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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第117話 「すとれっち」


 アラチェリアがストレッチの講習会に送り出した侍女たちは、昼過ぎに、戻ってまいりましたと挨拶に来た。


 アラチェリアは昼前に、いつものずきんずきんとする頭痛を、呼吸法と氷嚢と濃いミルクティーで乗り切っていた。

 この対処法でおさまらない時ももちろんあるが、その時は寝室を暗くして静かな中で横になっている。痛いは痛いのだが、今までよりもずいぶん短時間で痛みが治まるので驚いていた。

 それに正直なところ、コルセットはどうしてもという時以外はしない方がいいと言われたのが本当にありがたかった。体の楽さが段違いなので。


 三人が戻ってきた時、アラチェリアはそんな頭痛を越えてしっかりと昼食をとり、最近お気に入りのトルカリアのお茶を飲みながら食後のデザートを食べているところだった。


「あら、早かったのね」

「はい。昼食の時間に申し訳ありません」


 アラチェリアはにっこり笑う。


「そんなことはいいのよ。私もいつものアレでちょっと昼食が押していたから気にしないで。今日のデザートはくるみとアーディルンのポイズンハ二―ビー漬けよ、あなたたちも後で頂いてちょうだい」

「ありがとうございます、チェル様」


 今まで食事をとるのさえ辛そうだった敬愛する主が、おいしそうにデザートを食べている風景。

 侍女はさっと人差し指で目の下あたりを撫でて、報告を始めた。


「チェル様、リノア・ミハイル様よりお茶会の件に関しまして、お返事をいただいております」

「そう、何と?」

「できれば二週間後くらいで、と仰っておられました」

「二週間とは、また少し後なのね。お忙しいのかしら」

「いえ、それが、本日リノア様に教えて頂いた『ストレッチ』の効果が出始めるのが十日から二週間後くらいで、その経過や結果についてもお話したいからとのことでございます」


 ああなるほどとアラチェリアは頷き、ではそのようにお願いね、と他の侍女に手配を申し付ける。

 そして、戻ってきた二人にソファをすすめて。


「そ・れ・で! 『すとれっち』はどうだった!?」


 緑色の瞳をきらきらさせて、跳ねるような言葉で侍女たちを急かした。

 ここ数年めったに見られなかった、本来の快活で明るいアラチェリアの様子に、一同が華やぐ。


「はい、チェル様。今からご報告させていただいても?」

「もちろんよ、早く早く!」


 はい、とメアリとマーガレットは、潤む目を瞬かせながら笑った。




 私共がミハイル様のお部屋をお伺いしてご挨拶させていただいた後、まずお茶を頂戴しました。チェル様におすすめの、頭痛に効果があるかもしれないお茶を三種、お味見させていただいたのです。三種とも大変おいしいお茶でございました。


 おいしいのはもちろんですが、体がぽかぽかしてきたり、口の中や気分がさっぱりしたり、それぞれに個性のあるお茶で。ミハイル様からは、味がお嫌いでなければ、その時の気分で選ぶと楽しいのではないかと。


 ええ、即効性はないそうなのですが、おいしいのが前提で、そのうえでちょっと良いことがあるかも、という感じで飲んでほしいとのことでございました。作り方は教わってまいりましたので、のちほど、ぜひお試しくださいませ。



 ストレッチの方は、まず座学にていろいろなことを教えて頂きました。資料を、筆記具とあわせてご用意くださっておりまして。


 はい、チェル様にお教えする際、困ったことにならないように、と。メモを取っていただいても構いませんとお気遣いいただきました。詳細に関しましてはのちほど資料をお渡しいたしますね。


 また、こちらは、お医者様や研究者の方々にお渡ししても良いそうでございます。その際の人選などに関しては、アラチェリア様にお任せします、と仰せでございました。



 ミハイル様によりますと、「ストレッチ」というのは、治療法であると同時に、美容法であり、また気持ちを快活にするストレス発散、という効果もあるものなのだそうです。


 はい、美容です。本日習ってきました「ストレッチ」は、重く締め付けられるような頭痛を軽くするためのものですが、「ストレッチ」はそもそも、上半身の痩身やお顔のハリ、小顔化、首を細くしたり鎖骨をくっきりさせたり、二の腕を細くしたり、腰痛や膝の痛みなど、本当に驚くほどいろいろなことに効果があるそうでございます。それぞれの目的ごとに、本当に数多くの「ストレッチ」があるとのことでした。


