第113話 ボドリー伯爵邸にて2
メリルは何も考えずに呟いて、それからはっとした。
「も、申し訳ありません、つい」
「構わないわ。ねえメリル、それ仰ったの、リノア様でしょう?」
「スティラお姉さま、よくお分かりになりましたね」
見抜かれて驚くと、スティラは珍しくはにかんで笑った。
「ふふふ、リノア様ならそうおっしゃるかなあって思ったの。私、リノア様とお友達になったのよ。お友達になってくださいってお願いしたの」
「まぁ、スティラ!」
「リノア様も、お友達が増えたわ、本に詳しい方と本の話ができて嬉しいわ、と仰っておられました」
「ふふふ。それでメリル、リノア様は何て仰ってた?」
「ええと、」
「大丈夫よ、ここでの秘密は、私はもちろん、お母様もユーフェミアも守るわ」
このボドリー家が王領アティラルの代官としてやっていけているのは、広い情報収集力と固い情報管理のおかげによるところが大きい。
メリルは、ボドリー伯爵家の寄り子としてそれをよく知っていた。
「あの、部屋に戻りましてから、お着替えの最中に、気持ちの悪い出来事だわ、と」
何かあったんですか? と聞いたイリットに、ざっとお茶会以降の出来事を話して聞かせて、リノアは独り言のように言った。
これはいつものリノアの癖。考えを整理するときの癖でついつい口に出しちゃうだけだから聞き流してね、と言われている。
たぶん、あの侍女を送り込んだのはダルクス侯爵よね。あの侍女の家はダルクス侯爵家の分家筆頭なんですって。
でもおかしいの、ダルクス侯爵の手先なら、佳音ちゃんをけなすはずがない。だって私と敵対してるんだもの、佳音ちゃんはどうしたって引き込みたいはずよ。
それなのに、あの侍女、やたらと佳音ちゃんを敵視してた。
もしかしたら、ダルクス侯爵とは違う、別の人間に何か命令されたのかも。
あの侍女、大分思い込み激しそうだったし、貴族的な常識みたいなのもわかってなさそうだったから、当事者たちっていうかダルクス侯爵だけじゃなくて、もしかしたら命令したその人も、なんでファルカがあんなことしたのか、状況が分からなくて大混乱かもしれないな。
それにしても、なんか、とってもずさんなのに、なぜか上手くいってるこの感じ。うーん、気持ち悪いー。
「それから、気持ち悪い人が間にいるのかな、と仰ってましたわ」
「待ってメリル、それ、どういうこと?」
「ええと、スティラお姉さま、リノア様が仰るには、」
ダルクス侯爵って、話してみた感じ、あんまり賢くないのよね。
悪だくみとか向いてないし、口でごまかしたり場を動かしたりっていうことができる人間じゃないと思うの。
でも、いろいろな計画は実行されてて、うまくいきかけているものもあった。今回の件とか、私の毒殺の件とか。
だとしたらダルクス侯爵のところに、そういう、どっちかというと運だのみ、運しだいな計画を立てている人間がいるのかもしれないわ。
そうねえ、ちょっと愉快犯というか、この計画はうまくいくかなーわくわく、みたいな、気持ちの悪い思考回路の人のような気がする。
まあ私の妄想だけどね。
「……なるほどね。それはありうるわ。参謀的な役割を果たしている者がいる、というのは」
スティラがすっと目を閉じて、何かを考えているようだった。
「だとしたら、狙いは何かしら。王家に人を送り込み、何かを調べていた、とか? 何を……?」
スティラもぶつぶつと呟く。
頭のいい人はみんなこうなのかしら、とメリルは冷めてきた紅茶を一口飲んだ。
少し苦くて、香りが弱い。
「――それにしても、リノア様は素晴らしい方ね。私たちと違って情報も限られているでしょうに、貴族的な考え方もお上手だわ」
聞こえてきたルネの台詞に引っかかるものを覚えて、メリルは目線を下げた。
