働いてもらわなければならない」
「……働いた後でもいい、帰せないのか?」
「方法はたぶんないよ。今まで研究されてこなかった分野だからねぇ」
しれっと言ったユーゴに、ローランとカーティスは目をむいた。
「師団長、探すと仰っていたではありませんか」
「資料はちゃんと探すよ、探すけど、結果は決まってるよ。『現時点で送還の技術は確立しておらず、その研究には時間がかかる』」
そうだろう、アル、とユーゴが苦く笑う。
アルフィオは、それには答えずにローランを見つめた。
「殿下。さまざまな手落ちにより、ミハイル嬢との関係が今、とても悪くなっております」
う、とローランたちは言葉に詰まった。
その「手落ち」のほとんどがローランに端を発しているのだ。
「だからこそ信頼を積み上げなければなりません。ただでさえ我らは彼女たちを道具のように使おうとこちらの世界に召喚しているのです。自発的に、つつがなく仕事をしてもらうためにも、良好な関係は絶対に必要なのです」
確かに呼ばれた聖女は皆この世界に残った。しかし、リノアが言ったように、残りたくて残ったのかどうかは定かではない。歴史書にはそこまで書かれていないからだ。
国の上層部のさらに一部しか知らないことだが、秘匿された歴史書には、聖女を怒らせてひどい結果になったことがあるということも残っている。天災が起こったり疫病が流行ったりして、結果国が滅んだという例があるのだ。魔獣による被害よりも聖女によるそれを恐れ、聖女を弑したことさえあるという。
「誠意を見せる。わかりきった結果であれ、時間をかけて調査し、資料をまとめ、そのうえで示す。我々が彼女の不信をぬぐうためにできることはそこからなのです」
だから、もうリノア・ミハイルに関わるなということか。
そう小さくつぶやいて、ローランはぐったりとソファに背を預けた。
自分の無能をつきつけられる、深い虚脱感と諦めを感じているようだった。




