第124話 謝罪のゆくえ
幼いながら見事なカーテシーだ。って、そうじゃなくって!
あわあわするりのの前で、ティアーヌは頭を下げたまま、
「異世界よりおこしくださったリノア・ミハイルさまにごあいさつをもうしあげます。わたくしはウェルゲア王国王女、ティアーヌ・ロスリン・ウェルゲアともうします。そして、先日のご無礼を、心よりおわびいたします……!」
なるほど、ごめんなさいをするために、こんな深い礼をとったのね。
「面を上げてください、ティアーヌ王女殿下、」
続けて「どうぞお楽に」と言おうとしたが、すっと伸びてきた繊手がそれを止めた。
(チェル様?)
(そのままで)
丸い緑の目が、冷静に娘を見ていた。
姿勢を戻すことを許さないで。そんな意志が伝わってきて、りのはビビった。
(厳しいママだあ……)
そんな無言の会話をしているうちに、ティアーヌはゆっくりと顔を上げ、けれどその姿勢のまま口を開いた。
小さな体が一生懸命、姿勢を保って目線を上げている。
「先日、ミハイルさまと聖女カノン・アキノさまをまちがえるというご無礼、そして、ミハイルさまであろうとアキノさまであろうと、許されぬことをもうしあげてしまいました。本当に、ごめんなさい!」
おや、と思う。
そのままティアーヌに近づいて、膝をつきティアーヌと目線を合わせた。せめて目線が下がれば、体の負担も少しは軽くなるだろう。ドレスに傷がつかないか、気にならないといえば嘘だが、優先順位というものはある。りのの中で、きれいなものは心と暮らしを豊かにするものであって、大切なものを犠牲にして得るものではなかった。
「王女殿下」
びくりと華奢な肩が震えたが、ティアーヌは目を反らすことなくりのをまっすぐに見てきた。
「どうして、私でも佳音さまでも、許されないことだと?」
「あの、」
ちらりと母であるアラチェルを見るが、話してもいいとわかったのか、一度きゅっと口を引き結んでから、一気に話し出した。
「わたくし、あのとき、ファルカの、侍女のいうことだけを信じていて。ちゃんと、それが本当のことなのか、確かめなかったのです。自分で見たわけでもないのに、侍女の言うことしか聞いていなかったのに、それなのに聖女さまに失礼なことを言ってしまって。でも、あとでほかの者に聞いたら、それはほとんどがうそだったって知りました。カノンさまは学園をお休みすることが多いけど、それはずるじゃなくて、お体のぐあいが悪いんだって。お兄さまたちにべたべたしてないし、お買いものも、カノンさまがほしいから買って、といったわけじゃないってことも聞きました。それで、わたくしがしたことは、王族として、とてもよくないことだと思ったのです」
すごいなあ、この年で、自分の何がよくなかったのかをきちんと把握して、しかもそこに王族という責任感も乗っかっている。
大人でさえ、それは難しいというのに。りの自身だってできるか自信はない。
背後でアラチェリアの雰囲気が少し柔らかくなったのを感じた。
「なるほど。王女殿下、一つお聞きしますね。これから、同じようなことが起こったときはどうなさいますか?」
「……いろんな人の話を、聞こうと思います。そばにいる人だけじゃなくて、悪口を言われている人とか、そのまわりの人の話もちゃんと聞いて、自分でも確かめて、それが本当のことなのか、ちゃんと。――この間、ミハイルさまが、テミシアのスープのお話をしてくださったから、」
ああ確かに、あの時、テミシアのスープは、嫌がらせとも、病気の治療とも、好意の表れとしてもとらえられるという話をしたっけ。
「わたくしにとっていやなことでも、わたくしを心配してくれているのかもしれないから、そのひとの考えをちゃんと確かめようって」
りのはちらりとアラチェリアを振り返った。
アラチェリアが小さく頷いた。
「えらいですね、ティアーヌ王女殿下」
「え?」
どうぞお楽に、と言いながら、りのはティアーヌの肩をそっと撫でて立つように促す。
戸惑ったままのティアーヌの腕から手のひらを探って握りしめ、立ち上がりながら引っ張り起こした。
「ティアーヌ王女殿下、殿下の謝罪を受け入れます」
「え」
びっくり顔がかわいい。りのは思いっきり破顔して。
「自分の何が悪かったのかをちゃんと理解して、ごめんなさいと謝ること、同じ間違いをしないようにどうするかを考えるのは、本当に難しいことだと思うんです。大人だって難しいです。ティアーヌ王女殿下は、それをきちんとなしとげた。自分が本当に悪かったのだと、とても後悔したからでしょう?」
きゅっと口を結んで、小さく頷く頭をそっと撫でた。
ごめんなさいリシェル先生、今はマナー違反を見逃してください!
