第125話 おしゃべりで息抜き
「おつかれさまでーす……」
「おうお疲れ……って、くたびれてんなぁ、リノア。ロゼも、おつかれ」
「お疲れさまです、アダン殿」
アラチェリアとのお茶会の翌日。
りのはロゼリアと一緒に、第三騎士団棟のいつもの診察室に出向いた。
今日はいつメンの診察と、次の遠征が決まったとのことで説明を受けに来ている。
そのため、実務担当のイケ騎士アダンが出迎えてくれたわけだが。
「なんでそんな疲れてんだ?」
「あ~~……昨日お偉い方たちとのお茶会で。めっちゃ楽しかったけど、めっちゃ体力とか気力とか使った感じ……」
「あ~~……」
遠い目をするりのを、アダンはわかるぜ~と同情の目で見てきた。疲れ切った今はその同情さえも嬉しい。
アダンとは、こういう庶民的な感覚がけっこう近くて、りの的には話しやすさナンバーワンである。
しかも第三とはいえ王城に拠点を持つ騎士団なので、情報の共有が許されているのも大きい。
アダンもその辺はわかっているのだろう、わりと気軽にいろいろな情報を落としてくれる。ギブアンドテイク万歳である。
さっさと診察室に入って、ソファに腰を下ろした。アダンはそこに書類を持ち込んで仕事をしていたようだった。
「そういや、昨日、第一王女殿下の周りでまた騎士がとっ捕まったって聞いたぜ? 第一のやつだったらしいが」
「あ、ちゃんと捕まったんだ。へえ、第一ねえ。例の下手人に頼まれて、ティア様を牢まで連れてって会わせた騎士らしいよ」
ハァ!? と思いっきり裏返った声で驚かれて、りのは思わず噴き出した。渋いバリトンの声がひっくり返ると、普段とのギャップもあってかなり面白い。
「いやそれって、本当に騎士なのか……?」
「それは私が聞きたい。っていうか、王族の周囲ってほんと大丈夫なの?」
「言ったろ、陛下が入れ替え中だって」
ペラペラ書類をめくりながらちらりとアダンが視線をよこす。そういえばそう言ってたなとうっすら思いだした。
「王族の周囲から入れ替えてたってこと?」
「そうだな」
たしかに、王妃の護衛騎士であるマカリア・ティトルアンは凄腕だそうだし、フィリベルは言うまでもない。
「ああ、たしかに、ティア様の護衛してたライラック様? って騎士様はすごい強そうだったな」
魔力が強かった気がする。ユーゴほどではなくても、体の中に魔力が満ちていたような気配がした。
「魔力感知」のスキルを鍛えようねえとユーゴに言われて、素直に練習していたら、いつの間にか相手の魔力量を感じ取れるようになっていた。
バレたら怖いので、相手に「鑑定」をかけてはいないけれど。
「ああ、ライラか。あいつは強いな。剣士としても鍛えてるが、土魔術と闇魔術がうまいんだ。うまいというかエグいというか。本人から早くこっちに引っ張ってくれって言われてるし、こっちとしても早く欲しいんだがなあ」
「ん? 知り合いなの?」
「まぁな。あいつはもともと第三志望だったんだが、王妃殿下の姪っ子だろ? まず近衛に引っ張られたんだよ」
「ちょーっと待とうか。え、あの騎士様、チェル様のお身内!?」
似てたかな? あんまり似てなかった気がするけど!?
「王妃殿下の一番上の兄君の娘だ。ちなみに、ライラの兄君は全属性の治癒魔術持ち」
「マジで!?」
「大マジだ」
ユーゴ様以外の全属性持ちは初めて聞いたな、というと、お前さんが言うなと言われた。まぁ確かに。
「だが近衛のアタマがアレだろ? 案の定ぶつかって、近衛内でうまくいかなくなってな。ちょうどその時第三が団員を募集してたからこっちに来るはずだったんだが、」
「読めたわ、アレがこれ以上強い騎士を第三に来させたくなくて、第一に押し込んじゃったわけね?」
そういうこと、と書類に決裁印を押しながらアダンは首をすくめた。
ちなみに、こっちの決済印は魔力印だ。印鑑みたいなものに一回ずつ魔力を込めて押す。魔力はひとりひとり違うから、捏造ができないんだそう。りの的には拇印みたいな感じである。
「まああいつが来たら、手綱をとるのが大変そうだがな……」
「何をおっしゃる、第三自慢の調教師のウデにかかれば楽勝、楽勝!」
「おうリノア、その言葉を流行らせたのはお前だな!?」
「でも、お母ちゃんって言われてたからさぁ。それよりはずっといいでしょ?」
にしっと笑っておいた。
通うようになってわかったが、第三騎士団は他の騎士団に比べて、礼儀、言葉遣い、服装、そういったものに関する規定が緩い。これは団長であるライリーが、ゴリゴリの高位貴族であるにもかかわらず、わりとくだけた人間だということと、このアダンがそんなもんより強さが大事、というわかりやすい基準の持ち主だからだ。近衛や第一では禁止されている、団員同士の気軽なやりとりや日ごろのどつきあいなども多めに見られている。
だからこそ、第三騎士団は結束が固い。もちろん、常に生死の境にいて、共に戦う仲間だということも大きいのだろう。
