第127話 鮮やかな捕縛
だいたいのリストの整理を終えて、りのはふうと息をついた。ランチにはまだもう少し時間がある。
コルティアドの香りを胸いっぱいに吸い込みながら、ぼけーっとした。
何も考えない時間は貴重だ。
さやさやと風がコルティアドの青い葉の間を駆け抜けていく。
どのくらい時間がたっただろうか。
その静かな時間に、ざわめきのようなものがかすかに混じって、りのはぱちりと目を瞬いた。
なんだろう、あれ。陛下でも来たかな? 王妃様ならまだいいけどさあ。
ときどき狙ったようにこの庭でばったりと会う国王陛下を思いだして、うっかり不敬なことを思う。
不意打ちはやめてほしいなあと思って、先日のお茶会で雑談の合間に王妃様にチクってみたが、あらあら、私も行こうかしらと、極上の美でほほ笑まれてしまった。ぜひお待ちしています、以外に何が言えただろうか。
ロゼリアはすでにレイピアに片手をかけて、さりげなくりのと庭園の入り口の間に身を滑り込ませていた。
「………さい、そちらは決められた道ではありません!」
「…………ます!」
とぎれとぎれに、居丈高な男たちの声と、かすかな、高い、怒りに満ちた声が交互に聞こえてきた。
(わあ、これはまさかの!)
「ロゼ、今日ここに来ることは、前もって連絡してあるよね?」
「はい。護衛の交代もありますので、おおまかなところは共有してあります」
そう、りのの予定は前もって上に連絡している。たまに予定を変更することもあるが、その際はロゼリアに確認をとっていた。
「うーん、でもこれ、知らずに来てるっぽいよね?」
ぽつりとつぶやくと、ロゼリアが軽く肩をすくめた。
「リン、対応は任せてもらっても?」
「もちろん」
りのは座ったままで、庭の入り口の部分を何ともなしに見ていた。
やがて、そこに現れたのは。
「あれ、リノアさん……?」
あの日、謁見の間で倒れたところを運ばれていったきり、顔を合わせていなかった、聖女・秋野佳音だった。
(…………なんて体調悪そうなの……)
顔色は良くないし、目の下には黒いクマがべったりとはりついている。髪もパサついているのが見て取れた。唇も色をなくしているし、なにより先日より一回り痩せている。
ちゃんとご飯食べてるのかな。成長期にご飯を食べないのは良くないのに。ちゃんと眠れているのかな。
りのは眉間にしわを寄せそうになるのを必死にこらえた。彼女自身に対して憤りがあるわけではないのだから。
それでも、心配そうな雰囲気は出ていたのだろう。佳音はえ? と戸惑った後、心配されているのがわかったのか、ほんわりと笑った。
(心配されただけでうれしいとか、この子の周りは大丈夫か? いったいどうなってんの?)
嬉しそうな顔でかけてこようとする佳音だったが、お止まりください聖女殿! と怒鳴られて、びくりと固まってしまった。
後ろからゆっくりと歩いて出てきたのは、やたらと派手な騎士服を着た、ひょろっとした男だった。その後ろには数人の騎士? にしては弱そうなのがついてきていた。先頭の派手な男は腰に立派な剣を下げているが、
(何あの細工、悪趣味~……何が一番イヤって、中途半端! 宝石や金の使い方が、ちょっとここはケチるか金ないし、って感じなのがダッサ! やるなら突き抜けなさいよセンス良く!)
高位貴族のプライドだけ高い、でも努力はしない次男か三男って感じだな、とりのはちょっと面白くなってしまった。
お話に出てくるテンプレ男が、今、目の前にいる……!!
テンプレ男はりのに目を向けて、
「ここはこれから聖女殿が使われる! 貴様はとっとと出ていけ!」
と大声でのたまった。
(うーん、こんなとこまでテンプレ!)
りのはますますおかしくなったが、佳音は怒鳴り声をあげた。
「私が後から来たのに追い出すってなんですか!?」
おおう。
「聖女殿は黙っていてください、こちらの警備の問題である!」
(んー、こいつ、私が異世界人ってことも、聖女認定がおりてるってことも知らないな? 認定のことはともかく、私が異世界人って知らないなんて、こいつ本当に近衛騎士団員か? どっかから紛れ込んでない?)
