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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第118話 初めての魔獣素材


 素敵なおば様たちとの井戸端会議、じゃなくてストレッチ講習会の後の一週間、りのは何かと忙しく過ごした。

 第三騎士団にライリー団長の様子を見に行ったり(すっかりよくなって、今は復帰のための地獄のトレーニング中だ)、有能な講師陣の講義にあっぷあっぷしたり。

 それに調整中だとはいえ聖女のお披露目会も近いので、それに関する準備がちょこちょこ始まっていて、なんだかんだと忙しかったのだ。


「リノア様、王妃殿下からお茶会の招待状と、ドレスが届きました!」


 魔術師団棟から講義を終えて戻ってくると、イリットが嬉しそうに招待状をシルバープレートにのせて運んできた。

 ありがとう、と受け取ると、ドレスは寝室へ置いてありますと言う。

 お茶会は一週間後。招待状の返信をメリルにお願いして、りのはドレスを見に行った。


「おおー、これはまたきれいな色!」


 澄んだ紺碧の、ワンピース型のドレス。しかも、丈が足首より少し上のフレアーラインだ。歩きやすそう!


「リノア様、これは最新のドレススタイルです!」

「最新?」

「はい! これ、もともとの型はもっと裾の長い舞踏会用のドレスで、ダンスでくるっとまわると裾がきれいな円形に広がるんですよ」


 それをデイドレス用に丈を短くされたのかと。

 楽しそうに、憧れを目にこめてドレスを眺めているイリットに和みながら、サーキュラースカートって言うんだっけ、とりのはちょっとスカートのすそをつまんで持ち上げてみた。


「うわ! すごい手触り! 軽い!」


 とても軽く、なめらかな布だ。

 シルクにも負けないつややかさだが、ちょっと湿ったような、手のひらに吸い付くような何とも言えない官能的な手ざわり。それなのにとても軽やか。向こうではちょっと見ない素材と布だ。りのは見たことがないけれど、向こうで「神の繊維」と称されているビキューナとはこのようなものなのだろうか。



「リ、リノア様?」



 シルクも分厚く織ればこんな感触になるけど、それも十分すばらしいなめらか具合なんだけど、それとは比較にならないなめらかさとしっとりさ。質感と反する軽さで脳がバグりそう。

 こんな美しい布、何に使えばいいの。

 ああ、こんな布でカーテンを作ったり部屋の間仕切りを仕立てたりしたらすごい贅沢なのでは……えっでも紫外線で灼けちゃうかも……そういえば劣化はどのくらいするんだろう。色落ちはどのくらいするんだろう。時間が立ったらどんな色になるのかな? そもそもこれ仕入れ値いくら? 私でも買える?



 さすさすさす……


 無言で布を撫で続けるりのを、イリットが無理やりドレスから引き離した。


「あああああ~~」

「リノア様、布も素晴らしいですがドレスも見てください!」

「…………はぁ~い」


 刺繍やレース、フリルは潔く何もついていない。ただただ、ハイクオリティな布をみせるためのデザインだ。

 上半身はやや細めだが、体に合うように作ってあるらしく、全体をほどよくフォーマルに見せていた。ノースリーブ型で、スクエアラインの襟元も脇のところもきちっとした直線のラインになっており、スカートの柔らかい雰囲気との対比が美しい。

 それに、やはり布がすばらしい。ハンガー的なものにつるされているドレスの周りをくるくる回りながら眺める。


「すごいねえ、見る角度で色あいがどんどん移り変わっていく……紺碧から群青、紺、また紺碧に戻って青から水色、薄水色……きれい」

「そうなんです。これ、パナクルファっていう魔獣素材の特徴なんですよ」

「パナクルファ……魔獣素材?」


 イリットによると、パナクルファというのは芋虫とクモを足して割ったような形の魔獣だそう。どこをどう足して割るのか、りのは聞けなかったが。

 そのパナクルファ、なんでもダンジョンにしか生息しておらず、また大変おとなしい性質だという。そのかわり、ダンジョンでも深い層、つまり強い魔獣がうようよいる層にしか生息しないそうだ。


「最近発見された魔獣で、深層に自分で吐いた糸で巣を作るそうなんです」

「糸……で、巣……クモ……?」

「そうですね。たまたま、ゴールドランクの冒険者たちが見つけたそうですよ。採ってきた糸を使って布を作ったらこんなに素晴らしいものになったということで、王家に幾巻か献上されたと記憶しています」


 さーっとりのは青ざめた。

 名残惜しくしつこくも布に伸ばしていた手を慌てて引っ込める。


「ま、さか、これ、その、献上された、布だったり……?」

「ハイ!!」


 その朗らかさは今はいらなかったかなあああ!