 ただ、それはすぐに効果が出るものではなく、最低でも十日から二週間続けなければならない、とも仰っておられました。もちろん長く続ければ続けるほど、効果は高くなるそうでございます。



 はい、そうですね。私もそのように、長く続けるのは苦痛なのではと思っておりましたが、実技のほうで実際にやってみますと、これがほんの十分から十五分程度の軽い運動……いいえ、運動ともいえないような動きをするだけのことでして。それも、ダンスや乗馬のように激しい動きは全くなく、むしろじっと動かずに体を伸ばすものなのです。これが、なんとも言えず気持ちが良くて!


 ミハイル様によりますと、このストレッチでは、痛いのは絶対によくないと。ちょっと痛い、けれど気持ちいい、という塩梅が一番大切なのだと。「いたきもちいい」と仰っておられましたわ。



 メアリとマーガレットがかわるがわる話すことを聞きながら、アラチェリアは自分の首を左右にちょいちょいと動かしてみた。

 ものすごく動かしにくいし痛い。これが気持ちいいに変わるのだろうか? 「すとれっち」で?


「痛気持ちいい。面白い考え方ね」

「はい。実際やってみますと、これが、少し痛いような気がするけれど全体的には気持ちいい、という、不思議な感じで。ただ、本日一回の実施ではありましたが、少し効果が出ているような気がいたします」

「え!?」


 この二人は腹心であると同時に、アラチェリアほどひどくはないものの、頭痛持ちだった。だから、似たような症状で困っているならばよい経験になるのではと選んだのだが、さっそく効果が出たとは。


「朝からいつもの重い頭痛がしておりましたが、『ストレッチ』を終えましたら、頭がすっと軽くなりました。時間がたつにつれてまた重苦しい感じが戻ってきておりますが、一時的にとはいえ、頭がすっきりいたしました」


 アラチェリアほどではなくとも、頭痛でときどき動きがおぼつかなくなっていたメアリが、朗らかにほほ笑んだ。


「わたくしは頭痛は変わらずございますが、肩や首の動きが『ストレッチ』前よりなめらかになり、動かすたびに感じていた痛みが軽くなっております。横を向けるのです、チェル様」


 首が動かなくても決して手を抜くことなく、しかしとても大変そうに仕事をしていたマーガレットが、くいっと左を向いて嬉しそうに笑う。彼女は普通の動作でも、重苦しい痛みのせいで苦労していた。それがこんなに簡単に。



「………本当に、本当に良かったわ」



 ため息をつくようにぽつりとアラチェリアの唇から言葉が転がり落ちた。

 それを聞いて、実家からついて来てくれた腹心の侍女二人の目が潤む。


「はい、チェル様。わたくし、これからもしっかりとミハイル様から学ばせていただいたことを身につけ、チェル様のお役に立てるようにいたします」

「わたくしも、首や肩の動きを戻し、なおいっそう御身のお世話に尽くさせていただきます。ミハイル様からも、他の『ストレッチ』が必要だったらまた声をかけてくださいと言っていただきました。チェル様、頭痛を軽くする『ストレッチ』の次は、何にご興味がございますか?」



 ここを出ていくときはどこか憂いを称えていた目が潤んだまま明るく笑っているのを見て、アラチェリアは無性に泣きたい気がした。

 この体調不良にかかってから、未来を見て考える余裕がどんどん削れていった。今日、今感じている痛みや不調に抗うのがせいいっぱいで、ずっとそこに立ち止まっていた。

 自分だけではない、自分の周囲にいる人にも、きっとそれを背負わせていただろう。

 

 けれど。




 ああ、光が見えた。




 アラチェリアの目にも涙が浮かんだ。




今日はここまで。

いよいよストックが尽きてきたな……。

お読みいただきありがとうございました。

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