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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第111話 共感と交渉


 テーブルにのせられた桃色の可愛い花をアラチェリアがつつくと、ころころと皿の上を転がっていく。

 子供のころ、実家のファルマン領の花畑で摘んだ花を思いだした。

 ほのぼのとした気持ちに包まれるアラチェリアの横で、侍女がそのお茶の作り方について聞いていた。


「なるほど、紅茶と比べて少し長めに蒸らすのでございますね」

「私はそうやって作ってもらっていますね。蒸らせば蒸らすほど香りなどは強くなります。ただ少し苦みが出ますので、その辺りは王妃様のお好みしだいでしょうか。時間や薬草の量で調節してみてください」

「承知しました。気をつけることはございますか」

「ええと、ごくごくまれにですが、このお茶を飲んで体にかゆみが出るひとがいるそうです。私は見たことがありませんけど、無いとは限りませんので、少しでも違和感を感じられましたらすぐに飲むのをやめてください。うがいをして、かゆみが出たところを冷やせばたいていは大丈夫です。息苦しそうでしたら、私を呼んでいただければ対処します。詳細は、トルカリアに詳しいお医者様やや食料品店の方に聞いてみてくださいね」

「ありがとうございます、ぜひそうさせていただきます」


 なんか盛り上がってるわね。と思った瞬間、彼女がこちらを見て笑った。


「眠る前や、眠れずに目が覚めた時にお飲みになると眠りやすくなりますので、必要な時はお試しください」

「わかったわ。これはどちらから手に入れたの?」

「宰相様にお手配頂いて、タンリ―食料品店さんから買い求めました。薬草の種類が豊富なだけでなく、鮮度や処理の対応がきちんとしていて、安心していただけました」


 鼻を寄せると、すっきりとした爽やかな甘い香りがする。

 アラチェリアはべったりと甘ったるい匂いがあまり好きではないので、このくらいの甘さが好ましい。


「……あなたも、釘をうたれているような頭痛がするのかしら?」


 数年ほど前からいきなり現れた不調は、公務もおぼつかないほどにアラチェリアの日常を蝕んでいる。

 治癒魔術をかけてもらっても、よく効くと評判の薬を飲んでも、あまりきかない。そしていつの間にか症状が復活してしまうのだ。


「いたしますね。ずきんずきんという頭痛も、頭をぎゅーっとされるような頭痛も、本当に嫌ですよねえ……考え事がおぼつかなくなるのが本当に困りものです」


 げんなり、といった風情の少女に、アラチェリアは共感を覚えた。


「そうなのよ、日々の仕事にも影響が出てしまうし」

「ああー、影響出ますよね、悪い方に……。王妃様はお忙しくていらっしゃるでしょうし書類仕事も多いでしょうから、よけいですよね、きっと。痛みを我慢して行動するのは辛いですし、なかなか治りにくいですし」


 何かを思い出すように目を細める彼女を、アラチェリアは驚いたように見つめた。その言い方だと、まさか。


「ミハイル嬢は、この不調の原因が何か、わかっているのかしら?」

「わかっているといいますか、うーん、説明が難しい……」


 彼女は宙を睨みながら何かを考えていたが、アラチェリアを困った顔で見てきた。


「ええと、私はこの世界での医学がどのように発展しているかわからないのと、王妃様がどのくらいまで人体のしくみについてご存じかわかりません。なので、どのくらいまでご説明したものやら、と迷っています。というのも、私の世界でもまだ原因も治療法も研究中で、はっきりしたことが言えないからです」

「さっきも言っていたわね、症状を抑える方法はわかる、って。根本の原因はまだわからないけれど、症状の理由はわかる、ということかしら」

「はい、その通りです」


 こくりと頷く。


「一つ言えるのは、この症状はひとによって軽重があるとはいえ、少なくとも私の世界ではそれほど稀有な病ではないということです」

「稀有な、病では、ない……」

「はい。現に私もこの症状には困らされておりますし、私の家族も友人たちも、仕事にかかわる人たちも、たくさんの女性が同じように困っていました」


 まぁ、そうなの、とアラチェリアは驚く。

 少し離れたテーブルについた、アラチェリアの娘ティアーヌと義娘(予定)のリシェルも二人して目を丸くしていた。


「先ほど王妃様にして頂いたのは、片頭痛と呼ばれるタイプの頭痛の対処法です。ずきんずきんと釘を打たれるような痛み、と言われておりましたね。はっきりとした原因はわかっておりませんでしたが、患部を冷やすこと、音や光など五感からの刺激を抑えること、濃いお茶に含まれている成分を摂取することなどが対策とされていました。友人たちも一通りやってみてましたが、体感、七割くらいの確率で効果があるようでした」


