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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第122話 イーストの話


 フルーツサンドの大部分が皆のお腹におさまって、あとは三つほど残っているだけになり、メアリたちがそれらを皿に移してバスケットを下げてくれた。

 そして、アラチェリアがふわりとりのに向き直った。

 今までフルーツサンドのおいしさを語っていたのだが、雰囲気が少し硬い。


 おお、来ましたか。


 そんな気分でりのはうっすらと笑みを浮かべた。


「おいしいお菓子をありがとう、リノア様」

「喜んで頂けたのなら嬉しいです」

「あの白いパンね、あなたの今日の本題は」

「ふふ、はい、そうですね、本題の一つです」


 やっぱりそうよねえと言って、かくんと肩を落とすアラチェリア。

 あれ? なんか誤解されてない? とりのは少し焦った。


(これ、ロゼの報告書がフィンレー様たちを経由してチェル様に伝わってる感じか。で、フィンレー様たちに、対策が全く進んでないと泣きつかれてる? その催促に来たと思われてないか、私?)


 いやいやいやいやいや!


「あの、チェル様、急いでませんから。いえ、むしろゆっくり進めて頂きたくて、早いうちにお話したほうがいいかなと今日お持ちしたんです」

「え? 早くこの柔らかいパンを広めてほしいなーってことではなく? そのためにお茶会を受けてくれたのかと思っていたのだけど」


ああ~~、フルーツサンドでパンを使ったから、その確信が大きくなっちゃった感じですね!


「いえいえそんな。まずはチェル様の体調を整えるストレッチの話が第一ですよ、もちろん。パンは二の次三の次です。それで全然かまいません」

「……そうなの?」


 はい、とりのは頷く。


「こういう新しいものの導入は、良いことには間違いありません。でも、急いで進めれば、きっと問題が起こるでしょう。それにチェル様、これは、お菓子ではなく、パンなんです」

「……そういうこと。民の主食であるパンに関係する市場を荒らしたくない、ということね?」

「はい。図書館で確認しましたが、小麦やライ麦の価格は見事に一定です。ですが、この白いパンが広まれば、おそらく荒れます」


 想像でしかないが、小麦の需要が高騰し、ライ麦から小麦へ乗り換える生産者も出てくるだろう。だが、ライ麦を主食とする低所得層というのも間違いなく存在しているだろうから、その人たちが少ないライ麦を求めて争い、価格が高騰し、結果、飢えることになるかもしれない。

 あの価格の一定具合、自然にそうなったとは思えない。つまり、国の手が入っている。自由競争に任せられないからこそ国が手を入れているならば、それを荒らすのは良くないだろう。


「なるほど。そこの調整は絶対に必要ね。だってこんなにおいしいんですもの、普段の食事からこの白いパンを食べたいと思う人はおそらく多いわ」

「特に貴族の方々ですね」


 さらりと言うと、アラチェリアがため息をついた。


「そうなのよね……。リノア様、ファルカ・エスタリのお話は聞いてるかしら」

「大体は」


 メリルが、ファルカの動機などをそっと教えてくれていた。

 あまり関心もなくてさらっと聞き流してしまったが、収監されて取り調べの後、王直々に罰が言い渡されるとか。


「おそらく彼女、強制労働になると思うわ。かなり過酷なところに行かされるでしょう。エスタリ家は領地没収の上、男爵に落とされる予定よ。一族揃ってファルカと似たり寄ったりの考え方をしているから、もう上がっては来られないでしょうね」

「そうですか。ダルクス侯爵家は?」

「表立っての処罰は難しいわね。寄り子を、それも筆頭分家を管理できていなかったとはいえ、家を継ぐわけでもない一令嬢のしたことだから。エスタリ家の領地を国に返させるくらいかしら。しばらく登城禁止は言われるでしょうけど、もう言われてますから、ダメージになるかと言われると難しいわ。チェザリア嬢の方も、『冗談だったんです』って震えながら言っていたそうだし、まぁ厳重注意かしら。ただ、あのご令嬢はもともと問題行動が多いから、今回の件でますます社交界での評判は落ちるでしょう。まあそれを気にしない性格の子だから、みんな困っているのだけど……」


 まったく、と再びため息をつくアラチェリアに、りのは気の毒そうな目を向けた。


「リノア様も被害者の一人ですから、何か処罰に希望があったら教えてね」

「はぁ、まぁ私は特には……」

「わかったわ。――彼女を見てわかる通り、貴族の中にはちょっと困った方々がいらっしゃって。あなたやカノン様が新しいものを生み出せば、きっと嬉々としてさらって行くと思うの」

「でしょうねぇ」


 思いっきり同意しておく。


「それで思ったのだけれど、特許という形で申請するのはどうかしら」

「その特許制度の詳細にもよりますけど、いいかもしれません。特許使用料を営利活動に限ってとって、家で作る分には無料にするとか、そういう形なら広まりやすいでしょう。材料の独占防止や、需要を満たす供給ができるような対策がとれてから、という話にはなりますが」

「無料でいいの?」

「構いません。営利使用料も低く抑えてもいいですし」


 だってもともとはロゼリアやイリット、メリルやレノアが、家や街で手軽に白いパンが食べられるようになったらいいなあというだけなので。あと、自分で作るのもいいけど、プロのパン屋さんが作る方がきっとおいしいだろうし。


「ただ、私の名前でとるか、間に誰かを挟むかは、もう少し様子を見たほうがいいように思います。間に誰かをお願いするとしたら、それを誰にするか決めるのも時間がかかるでしょう。国を挟んで、いっそ国の事業にするのも一つの手です」

「……そうね」


 今、りのの周りには問題が山積みだ。第一王子の問題やもう一人の聖女の問題など、今はあちこちに面倒ごとがありすぎる。そこで自分の名前を出すことがどういう影響をもたらすのか、よくわからない。

 だから、そういう問題たちの解決の目鼻がついてから考えていく方がいいだろうとりのは思う。イーストに関しては、別に国に持っていかれても構わない。主食は大事だからね。


「ですので、まずはチェル様にどんどん元気になっていただいて、それと並行しながら材料の調整なんかをしていくのがいいと思います。急ぎじゃありませんから、いつかそうなることを目標にしていきましょう」


 そっちの方が気楽で、きっと楽しいです、とりのは笑った。

 アラチェリアもほっと肩の力を抜いて、じゃあそういう方向で調整していきましょうか、と頷いた。


「材料は、小麦粉と、他に何があるのかしら」

「このパンとふつうのパンの違いは、私が作ったイーストというものです。パンを膨らませて柔らかくしてくれます」


 いーすと、と不思議そうにアラチェリアが首をひねっている。


「パンをふくらませるいーすと、ね……それを作るのに必要な材料は何かしら」


 りのはほほ笑んだ。

 安易に、「どうやって作るの?」と聞いたりしないところが慎重で頼もしい。


「私は干し葡萄と小麦粉を使いました。たしか、りんごでもできるはずなので、そっちもやってみようかなとは思っています」

「干し葡萄はティトルアンとジュランディアが名産地だわ。調整はつけやすいわね。りんごは、ロアーダ領とノディア領、それに確かノルフォードとセティロードでも採れていたわね」


 そっちは今はまだ難しいわねえ、とアラチェリアはつぶやいて、ぱんとひとつ手を打った。


「ひとまず、干し葡萄のいーすとの方で考えていきましょ! りんごは、リノア様の結果待ちね!」


 決断が速い。

 りのは思わず笑ってしまった。


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