一方で、クセの強い騎士や、他の団だと不真面目だの不品行だの言われるような騎士も多かった。
そんな騎士たちを背中で引っ張るのがライリー団長で、後ろから手綱をひき、こまごまと面倒を見ているのがアダン。
すごい相性のいいバディだなあとりのは思っている。
「ほらほら、次の遠征のお話聞かせてください、アダン調教師さまー」
「……ったく、ほらよ」
ぺらりと書類を渡されて、りのはロゼリアと一緒にそれを覗き込んだ。
アダンから説明を聞き、ライリー団長の診察を終えて、りのとロゼリアは図書館へ向かっていた。
「リン、本当にライ兄様の食事、元に戻してもいいんですか? テミシアのスープだけでも入れてはどうでしょうか」
造血ポーションの影響と、そもそもの失血がひどかったことで長らく貧血症状だったライリーだが、ようやっと「鑑定」の結果から貧血の記載が消えた。それで、レバーやテミシアという鉄分の多い食材を食べるペースを今までに戻していいですよと言ったのだが、ロゼリアはまだ不安なようだ。
大失血で戻ってきて、意識が戻ってからも青い顔でフラフラしていた兄の様子がよほど心配だったのだろう。
「んふふ、とっても健康にいいから、常食してもいいくらいなんだけどね。でも、本当に苦手みたいだから」
「まあ、そうなんですけど……」
アダンが、団長の奴すごいツラで食ってんだぜ、眉間にこう、しわをぎゅっと寄せて、と顔真似付きで教えてくれて、それは本当に面白かったのだが、さすがにもう可哀想だろう。
「そのかわり、隊の食事にちょっとだけレバーを増やすように言っておいたから、そっちでみんなで食べればいいんじゃないかな」
「え、それ、隊のみんなは知ってるんですか?」
「さーてねー、決めたのはアブラーモさんだから」
アブラーモは第三騎士団に常駐している医師で、主に体づくりに関する仕事をしている。栄養学に近い内容を研究していて、第三騎士団を研究材料にしているのではないかというもっぱらの噂だ。ややマッド。多いなこの世界。
そんなことを話しているうちに図書館にたどり着いた。
美しいアーチを潜り抜けると、ほっとするような本の香りが空間に満ちている。
「こんにちはスティラー」
「あらリン、いらっしゃい」
本の補修をしていたらしいスティラが、カウンターのところで小さく手を振った。
「今は他の閲覧者さんはいないから気楽にしてね」
「ありがとう。それに、この間の薬草関連の本もありがとう、助かったー!」
「それよリン、いきなり王妃殿下の侍女の方がいらして、あの民間治療の本と薬草の辞典借りていったのよ、もうびっくりして、おもいっきりどもっちゃったわ!」
「えー、スティラがどもるのは私のせいじゃないでしょー」
「そうだけど前もって言って!」
「そんな無茶な」
一度慣れてしまうと、スティラはなかなかの口達者さんで、話していてとても楽しい。テンポが速くぽんぽん言葉と話題が飛んでいく。
「それで、今日は何の本が読みたい?」
そして何より、貴重な本仲間である。本の中身はもちろんだが、その装幀についても話せるのがうれしい。
(最近、きれいなものとか本とか、そういう地盤作りとは関係ない話がしたい時があるんだよね。それだけ、身の周りが落ち着いてきたってことかなぁ)
国の上層部に加え、王妃とのパイプができた。
有力貴族としてはリシェルやユーゴがいる。
組織としては第三騎士団がいる。
民間にも、少しだけどツテができた。
これで、安易に追放されたり、処刑されたりということはないと思いたい。
敵対する相手も大分絞れてきたし、身の周りの安全もロゼが確保してくれている。
何より、魔術と魔法が、大分使えるようになってきた。魔力も、ユーゴと張るくらいはある。
「……えっとね、魔獣素材に関する本が読みたいなって。事典があればぜひ」
「あら、深堀りするんじゃなくて、今まで見てない分野に行くのね?」
スティラがきょとんとしている。
それはそうだろう、つい最近までは花やら薬草やらがメインだったし。
「この間、魔獣素材のドレスを頂く機会があって」
「もしかしてパナクルファね!?」
スティラがぐいんと迫ってきた。
「あれは新素材なのよ、本にもまだ載ってないわ! どんななの、パナクルファ! 手ざわりは!? 色は!? 織りの密度は!?」
「落ち着いてよスティラ、ちゃんと話すから!」
時間はあるのね、じゃあお茶にしましょうリン、ゆっくり話を聞かせてもらうわ! と言い残してバックヤードにスティラは駆け込んでいった。
新しい知識の吸収にどこまでも貪欲な人である。
しなきゃいけないことや考えなきゃいけないこともけっこう残ってはいるのだが。
「――まぁ、今日はいいか。一休憩ってことで」
「ここ最近、忙しかったですからね……たまにはいいんじゃないでしょうか」
りのが忙しいということは、ついて来てくれるロゼリアも当然忙しいのだ。
二人は顔を見合わせて笑い、スティラの後を追ってバックヤードへ足を向けた。




