第129話 オンステージ
接点を持ちたい。
でも、バレたくない。
こっそりと内緒で会う、連絡を取るというだけのことが、今のカノンとりのにはとても難しい。
周囲にいつも人がいるのは、カノンだけではなくりのも同じだ。それでも、夕食後はプライベートタイムだからりののほうはまだ何とかなる。だが、カノンの方はどうだろうか。
(ということは、連絡のタイミングはカノンちゃんに任せた方がいいよね。――できるかな。ちょっと不安だけど、試す価値はあると思うんだ)
りのは以前から考えていることがあった。
インターネットを使える謎についてだ。
ネットやスマホの回線を通じて、向こうの世界にアクセスすることはできない。こちらに来た瞬間の状態からアップデートされることはない。けれど、その時点までにネットに上がっているものは見ることができる。
それはつまり、その瞬間のサーバーなり回線なりには、アクセスできているということではないのか。
その瞬間のサーバーなり回線なりが、こちらの世界にあるということではないのか。
――――では、こっちにあるスマホ同士なら?
向こうの世界にアクセスするわけではない。
そしてサーバーなり回線なりが、こちらに来る瞬間で止まって維持されて、こっちの世界で使えているのなら。
(電話は、使える可能性があるのでは?)
カノンが、ケーキを食べ終わって、ごちそうさまでした、と丁寧に礼を言った。
どういたしまして、とりのは彼女のカップにお代わりのトルカリアティーをつぎながら、元気にしてた? と聞いた。頭の片隅で、何か手はないかと考えつつ。
「……ちょっと、風邪をひいたりとか、気分が悪かったりとかで。あ、でも、今は大丈夫です!」
「そっかあ。こっちで体調崩すとか、辛かったね」
「……はぃ」
泣くのをせいいっぱい堪えているような声だった。
――――あ。声。
「元気出してね」
どうしよう。
「あたし、」
「うん」
思いつきはしたけど、え、ほんとにこれやるの? 今?
「リノアさん、あたし、あたし……っ」
「うん、私でよければ聞くよ?」
吐き出せるなら吐き出せばいい。そう思って促したが、カノンはちらりと騎士たちを見て、ぐっと口を引き結んだ。
ああ、この騎士たちがいたら、他の人がいたら、きっとこの子は吐き出せないのだ。
こんなに辛そうなのに。
そう思って、りのの覚悟が決まった。
身もだえするほど恥ずかしいけど、やるしかない。
「カノンちゃん、私、最近向こうの歌が懐かしくて、練習してるんだ」
しーん。
「…………え? あの、はい?」
うんそんな反応になるよね知ってた!
でも許して!!
「一曲歌うから、聞いてくれる? カノンちゃんへの応援のメッセージをこめるから」
メッセージ、を、不審に思われないぎりぎりの強さで言った。
なんとか、伝えたい。みんなに内緒で。
カノンも、何か感じることがあったのか、じいっとりのを見つめてきた。
淡い紫の、ラベンダー色の目の中で、炎のようなオレンジが煌々と光っている。
「わかりました。ありがとうございます」
よし……!!
りのは、カノンを見つめて、ひとつ頷いた。
「ロゼ、今からロゼや護衛騎士様たちの知らない言葉で歌を歌うけど、私たちの世界の歌だから、あまり気にしないでね」
護衛騎士たちは眉をひそめているが、ロゼリアは少し首をかしげただけで、あっさりわかりましたと頷いた。
りのが料理をしながら鼻歌をよく歌っているのを思い出してくれたのかもしれない。
これで下準備は完了。
そして、りのは歌いだした。
日本語で、だ。
「あな~たはスマホを~ もっていますか♪ もって~なければ~ ないしょでひとりで♪」
(し、死ぬほど恥ずかしい……! だってこれしか思いつかなかった……! くっそ負けるかああー!)
「インベン~トリ~と唱えてね~♪ でてくる~かも~だ~よ~♪」
カノンの目が丸くなっている。
できるだけカノンの世代でも知っているような歌を選んではみたが、どうだろうか。童謡なんかは意外と地域差があるし、世代によって流行りもあるので、念のために外したのだ。
それで選んだのが、某雪の女王の有名曲である。
「よな~かに みつ~からない~よにわた~し~の 番号~に かけてね~~~~♪ はなそ~う~!♪」
メロディーと歌詞の相性は全くよくないが、秘密のメッセージを送れればそれでいいのだ! もうヤケだヤケ! うわーん!
四十のオバサンの羞恥プレイって誰得なのよぉ! セルフだけどさぁ!!
立ち上がって腕を大きく広げる。周囲の人々の、特にカノンの護衛騎士の意識を、言葉から少しでもそらすための小細工。
「ぜろきゅう~ ぜろの~♪」
あとは、自分の携帯番号をメロディーにのせて、サビのところをリピートする。
メモは取れないだろうから、少しでも記憶に残るように考えたのが歌だった。
ただ向こうの言葉で話すだけだと、意味は分からないだろうけど、だからこそよけいに警戒されるだろう。それで動きにくくなったら、カノンの方が大変だ。
(カノンちゃん、頑張って覚えて帰って……!)