 王妃様にも効いてよかったです、と穏やかに微笑む。


「………そう、重篤な、珍しい病では、ないのね……」


 アラチェリアは、半ば茫然として、ほっと深いため息をついた。凝っていたものが抜けていくような感じがして、目が潤む。


「はい。女性に多い症状ではありますが、男性にもいました。とはいえ、症状としては辛いものですし、王妃様の症状はだいぶ重いほうなのではと……お辛かったでしょう。対処法が定まっていなければよけいご不安になられたのでは」

「………そうね。今日あなたとお会いしてよかったわ。安心しましたし、このへんずつう、だったかしら、対処法も教えて頂いたし」


 未だ公式に発表されてはいない聖女様は、おだやかに微笑んだ。


「王妃様、もう一つの頭を締め付けられるような痛みの対処法もお教えいたしますよ」


 えっ、と目を見開くと、彼女は少しだけ首を傾げた。


「王妃様に元気になっていただきたいですから、お伝えできることはお伝えしたいと思います」

「嬉しいわ、でもだめよ」


 目前のリノアではなく、周囲の侍女たち、そして娘のティアーヌがえ、と声を上げた。

 こんなにも思い上がっていた者たちが周囲にいることに愕然とする。夫の、国王陛下の思いは、身近にいる城内の者にすら届いていないのだ。


(なんて愚かなこと。申し訳ないわ)


 リシェルは、無表情にすっと視線を下げている。賢い子だ、とアラチェリアは思い、改めて聖女に視線を合わせた。

 彼女はうっすらと微笑んでいた。


「あなたは、わたくしたちの事情で今までの世界から連れてこられてしまった、いわば誘拐の被害者だわ。そんなあなたに、これ以上知識を差し出せというのはあまりにも傲慢。あなたはわたくしたちの奴隷ではないのですもの、どうかその知識ごと、あなたの身を大切にして頂きたいの。たとえ王族であっても、搾取は許されることではない」


 侍女たちと一人娘を強く睨みつけて、アラチェリアは強く言葉を放った。

 ティアーヌがはっと息を飲み、たちまちのうちに青ざめる。

 先ほど過ごし方のアドバイスをねだったメイドも、己の失態に気づいたのだろう、手でスカートをぎゅっと握りしめてうな垂れている。


「……では、こういたしましょう、王妃様」


 ただひとり平然としていた聖女が、柔らかく声を発した。

 ひりひりと張りつめ、後悔と恐れで満たされていた空間に、ふっと風が通る。

 その顔がどこか満足気で、アラチェリアは背筋がひやりとした。

 試されていたのかもしれないと気づいてしまった。


「緊張性頭痛……頭を締め付けられるような痛みの対処法をお教えいたしますので、対価をください。そうすれば、搾取ではなく取引です。きちんとした商売としてお話いたしましょう」

「………あなたはそれでいいの? 異世界の知識の価値は大きい、うまくすれば大金を生むわ。私を通さない方が大金を生むかもしれないのよ?」


 聖女はふわっと笑った。紫の目の中で、金色がきらめいている。


「構いません。王妃様は、私の立場を理解し、思いやってくださいました。ならば私も、その思いの分お答えしたいと思いますので」


 思いの分。

 あくまで対等に、恩には恩を、悪意には悪意をということなのだろう。


「それに、他のことならともかく、痛みを軽減する方法については、貴族に限らず悩んでいる方々にしっかり広めたほうが良いと思いますので、王妃様にお伝えするほうがよろしいでしょう。ですが、以前から申し上げておりますように、私は医者ではなく、対処法も合う方と合わない方がおられます。その二点はご承知ください。そしてできましたら、こちらのお医者様や研究者の方にも、効果を検証してもらって、よりよい方法を見つけて頂きたいです」

「……わかったわ。ありがとう。痛みに苦しむ民たちの分も合わせて、お礼を言わせてちょうだい」


 深々と頭を下げる。

 無理やりに連れてこられたのに、このウェルゲアの民の苦痛を思いやってくれたことが嬉しかった。


 リノア・ミハイルという名の聖女さまは、どういたしましてと軽やかに笑った。



今日はここまでー!

お読みいただきありがとうございます!

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