「なら、私は許したいです。ちゃんとごめんなさいと言ってくれたから、それで十分ですよ」
アラチェリアによく似た形の、ロイヤルブルーの目がたちまちに潤んだ。
「わ、わたくし、ほんとうに、いいの?」
「ええ、いいんですよ」
「でも、わたくし知ってるの、謝ったからぜったいに許されるってわけではないわ、だって、わたくしは許してあげなかったのだもの」
ん? 何か不穏な話になってきたぞ?
「この間、護衛騎士が、ファルカがわたくしに会いたいって言ってるから会いにいってって。それで、牢にいって、ファルカに会ったの」
しん、と空気が冷えた。
まだネズミがいやがったか、とマカリアの物騒な呟きが聞こえた。
「ファルカは許してって言ったわ、ずっとわたくしのそばにいたんだから許してって。でも、ファルカを裁くのはわたくしじゃなくて陛下だもの、わたくしが許すなんて言えなくて、そう言ったら、」
「もういいですよ」
そっと口元に手を当てると、ぼろぼろと涙がこぼれた。相当に罵られたのだろう。下手をするとその護衛騎士にも何か言われている可能性がある。
あの女、もう少し正座の足をもんでやればよかった……!!
てか、ほんと人員整理どうなってんだこの城は!!
「あの侍女と殿下はぜんぜん違います。だって、殿下は心を込めてごめんなさいっておっしゃいました。何が悪かったと思ったのかもお話してくださいました。あの侍女はごめんなさいって言いましたか? 自分の何が悪かったのか、言いましたか?」
ティアーヌは少し考えて、首をぶんぶんと横に振った。
雫がきらきらと左右に散らばる。
「じゃあそれはごめんなさいじゃないので、許す許さない以前の問題です。謝っていない人を許す必要なんてありません!」
「……ほんとう? じゃあ、わたくしは許されていいの……?」
「もちろんです。むしろ、ここは王女殿下の頑張りが称えられるところです!」
あえて明るく笑う。少しでもこの賢い子どもの辛い記憶が薄まったらいいなと願いながら。
「さっきもお話したでしょう、大人だってちゃんと謝ることは難しいんですよ? それを殿下はしっかりやりとげたんですから、偉いです! すごいです!」
ぼろぼろと涙をこぼす目が、くるんと丸くなった。さっきのアラチェリアによく似ていて、とてもかわいい。
あ、そうだ。
「そんな頑張り屋さんの王女殿下には、おいしいご褒美があってもいいと思うんですが、チェル様、いかがでしょうか?」
優しい笑みをたたえて、アラチェリアがすっと立ち上がった。
「ありがとうリノア様、そうね、仰る通りだわ。ティア、こちらへいらっしゃい」
大好きな母に呼びかけられて、でもきっと状況がうまくのみこめていないのだろう、きょときょとしている。
りのは、あらためて王族に対する礼をとった。
「改めて、はじめまして、ティアーヌ・ロスリン・ウェルゲア王女殿下。私は異世界より呼ばれました、リノア・ミハイルです。どうぞリノアとお呼びください」
「りのあ、さま」
「はい」
「あ、あの、わたくしも。わたくしも、ティアとお呼びください!」
「ありがとうございます、ティア様」
さあ行きましょう、と肩を抱いて、ガーデンテーブルの方へ連れていく。
そこでは、穏やかにほほ笑むアラチェリアの横にもう一つ椅子があって、その椅子の前にはいい香りの紅茶と、
「わあ……! かわいい……!」
お皿に並べられた、きらきらのフルーツサンド。
「ティア、こちらへいらっしゃい」
「は、はい、王妃殿下」
「ふふ、ここでは『お母様』でいいのよ」
「お母さま!」
母親に頭を撫でられて、ティアーヌは満面の笑顔だ。
きっと、後でまたゆっくりと褒めてもらえるだろう。護衛騎士やあの侍女に投げつけられた言葉の調査とフォローと合わせて。
「ティア様、よかったら食べてみてください。フルーツサンドというお菓子です」
「ティア、これはリノア様が作ってくださったのよ。作るのが大変だから、ここにいる者たちだけの内緒のお菓子なの。秘密は守れて?」
「はい、守れます、お母さま! あ、でも、」
ちょっともじもじしながら、りのの方を見る。
はうっかわいい……!
「リノアさま、三つあるから、ユフィとソニアにも、わけてあげていいですか?」
離れたところで、あの庭でも会ったティアーヌの侍女たちがはうっと胸を押さえていた。なかーま!
「ええ、もちろんです。挟んである果物の種類が違いますから、どれがいいか、じっくり考えてくださいね」
「ありがとう! わあ、アドルジュと、ランギスと、桃! ユフィ、ソニア、来て!」
「はい、ティア様」
「はい!」
わいわいとフルーツサンドをのぞきこむティアーヌたちを眺めて、りのとアラチェリアはこっそり、ほほ笑みあった。
私事につき夕方の更新はありません、ごめんなさい!
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