第128話 オートミール・アップルケーキ
ロゼリアが、残された佳音の護衛騎士たちに質問を始めるのを横目に、りのは佳音のもとに走り寄った。
「秋野さん」
「あ、あの、」
もじもじと、何かを言いあぐねている。
(うん? 私、何かやらかしてる? えっくさいかな!? って、そうだ!)
「そういえば、自己紹介してなかったよね。えっと、リノア・ミハイルって名乗ってます」
「名のってる……?」
「リノアって呼んでね」
「あ、はい、リノアさん。私はカノンって呼んでください」
「カノンちゃん、でいいかな?」
「はい!」
いろいろ疑問もあるのだろうが、ひとまず飲み込んでくれたらしい。こっくりと頷いている。
「あの、王様の前に行ったとき、リノアさんが助けてくれたって、魔術師団長に聞きました」
「ユーゴ様に? ああ、魔力の暴発の時ね。気にしないで。あの時はしかたなかったと思うし」
カノンの細い腕がすがるようにりのの腕を握った。
その手がかすかにふるえているのを感じて、りのの胸が痛くなる。
わかるよ、と心で囁いた。
だって、私たち、ずっと怖いよね。
推測や知ったかぶりではなくて、この世界で二人だけにしかわからない怖さだ。
ちらりとロゼリアに視線を送ると、厳しい顔をして騎士たちと話している。
(あの騎士たちを引き離すのは難しいか。てことは、一応ちゃんと近衛の騎士で、たぶんカノンちゃんの見張りも兼ねてるのね)
ひとまず、とりのはカノンをガーデンテーブルに誘導して座らせる。
「カノンちゃん、お茶はどう? ハーブティーだけど。あとケーキもあるの」
「あ、……ありがとうございます」
手早くバスケットを開いて、トルカリアのハーブティーの準備をした。魔術で水を出してティーポットに入れ、それを熱してお湯にする。そこにトルカリアをぽいぽいと放り込んだ。
それを抽出している間に、ロゼリアの分は残してオートミールのアップルケーキを切り、フォークと合わせてセッティングした。
そして、ロゼリアを呼んだ。
「ロゼ、こちらでお茶をしたいんだけど、カノン様の護衛騎士様に浄化をかけてもらっていいかしら」
「はい、リノア様、少々お待ちください。――誰か、浄化の術を使える者は」
残った四人の騎士たちがちらりと顔を見合わせて、しらっとそっぽを向いた。
「護衛なのに、浄化を使える者を加えていないのか」
「ティレル嬢、我々は散歩中の護衛ということでついておりますので……」
「なるほど、途中で誰かに茶を誘われても、カノン様は受けてはならぬということだな。よく覚えておこう」
「いや、そういうわけでは……」
ごにゅごにゅとこ狡そうに何か言う男をざっくりと言葉で切って捨てて、ロゼリアはこちらへ向き直り。
「申し訳ありませんカノン様、すぐに浄化の使える騎士を用意いたしますので、少々お待ちください」
「あ、あの、あのティレル、さま、大丈夫です、自分でできます! というか、そんなの、しなくてもいいと、思うんですけど……」
自分でできる、しなくてもいい、という言葉に、騎士たちがぐっと奥歯を噛むのが見えた。
カノンの言葉が、護衛騎士たちより自分の方が魔術を使えるし、護衛騎士たちよりりのたちの方を信用している、と聞こえたのだろう。
(ザマァ!)
