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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第112話 ボドリー伯爵邸にて1


 その日、メリル・ジェランは一日休みだった。

 先日のリシェル・レンデリーア公爵令嬢とのお茶会、そしてその後のいろいろで、今仕えている聖女リノア・ミハイルから褒美として頂いた休日である。

 まだメイドの身とは言え、侍女を志す者としては当然のことをしたまでなのだけれど、とても助かった、助けてくれてありがとう、メリルは頼りになるわと言ってもらい、忙しかっただろうから一日ゆっくり休んで、と言って丸一日の休みをもらったのだ。


「その日は私も一日部屋にいるから、お仕事を心配しなくても大丈夫よ」


 と笑って、たまにはご実家にも顔を見せていらっしゃいと言われたのである。





 アトラロにおいて、貴族家は爵位で屋敷を持てるエリアがだいたい決まっており、伯爵家以上は王城のすぐ南の高級住宅地であるマティラ街に屋敷があった。

 メリルの実家であるジェラン家は、王城の西側に広がるアイゼニル街にある。アイゼニル街は、古くから貴族位を賜っている子爵までの屋敷がある街だ。ジェラン家は、実はかなり歴史の古い男爵家なので、もともとアイゼニル街の中に屋敷を構えていた。

 子爵以下の新興の貴族家は、マティラ街のさらに奥にあるルニーク街に屋敷があることが多い。


 一度実家に戻ってお土産を渡し、お茶会用のドレスに着替えてから、メリルは、マティラ街でも王城に近いところにあるボドリー伯爵家の屋敷を訪れていた。

 急ぎはしたものの、王城から出向いているので、少し遅れてしまったようで焦る。

 ボドリー伯爵家に着くと、幼いころからの顔見知りである家令が、バラ園に面したテラスへ案内してくれた。


 今の時期、ボドリー伯爵家の庭はバラが美しい。足を進めるごとに濃いバラの甘い香りが一面をひたす。


「遅くなって申し訳ございません。お招きありがとうございます、ルネ様」

「いらっしゃいメリル。時間は気にしないで、無理やりに呼んでしまってごめんなさいね」

「とんでもございません。こちらからお伺いしようかと思っていたところでございます」

「まぁ、そうなの? わたくしたち、気が合うわね」


 ルネ・ボドリー伯爵夫人は、名家の一角を預かるボドリー家にふさわしい優雅な女性だ。

 小柄で、豊かな紅茶色の髪を優美に結い上げ、涼やかな薄青の目はきらめき、明るい笑みを浮かべている。

 白い頬にえくぼの浮かぶ、にこやかな貴族女性。


 けれど。


「ごきげんよう、メリル」

「ごきげんよう、ユフィお姉さま」


 アトラロも含めたこの王領アティラルを治めるボドリー家の伯爵夫人であり、社交界での政治に携わる女性なのである。





 一通りお茶とお菓子を頂いた頃、ボドリー伯爵家の長女であるスティラが顔を見せた。


「まぁスティラ、あなたがお茶会に出てくるなんて珍しいこと」

「今日はメリルとユフィが来ると聞いたから、私も参加したほうが良いだろうと思って出てきたの。ドレスは許してちょうだい、作業の途中なのよ」


 飾り気のないグリーンのワンピースを着て、髪も一つに束ねたままの姿だが、特に驚きはしない。


「いらっしゃいメリル」

「ご、ご無沙汰しております、スティラ様。お邪魔しております」


 緊張してそう言うと、スティラがにっこりと笑った。


「まぁ、他人行儀ね。いつも通りスティラお姉さまと呼んでちょうだい」

「は、はい。ありがとうございます、スティラお姉さま」

「ふふ、お話するのは子どもの時以来かしら。でも忘れたりしてないから、安心してね」


 スティラの言う通り、直接言葉を交わすのは十数年ぶりだったはずなのだが。

 メリルはスティラの類まれな記憶力に感嘆した。


「ごきげんようスティラ様」

「いらっしゃいユフィ。いろいろうまくいったみたいね、おめでとう」


 ありがとうございます、とユーフェミアが笑う。

 スティラも椅子に腰かけ、今日の議題が始まった。


「あらためて、連絡ありがとうメリル、おかげであの女狐を牢に叩き込んでやれたわ!」

「お役に立てたなら何よりです……」


 スティラ、ユーフェミア、メリルは、同じボドリー家の派閥内の令嬢である。

 ボードリエ子爵家はボドリー家の筆頭の分家であり、ジェラン男爵家もまた古くからボドリー家の派閥にいる古株の家。

 そのため、幼いころは一緒に派閥の歴史や礼儀作法などを学んだ仲なのである。

 もっとも、メリルは少し年が離れているので、共に学んだのは半年ほどで、その後スティラと会うことはほとんどなかったのだが。



 実はメリル、ユーフェミアがファルカの罠にかかって不遇をかこっているという話は前もってルネに聞かされていた。ただ、それを逆手にとって情報収集に励んでいるので、ティアーヌ王女殿下に関する情報や噂話があれば教えてほしいと言われていたのである。

