第123話 乱入・アゲイン
パンの話がひとまず片付くと、次はストレッチの話に移った。
基礎的な首・肩のストレッチを二週間続けた結果、アラチェリアの緊張性頭痛の頻度は大分落ちたという。
「気持ちよくて、ついつい時間が空くとストレッチをしているのよね。それでも大丈夫かしら?」
「痛みが出ていないなら問題はないと思います。それなら、他のストレッチも試してみられますか?」
「まぁ、ぜひ! 新しいのも知りたいわ!」
前回は椅子に座ってじっと伸ばすものが中心だったので、今回は椅子に座りながら動かすストレッチをいくつか教えた。じっととまって伸ばすだけではなく、動かして伸ばすストレッチの気持ちよさにもハマってほしいと思いながら選んだものだ。
女性だけだから遠慮なく体を動かせるわ、とアラチェリアが笑ったので、女性だけの場でするなら、床に座ったり寝転がったりしてするストレッチもありますよ~、そっちだと月の花の痛みや不調にも効果がありますよ~と囁いておいた。
月の花とは、生理のこちらでの呼び方である。
一同の目の色が変わるのを見て、りのは内心、わかるわぁと深く頷いた。人にもよるのだろうけど、あの痛みは本当に不快でキツいのだ。
床で行うことが多い自律神経を整えるストレッチは、アラチェリアにはぜひしてほしい。
りの自身の自律神経の乱れにはとてもよく効いたし、美容にも役立つ。それにわりと楽しいので、空き時間にストレッチを楽しむスタイルのアラチェリアには合っている気がする。
「それは頭痛にも効くのかしら?」
「効くと言われていますね。片頭痛の方にも効果があると言われていますし、私には片頭痛の方がむしろききました。床に座ったりしてするものなので、ある程度の広さがあるところならできるかなと思います。一人一枚、敷物なり絨毯なりはいりますけど」
それに、寝転がって腰や背筋をねじったりするのはとても気持ちがいいですよ、とりのはストレッチを思いだしてにまにました。
何ならストレッチポールもほしい。作れないかなあとぼんやり思う。
「それと、以前お話していた服がいるわね。あとは、誰にも見られない広い場所、かしら。ねえ、誰か案はある?」
「すぐに思いつくのは、近衛の第三が使っている運動場でしょうか。女性騎士が多いので使いやすいのではないかと思いますが」
「メアリ様、あそこはけっこう他の近衛騎士様方の出入りがありますので……」
「ああ、憧れられてますからねぇ……何の用事でも作って出入りしたい方が多いのね」
「チェル様、ダンスの練習室はいかがでしょうか。あそこなら更衣室もありますし、靴をダンス用に替えますから床もそれほど汚れておりませんわ」
「それに、あそこのカーテンは用途上、透けない、分厚いものが用意されております」
「いい案だわ! あとは、どこの練習室にするかね」
なるほど、侍女さんというのは王妃の執務のサポートもするのかぁ、と思いながら、ダンス練習室なんて初めて聞くようなお部屋もいっぱいあるんだぁと遠い目になった。
まあいいや、私は行って教えるだけだし。
アラチェリアがきらきらした顔で、詳細を詰めたら連絡するわね! と言うのにりのは素直にうなずいた。
そこへ、テラコッタの小道を通って一人の女性騎士がやってきた。
「あら、ライラックじゃない」
「ご歓談中失礼いたします、アラチェリア王妃殿下。急ぎお伝えしたいことがあり参上いたしました」
金茶の華やかにカールした髪をポニーテールにした、青い目のきれいな女性騎士だった
ライラックと呼ばれた彼女は、そっとアラチェリアの傍により、耳元に小さく囁いた。
「まあ、あの子ったら……困った子。今はどこに?」
「庭園の入り口のカーテンの前でお待ちになっておられます。護衛は近衛騎士団第三部隊のカミロ・ロアーダが」
まあまあ、とアラチェリアはしばらくじっと考えていたが、やがてりのの方を向いた。
「リノア様、あなたに会いたいと、娘のティアーヌが押しかけてきているの」
「まぁ」
ミニ・アラチェル様、略してミニチェル様が?