「ルネ伯母様、リノア様をお茶会にお呼びしましょうよ。今なら、私からお礼を言いたいとか、理由をつけられるわ。いろいろなことをご存じでしょうし、お話を聞きたいわ」
「そうね、我が家にとっても有意義なことになりそうだわ。さっそく」
「お母様、ユーフェミア」
おそろしく冷え冷えとした声が、のどかなバラの庭に響いた。
楽しそうに盛り上がっていたルネとユーフェミアの動きが固まる。
「私、そのことについて話をしに来たの。いいこと、お母様、ユーフェミア。リノア様に手を出すのはおやめなさい」
メリルはえ、と思ってスティラを見る。
貴族的な思考でいえば、ルネやユーフェミアの考え方は普通だ。自派閥の強化のために、利用できるものはすべて利用して。
(――ああ、そうか。上手だわ、って上からの立場で、役に立つ、使えるという評価を、ルネ様は一方的にリノア様に下した。それが引っかかったのね、私)
「あの方は、おそらく見定めている」
「み、見定めている?」
ユフィの疑問に、スティラは無機質な視線を向けた。
「今までの聖女様は、わりと来てから時間を置かずにいろいろなものをもたらしてくださっている。それは事実よ。でも、リノア様からはそれが一切ないの。一切、よ? あの方は知識がないわけではないわ。私の管理する図書館の蔵書を平気でどんどん読破していく方なのに、知識がないわけがない。ということは、その知識のゆくえをあの方は気にして、様子を見ていると考えられる」
「そ、それは、」
「王家に対して無礼だとか、聖女のくせに役立たずだとか言ったら、ダルクスと同じになりますわよ、お母様」
ダルクス侯爵とガズメンディ公爵が聖女に自領で魔獣退治をさせようとしてフィンレー王から威圧され、接見禁止を申し渡されたことは、今や皆が知っていることだ。
「この世界の人間は、あの方たちにとっては憎い犯罪者だわ。それを忘れて、お茶会に呼ぶとか自派閥にいれるとか、よくも言えたものね。お母様、いつからボドリー家は王家に反し、ダルクスと思いを一緒にする家に成り下がりましたの?」
「そ、そんなことは」
「ユーフェミア、ティアーヌ王女殿下のために後ろ盾がほしい気持ちはわかるわ。でも、それを感じとられた瞬間、あの方はきっときれいに線を引く。ゆっくりと、けれどそのうち一切の接触ができなくなると思うわよ。その印象は当然ティアーヌ殿下にも及ぶし、下手をすると王族全体がそう思われる可能性もあるわ」
「そんな」
「利用してやろう、役立ってもらおう。そんな傲慢な考えを持つものは、きっと切り捨てられる。聖女様たちからもだけど、その前に王家からね」
びくりと二人が背を反らせた。
「そんな。だって私たちは、王家のために」
「そうよお姉さま、王族の方々のために」
「王家は聖女さま方に何も依頼していないのに? 王家が望んでいないのに勝手に推測で動くなんて、ファルカ・エスタリと同じ思考回路じゃない」
ひゅっと息を飲む音がした。
(スティラお姉さま、やっぱり怖い方だわ……)
子どものころ、スティラのこれは、主に教師に向けられていた。舌鋒鋭く、反論できない勢いで滔々と理性的に問題点を突かれて、心折れた教師は多かったのだろう。結構な勢いで教師が変わっていたし、それを見ていた子どもたちも怖がって、一人二人と来なくなっていった。
(でも、このままでは、スティラお姉さまだけが悪者になってしまう……リノア様の、お友達なのに。リノア様のために言っておられるのに、スティラお姉さまが悪意を集めるなんて、それはあんまりだわ。それなら、)
メリルは、意を決して口を開いた。
おとなしいメリルが、聞かれたこと以外に話題を持ち出すのは、このボドリー邸の敷居をくぐってから、おそらく初めてだった。
今日はここまでとなります。
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