警護を仕事とする近衛の騎士団員には、警護対象の情報はまわっているとロゼリアに聞いている。
うーんと思ってロゼリアを見ると、
「?」
ロゼリアは風の魔術を展開していた。思わずきょとんとすると、ロゼリアがしーっと唇に人差し指を当てる。それがかっこよくて、にへらーとしてしまった。
(いやいやそんな場合じゃないぞ私。あれ、たしか風の魔術の「潜行」……だったっけ? 闇魔術の「隠形」の代わりに使うやつ。ってことは、あのテンプレ男からロゼの姿は見えてないわけね? 私だけがここにいるように見えてるの? 他の騎士たちも気づいてないな? 大丈夫?)
その間も、佳音とテンプレ男の言い合いはエスカレートしていっている。
「いちいち私の行動を邪魔しないで!」
「貴様が指示に従わないからだろう!」
「なんであんたの指示に従わなきゃいけないの!? 偉そうにしてるだけで、あんたは何もしてないじゃない!」
このテンプレ男、頭悪いんだな、とりのはシンプルに思った。
聖女を敵にまわしてどうする……。どこの家の出かも知らないが、佳音に嫌われたら貴族としてものすごく不利だと思うんだけど……。
(というか、佳音ちゃん、意外と気が強いんだね。いや違うな、意外とか言っちゃだめだ、私、佳音ちゃんのことよく知らないんだもの)
そう思って首を振るりのの耳に、これまたどこかで聞いたようなセリフが飛び込んできた。
「ええい、せっかく聖女として呼んでやったというのに、この役立たずが!!」
は?
投げつけられた台詞に、すみやかにブチ切れようかなと思ったりのだが。
「聖女様に対する不敬罪にて、捕縛する」
りのがブチ切れるより早く、ロゼリアが瞬時に「潜行」を解き、テンプレ男の足を払って地面に這いつくばらせていた。
その背中に片膝をついて動けないよう確保し、両腕をまとめて背中側でねじり上げている。片手で。
男はまだ何が起こったかわかっていないようで、地面に顔をずりずりされながらきょとんとしている。
鮮やかな捕縛劇。動きはまったく見えなかったけど。
きゃー、ロゼかっこいー!!
ひとはこういう時にうちわを振りたくなるんだなー! 作ろうかなー!
そんなアホな感想をかみしめているりのの傍らで、ロゼリアは空いている片手でぴゅいっと指笛をならした。
すぐに、数人の見知った近衛騎士たちがかけこんでくる。
「ティレル副隊長、参りました!」
「ご苦労。この男、聖女カノン様、異世界よりお越しのリノア様への不敬が確認された。シプラスト宰相閣下に急ぎ報告を上げ、この男は一度牢に放り込んでおくように。マカリア隊長は騎士団棟におられるか?」
「は! 本日はおられます! 鍛錬に入っておられるかと!」
「すぐに報告し、その後は指示を仰ぐように」
「承知しました!」
おそらくロゼリアの下についている団員達なのだろう。どの騎士も強そうだ。剣の腕はりのにはよくわからないが、身の内の魔力は皆強い。
手早くテンプレ男を縛り上げ、一人がさっさと歩け! と蹴りつけながら連行していった。
「聖女カノン様」
ロゼリアが、茫然と佇むカノンの前にそっと膝をついて、その顔を見上げていた。
佳音の色のない頬に、わずかに赤みがさした。
「は、はい……」
わかる、わかるよ佳音ちゃん、顔面の美の暴力ってあるよね……!
さっき、知ったかぶりはしないように己を戒めたばかりだというのに、りのは内心で盛り上がる。
「あのような無礼な者から、すぐにお守りできず申し訳ありませんでした」
片膝をつき、右手を左肩に当てて頭を下げる。ウェルゲアの騎士に共通する、謝罪の作法だ。
「え、あの、」
「確実な言葉がなければ、あの者を捕らえることができず、そのために御身を囮のように扱ってしまったこと、心よりお詫び申し上げます」
「おとり……」
「申し訳ありません。あなたを侮辱する決定的な言葉がなければ、いつまでもあの男が御身に侍ることになると思い……」
ああ、そっか、と佳音は呟いて。
「あの、だいじょうぶです。私のこと、心配してくれたんですよね。あの人、いつも偉そうで、命令ばかりしてきて、怖くて。あの人、もう来ないですよね?」
ロゼリアは、力強くはい、と頷いた。
「近衛騎士団長、副団長に報告を上げ、御身の警護からは外すようにいたします」
「ありがとう。なら、いいです。あの、立ってください、ね?」
佳音は嬉しそうに笑った。