自業自得だと思いつつ、この子が恨みを買う必要もあるまいと、りのは口を挟む。こいつら、上にバレて叱られたら絶対逆恨みするタイプだ。
「ロゼ、浄化も適性があると聞くから仕方ないわ。そちらの護衛騎士様方、私が浄化をかけて、私が先に口にするという形でよろしいでしょうか? ああ、ロゼリアにも毒見をしてもらいましょう。それなら、大丈夫ですか?」
穏やかに問いかけると、案の定というか何というか、こちらを侮るような視線をよこした。
(うーん、聖女認定のことは知らないみたいね。それに、私の魔術の威力のことも。私があの二人の頭を焼いたことを知ってる騎士さんたちはこんな侮った顔しないもんなー)
どっちかというと、近づくなキケン! という目で見られることが多いりのである。この騎士たち臨時のアルバイト君かなあと思いながら、ロゼリアを手招いた。
「えーと、『光の清め』」
りのの手のひらから金色の光が出て、テーブルの上をぴかっとさせる。ものすごく眩しい。
スぺなんとか光線みたいだと自分でも思うし、もうちょっと神秘的な柔らかい光にならないものかと練習はしているが、どうにも魔力を込めすぎているらしい。ユーゴは爆笑のち鍛錬あるのみだね! とさらに笑い、ゼノンからはよだれをたらしそうな顔で見られた。サンプルを見る目である。
「はい、ロゼ、どうぞ」
カノンの前に置いたアップルケーキをロゼリアの方に差し出し、フォークを手渡す。
ロゼリアが、無表情の奥で目をきらきらさせている。大丈夫、あちらの騎士には見えていない。
「失礼いたします」
ひと切れ切り取って、そっと口に運ぶと、パッと目が一瞬だけ見開かれた。おいしかったらしい。
ゆっくり咀嚼して飲み込み、しばらくそっと目を閉じて体内の様子を探り。
「問題ございません。どうぞ、カノン様」
りのも、ティーポットのお茶を二つのカップに注ぎ、一つに口をつけた。
(うーん、やっぱりカモミールだよねー)
そして、カノンの方を見て、にっこりと笑う。
カノンはどこか不満そうな、何かをこらえるような顔をしていた。
きっと、こういう手順にも反発を感じるのだろう。りのたちを疑ってるわけじゃないのに、どうして、と目が言っている。
「ふふ、私たちの世界とはいろいろ違って面倒だよねー」
でも。
「面倒だけど、これでこっちの人が安心するならまあしかたないかなって思ってるよ、私は」
「リノアさん……」
そっとカノンがカップを取り上げて、トルカリアティーを口に運んだ。
カモミールと同じく、トルカリアティーには心を落ち着かせてリラックスさせる効果がある。安眠効果もあるから、眠れてないなら就寝前に飲むといいのだが、カノンの周りにそういう世話を焼いてくれる人がいるのかがわからなかった。
カノンはゆっくりお茶を飲んで、おいしい、リンゴの香りがする、と呟いた。
「向こうでいうカモミールと同じハーブだと思うの。リラックス効果があるみたい」
「カモミール……聞いたことあります。シャンプーの香りとかでも見たことあるし。なんか、よくわかんないですよね、名前だけ違って後は同じとか」
「そうそう、頭が混乱しちゃうの。かと思えば、同じもので同じ名前のものもあるし」
「わかります……」
カノンは、フォークを手にして、アップルケーキを食べ始めた。
一口食べて、甘くておいしい、と呟くと、夢中になって口に運び続けている。
りのはそれを見ながら、急いで頭を回転させた。
(王族の周りにダルクス一味の手が伸びてるなら、カノンちゃんの周りにそういうのがいてもおかしくない。ということは、私たちの交流は今のところ妨害される可能性がある。私の周りにダルクス一味の息がかかってるやつは多分いないから、被害を受けるのはカノンちゃんのほう。なら、交流はしばらく隠す方がいい)
こんなに萎れているのを見たら、手を出さないという選択肢は吹き飛んだ。
せめて、周りを安全な人たちに替えてもらい、ちゃんと食べて眠れる環境を整えなければ。
同時に、この子の過度な警戒心も緩める必要がある。警戒するのはもちろん必要だが、必要以上の警戒は、逆にカノンの心身を損なうだろう。
どこから手をつけるべきか。
「カノンちゃん、しょっぱいケーキもあるけどどう?」
「しょっぱい……ケーキなのに?」
「うん、ケークサレっていうの。なんだろ、おかずパンのケーキ版、みたいな……? なんか、改めて言うと説明難しいね?」
二人で顔を見合わせて、「?」としていると、カノンが笑った。
「ありがとうございます。でも、あの、このアップルケーキがおいしくて。あの、もしよければ、もう一つもらってもいいですか?」
「いいよー!」
りのは自分の皿をカノンの方へ押し出した。こっちはもう浄化をかけてみせてるから、私のはまだあるから気にしないで、と。
「おいしい……」
今度は味わうように、かみしめながら食べている。
それを見ながら、やっぱりどうにかしなきゃ、とりのは思った。
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