 りのは内心で叫んだ。イリットはぺっかぺかの笑顔である。


「――ああ、それにこれ、王妃様の色かあ」

「そういうお気持ちでお贈りくださったのだと思います」


 自分の色のドレスや衣服を贈ることは、自分がドレスを贈った人の味方だというアピールだ。つまり、この、王家に献上された布で作られた紺碧のドレスは、王妃としてのアラチェリアがりのの味方であるということを表している。


(……まあ後ろ盾はもともとほしいと思ってはいたから嬉しいことなんだけど……国王陛下、第三騎士団、アルフィオ様にユーゴ様、リシェル先生、それに王妃様かぁ。今のところ、ちょっと偏ってるかな。もう少し違うところも引き込めないか、アンテナを張っておかなきゃね)


 いろいろな角度から布を眺めながらそう考えているところに、メリルがやってきた。



「リノア様、アラチェリア王妃殿下に招待状のお返事を届けてまいりました」

「あ、ありがとうメリル……って、それは?」

「お伺いした際に、追加で受け取ってきたものです」


 メリルは、カバーのかかったシルバープレートを捧げ持っていた。

 一度テーブルに置いてカバーの布を外したシルバープレートに乘っていたのは、白いコルセットと、


「その布、この間王妃様が来てたドレスと同じ布では……? あ、あの銀灰色のドレスもパナクルファだったのか!」

「はい、おそらくそうではないかと。コルセットの方は付与をかけて軽くしているそうですが、もしストレッチの話をするのに邪魔であればつけなくてもかまいませんとのお話です。どうやら王妃殿下も、当日は気楽な格好でいらっしゃるそうですので」

「よかったー! コルセットなしで! ストレッチを実演しますので!」


 喜びのあまり元気にお返事。

 メリルはわずかに苦笑しながら、銀灰の布を取り上げた。


「うわあ……こっちも、すごくきれい」


 紺碧のドレスの方は、オパールの遊色のような光り方を挟みながら色が移り変わっていくのだが、銀灰の方はラメが入ったようなきらめき方をしている。織り方の差だろうか、それとも染織の違いだろうか。同じ材料で作った布でも、こんなに光り方が変わるのかと、りのは感嘆した。


「こちらは、王妃殿下のドレスの共布で作ったショールでございます。当日は王宮の屋内庭園でお茶をなさるとのこと、寒いといけないからこれを巻いてくるようにとのお言葉でございました」


 ドレスの紺碧の布よりも少し薄手に作ってあるのか、ふわっとした柔らかい肌触りがすばらしい。

 頬に当たる感触が柔らかくなめらかで、これなら肌がかゆくなることはないだろうなあと思った。

 イリットが首元に試しにまいてくれたが、こんなに薄いのに保温性があり、首元がほんのりあたたかい。


「……嬉しいわ。メリル、イリット、当日は着付けをよろしくね」

「かしこまりました、リノア様」

「おまかせください、リノア様!」


 二人らしい返事に頬を緩めた時、今度はロゼリアが入ってきた。

 ロゼリアは、一週間後のお茶会の時の護衛の打合せで、一度近衛騎士団棟に戻っていたのだ。もちろんその間は他の護衛騎士たちが部屋のドアの前にいてくれた。


「リン、お茶会でこちらから持参するものはありますか? もし悪くならないものなら、先に毒見などをしておきたいので預からせてほしいと言われていますが」

「あ、手土産のこと? うーん……」


 いくつか作ったブレンドティーを持っていこうかと思っていたのだが、向こうに預けるとなると話は別だなと思う。

 第一王子、第一王女の周囲に、あれだけダルクスの手先がいたのだ。王妃の取り巻きや毒見をする係の者たちの中に、手先がいないわけがない。りのは、この件に関しては、ごく一部以外の王妃の周囲を信用していないので。


「う~~ん……となると……」


消えものであること。

そして当日に持っていかないと悪くなるもの。



「……ロゼ、それ、いつまでに上に報告上げなきゃなのかな?」

「今回の指揮はマカリア団長がとっていますので、まあ、最悪前日までなら大丈夫ですよ」

「えっ」

「大丈夫です、私にお任せください」


ロゼリアがきりっとした顔で、けっこう怖いこと言ってる……。

りのは、マカリア団長にすごく困らされてきたのねロゼ、と思いながら、明日にはお返事するね、と引きつり笑いで答えた。






(魔獣素材、かぁ)



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