 一番欲しいのは、ティアーヌ王女殿下と会う機会だと聞いていたので、急いで連絡をしたまでのこと。


「それで、状況はどうなっているのかしら」


 おっとりとルネが問うと、ユーフェミアは目をさんさんと輝かせて話し出した。


(ユフィお姉さま、本当に外を繕うのがお上手なのよね……)


 情に厚く、賢く、そして謀略を実行することもできる。それがボードリエ家の特徴だ。ティアーヌ王女に見せる深い愛情も、敵対派閥に対する冷酷な顔も、ユーフェミアの持つ一面。


「ご報告しますわ、ルネ様、スティラ様。まず、今回の件、主犯はファルカ・エスタリということになりそうです」

「あら、チェザリア様はあのアバズレを切り捨てたのね」

「正確には王家が切り捨てさせてやった、というところだと思いますわ、スティラ様。と言いますのも、今回の件、ダルクス侯爵自身は半分ほどしか関わっていないようですの。王族の皆さまの周囲に人を送り込んでいたのはダルクス侯爵らしいのですが、ティアーヌ王女殿下の今の侍女たち、護衛騎士たちすべてがダルクス侯爵に関わりがある者たちではなかったようなのです」


 三分の一くらいはダルクスに関係のある家の者たちだったが、あとは家も派閥もバラバラ。


「ファルカは、動機を自白したそうです。なんでも、チェザリア嬢に、自分が王太子妃なり第二妃なりになれば、カーティス様かファルマン家のランドリック様、あるいはライモンド・レンデリーア様のところへ嫁がせてあげると言われたそうで」

「……は…?」

「わかるわーメリル、そういう反応しかできないわよね。でも多分本気よ、チェザリア様は。あの方頭が本当に軽いから」

「これスティラ」

「あら、お母様だってそう思うでしょう? あの手の人間には常識も良識も通用しないわ。ただひたすら、自分の欲望と煩悩が実現すると信じて疑わないの。幼児と一緒くらいの知能だと思って接するしかないのよ。まだ十四歳のカーティス様、治癒魔術の天才と呼ばれる全属性持ちのランドリック様、そして可愛いお子様が三人と、溺愛している奥様がいらっしゃるライモンド様。誰をとってもあんな不品行な女をもらってくれるなんてありえないでしょう。なのにそんなことさえわからないんですもの。まぁファルカ・エスタリの方がアレですけどね」


(スティラお姉さまも相変わらず、毒舌でいらっしゃるわ)


 スティラは、ひとみしりで緊張すると途端にどもったり挙動不審になったりするが、家の中や親しい人間だけのところだととても毒舌である。間違ったことは何も言わないし、不確定なことも言わないが、その舌鋒と思考の鋭さには誰も及ばない。「綺羅星のような天才」だと、心から思っている。


「公爵夫人を狙っていたのね。自分に務まると本気で思っていたのかしら」

「チェザリア嬢に見捨てられたと知っていろいろな情報を吐いているそうですから、王家としては良かったのではないかと思いますわ」


 チェザリア嬢。

 チェザリア・ダルクス侯爵令嬢は、ダルクス侯爵家の長女で、ローランをしつこく、しつこく、執拗に狙い続けている少女である。

 一方のローランは、なぜかその粘着質な恋情に気づいてもおらず、それがいっそう状況を混沌とさせていた。


(リシェル様もさぞお困りでしょうね……ティアーヌ様とは仲良くしていらしたから、よけい不愉快でしたでしょうし)


「つまり、父親のダルクス侯爵が紛れ込ませた人員を、チェザリア嬢が勝手に操っていたということ?」

「そうですわね、ルネ伯母様。チェザリア嬢が、聖女カノン様と第一王子殿下が婚約するのではないかと疑った、というのがもともとらしいんですの」

「まぁ、それはいくら何でもないのではなくて?」

「ええ、ありえませんわ。聖女カノン様のこの世界への心証は非常によくないらしいですし……」

「どこをどう誤認されたのかしら、チェザリア嬢は」


 あきれ顔を隠さないルネとユフィに、スティラが、だから頭が残念って言ったじゃない、と返している。


「それで、ファルカにカノン様を排除しなさいと命じたのではないかという話ですわ。ただ、それも、チェザリア嬢が口にした夢みたいなたわごとをファルカが勝手に信じて勝手に行動した、ということになるのではないかと思います。どうせ嫁がせる云々は口約束でしょうし、そんな冗談を信じる者がいるとは思いませんでしたわ、とか言えば、誰も反対できませんもの」

「まぁ、それはそれは……。ダルクス侯爵もいきなり身に覚えのないことで騎士たちが押し寄せてきて、慌てふためいているでしょうね」

「身に覚えがありすぎて、どれかわからなくなっているだけではなくて?」

「スティラ、もっと言葉はくるんでちょうだい」

「人前ならそうするわ」


 ああ、なるほど。


「当事者も混乱しているんじゃないか、というのはこれだったのね……」



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