「ぜろきゅう~ぜろの~♪」
自分の声に、かわいらしい高い声が重なって聞こえた。
はっとして、歌ったままカノンの方を見ると、カノンがりのの携帯番号をかみしめるように、同じメロディーで歌っている。
(通じた!?)
合唱のように声を揃えて、高らかに歌い上げた。携帯番号を。
もう一度、ダメ押しのように繰り返して、歌を終えた。
コルティアドの庭に、沈黙が戻ってきた。
風の走るささやかな音が聞こえる。
カノンの顔を見つめると、彼女は小さく頷いて、ぷっと笑った。
いやまあたしかに、振り返ると滑稽だ。りのもとたんにおかしくなって、ぷっとふきだしてしまった。
「あははは、あはは、お、おっかしい~!」
「すごい真剣に歌っちゃいました私! おもしろすぎません!?」
「この歌知っててくれてよかった~!」
「すっごい流行りましたもんね、私、おねだりしてグッズいっぱい買ってもらいましたもん!」
「ああ~、なりきりドレスとかも出てたよね~。というか、本当に同じ世界から来たみたいでよかった」
「え?」
りのは椅子に座りなおして、立ち上がっていたカノンにも座るようにすすめた。
落ち着いて向かい合い、改めて笑いかけ、ウェルゲア語で話し出した。
「ここからはウェルゲア語でいいかな? あっちの言葉で話してると、ここの人たちが心配するからね」
ここの人たちが「何の」心配をするのかはあえて伏せた。
「二人の聖女が協力して逃げようとするのではないか」、「片方がもう片方に、この国や人々の悪口を言うのではないか」。
そんなことを心配してるなんて、まだしっかり立ち直り切れていない少女には言う必要のないことだ。
「えっとね、実は、並行世界から連れてこられた可能性もあるかなって、ちょっと思ってたんだよね」
「並行、世界。――ああ、そっか、そういう心配もあるんですよね……そんなアニメ見たことあります」
「ね。まあ本当に同じかどうかなんて、もう誰にも確認できないけど。でも、流行った歌とかが同じなら、だいたい同じって考えていいんじゃないかと思うの」
「そうですね。リノアさんが来てた洋服とか、私の世界にもあったものだし」
「カノンちゃんの制服も、私の時代の日本の中高生っぽかったよ」
うんうん、と二人で笑いあった。周囲の人々は、イマイチ内容をわかっていないようだが、説明する義理も義務もないので、スルー。
「……ひさびさに向こうの言葉で話しました。なんか、……ほっとしました」
「そうね、私も」
小さく頷きあう。
「あの、リノアさ」
「……聖女カノン様、お時間です」
話をしようとカノンが口を開いたタイミングで、カノンについている護衛騎士が淡々と告げた。
「……ずらせないんですか、用事って」
「次は第一王子殿下とのご面談です。優先されるべきでは?」
りのは目を細めて、高圧的に言う騎士を眺める。
(「鑑定」)
ひくりとも反応しないことを確認し、やっぱり魔力量が低いと「鑑定」には気づきにくいんだな、と思いながら、「鑑定」の内容に目を通した。
(んー、シャルニエ伯爵家配下のフィダム子爵家の三男かあ……派閥でいえば中立派。でも、たぶんかなりの貴族主義というか、平民を見下してる家だったはず。ヤン先生がさすがにやりすぎとか言ってダメ出ししてなかったっけか。だめじゃんアルフィオ様、こんなん護衛につけたら! カノンちゃん辛いに決まってるじゃない! というかこいつ弱くない? 体力千三百に魔力六百五十って、近衛騎士どころかふつうの騎士の基準にさえ全く届いてないけど……なるほど、だから「鑑定」されてることに無反応なのかあ)
あ。
(もしかしてこいつ、コネ就職か!!)
就職氷河期の影響が消えていない時期に就職活動をしたりのにとって、何より嫌いな言葉である。
おもいっきり私怨だしおとなげは欠片もないが、こいつ絶対チクってやる! とりのは決心する。
その顔を覚えておくべくじいいいいっと見ながら、りのは声だけカノンに向けた。
「カノンちゃん、また会いましょうね」
そいつが、ハッ愚民がなんか言ってやがるという目で見てきたので、薄く笑い返してやった。
「発表はまだなんだけど、ユーゴ様の『鑑定』結果が出て、私も聖女認定がおりたから」
とたんに青ざめる騎士ににやりとする。ヤン翁にはもう認定のことは伝えている。そっちから話がまわっていないということは、それを伝えるだけの価値がないとみなされているということだ。
目を丸くしているカノンに、りのはあらためて微笑みかけた。
「きっと、これから会える機会も増えるんじゃないかな。さみしい時は、さっきの歌を思い出して、勇気を出してみてね」
カノンがはっとして、ぎこちなく頷いた。
きっと今の言葉で、さきほどの歌に込めたメッセージと電話番号を思いだしただろう。
後は待てばいい。
ここに入ってきたときよりはしっかりした足取りで去っていく細い後姿に、りのは祈るように、待ってるからね、と呟いた。