「あなたに無礼を働いたあの子に会ってくれとお願いするのは申し訳ないのだけれど、許さなくてもいいから、謝罪させてやってはくれないかしら」
「構いませんよ」
あの庭園での邂逅後すぐ、アラチェリアからは娘の非礼を詫びる手紙と、ワインが赤と白と一本ずつ贈られてきていた。
ロゼリアが二度見するくらいの珍しいワインだったようで、実際とてもおいしかった。白の方はみんなでおそるおそる頂いて、赤の方は大事にしまい込んである。
(だって、赤の方は寝かせたらおいしくなるって「鑑定」さんが言うから……)
りのとしてもティアーヌに思うところはないので、同席してもらっても全然かまわなかった。
「ごめんなさいね」
戻っていくライラックの後姿を見ながら、アラチェリアがほうとため息をつく。
「私がここ数年、体調を崩していたものだから、教育が全然進んでいなくて……」
「チェル様、焦らずいくのがよろしいかと」
きょとんとアラチェリアがりのを見る。
「これは、本当にただの個人的な感想なのですが。体調が悪い時、眠い時、お腹がすいている時は、ろくな考えが浮かばないものです。ですから、まず体調を整えて、いろいろなことはそれからでよろしいのではないでしょうか。ティアーヌ王女殿下は、一度お会いしたきりですが、きちんと考えることのできる方だと思いました。考える力のある方ですから、多少の遅れは問題にならないかと思います」
頭が痛い時にひいたイベントの図面は、動線もバックヤードとの行き来もぐちゃぐちゃだった。眠い時に商品の値付けをしたら、翌朝に悶絶するむちゃくちゃさだった。おなかがすいたときなんて、心の中でお腹がすいたと文句しか言ってない。
遠い目をするりのに、アラチェリアも何か感じるものがあったのか、そうねと小さくつぶやいた。
「もちろん国政もお子様たちの教育も手を抜けない、大切なものでしょう。ですが、チェル様には、頼もしい旦那様や、侍女さんたちがついておられるのですから」
無理をしてこなすより、ちゃんと動けて、考えられるようになってからの方が、きっとみんな嬉しい。
「ですから、まずご自分を元気になさることが一番かなあと思います」
「…………そうね。まずはそこからね。頑張るわ」
やがて、ライラックに連れられてティアーヌがやってきた。
(わあ、かわいい! とっても似合ってる!)
ペールグリーンの明るいドレス。ティアーヌの紺碧の髪やロイヤルブルーの目とよく合っていて、空と草原を身にまとっているかのようだ。レースやフリルのかわりに、スカートの裾にかわいい小花やリボンの刺繍がぐるっととりまいていて、女の子らしい可憐なドレスになっている。生地も軽そうだ。
(あのウエストのリボンがいいなあ、生地の質感もきらきらしてて、上品かつ華やか! うーんかわいい!)
ウエストの右に寄ったところに、大きな紺碧のリボンがつけてある。二本のひらひらした端が膝のところ辺りまである大きなリボン。淡いドレスの印象をきゅっと引き締め、スタイルアップさせていた。あれはおそらく取り外しのできるタイプのものだ。たぶん、ティアーヌが邪魔になればぱちっと外せるようになっていると見た。
かわいいし、ロマンチックだけど、活発な子でも負担にならないデザイン、すばらしい!
脳内スタンディングオベーションをしながら、ティアーヌを迎えるべくりのが立ち上がると、ティアーヌはまっすぐにりののところにやってきた。
顔がものすごく、緊張している。
そして、ティアーヌはそのまま、深い、聖女に対する最上位のカーテシーをとった。
(えっ!?)
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