第11話 てごわい異世界人
アルフィオは、幼なじみの魔術師団長ユーゴ・ジュランディアと、大急ぎで王族の応接室へかけつけた。もう一人の異世界人が見つかったと聞いてほっとしたのもつかの間、ローランのもとへ連れていかれたと聞いたからだ。
慌ててやってきたのだが、中ではもう異世界人とローランの話し合いが始まっているようだった。いや、話し合いとは言えないだろう。わずかに聞こえる声では、一方的にローランが異世界人を責め立てている。
思わずチッと舌打ちをすると、隣のユーゴが深いため息をついた。
「困ったもんだねえ、ロロも」
「行くぞ」
とにかく、異世界人の誤解を解き、悪感情を消してしまわなければならない。いや、この様子だと消すことは難しいかもしれないが、少しでも薄めておきたい。
無理やりこちらの世界へ呼んだ自分たちのために働いてもらわなければならないのだ、少しでも好印象をもってもらわなければ。もう一人の少女が引きこもっている以上、せめてこちらだけでも良い関係を築きたい。
どうか素朴な少女であってくれ、と願いながら、扉の前の護衛に声をかけ、入室の許可を取る。
部屋に足を踏み入れて、アルフィオは背筋にびりっと寒気が走るのを止められなかった。
王子と自分の息子に向かい合っていたのは、美しい少女、いや、女性だった。
こちらの世界の基準では短めの髪をひとつにまとめている。夜のようなつややかな黒髪だ。
こちらを見てほんのわずか細められた、紫色と金色の入り混じった神秘的な目。
歴史書の記述通りの、いくつもの色がまじりあった「聖女の目」である。その目を見ると、本当に異世界からの聖女なのだ、と胸が高鳴るのを感じた。
だが、その動悸は次の一瞬で不穏な色を帯びた。
対称に整った顔にはかすかな笑みが浮かび、内心を悟らせない。老獪さが、あるいは積み重ねてきた人生経験がなければ、こんな表情はできない。
よりにもよって、なんでこんなのを侍女と間違ったんだ!
(これは難物だぞ……)
ひとまずユーゴと二人で丁寧に名乗ったが、名乗り返されなかった。それどころか、ここはどこかという基本も基本の問いをされる。
こんなことにも答えない人間たちを信頼するわけがないだろう。
暗にそういわれ、アルフィオはひとまず情報を集めることにした。
王子に何の話をしていたのか問うと、案の定、何を聞くこともなく詰問していたらしい。思わず頭を抱えたくなる。まずしなければいけないのは謝罪だろう! と叫びたい。
というか、おそらくこの二人は彼女に起こったことを知らずにここにきている。アホめ、と息子と王子の後ろにいる黒幕を心の中で罵り、交渉役を代わるべく口を開きかけた。何ならこの二人はここで外に出してしまいたかった。
が、それは失敗に終わる。
「侍女なのになぜ逃げた、と聞かれましたので、侍女とは何ですか、とご説明いただいておりましたよ」
女性に先を越された。
アルフィオではなく王子を見て淡々と状況を説明する彼女は、明らかに王子を責任者として見ているようだった。
それは間違いない、間違いないが、それでは困るのだ。
案の定、王子も息子も言葉を切り返されて青ざめている。
内心アルフィオはため息をついた。
完全に、彼女はわかってやっている。
責任者と見立てた二人に自らのされたことを知らしめ、その罪をつきつけている。そうする目的がある。
このままでは、彼女のいいように遊ばれかねない。
隙間を縫って、何とか話の主導権をつかみ、王子と息子に挨拶をさせた。
これで、なんとか交渉のテーブルにつけただろう。
紫と金色の目をした美しい女性は、それでも王子を睨みつけるようにしてリノア・ミハイルと名乗った。
(怒っているか。まあ当然だな……)
「ミハイル嬢、まずは謝罪をさせてください。大変申し訳ありませんでした」
アルフィオは立ち上がり、深く腰を折った。父上!? という息子の動揺した声が上がるが、そのままじっとしておく。少女の許しを得なければ話がすすまない。
「何に対しての謝罪でしょうか」
しかし、リノアは許してくれなかった。やはり手ごわい。
「侍女扱いしてしまったこと、御身を危険にさらしたことに対してです」
「あなたの指示のミスなのですか? それとも、この件の最終決定はあなたがなさったのですか?」
「それは……」
「違うのならばあなたからの謝罪は不要です。いただいても意味のないものですし、お互いに無駄でしょう」
ぐ、とローラン殿下が唇を噛むのを視界の端にとらえたが、彼は何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。
ここで謝罪してくれれば問題は軽くなるのだが、王子には無理だろうともともとから思っていたので、動揺することはない。
アルフィオはしかたなく腰を戻し、入り口の騎士に合図を送った。
「きちんと客間にご案内し衣食住を提供するはずだったのですが、メイドと騎士があなたの立場を勘違いして粗略に扱ってしまったのです」
がちゃりとドアが開き、突き飛ばされて入ってきたのは、若い男女だった。
両方とも乱れた衣服の上に縄を打たれている。頬に青あざができ、唇は切れて血がにじんでいた。男のほうは目の上も青黒く腫らしていて、前歯が何本か折れており、女の方は髪の毛がざんばらに短く切られていた。
「二人の処分は、処刑でもなんでも、あなたの思うままにどうぞ。私たちは一切かばいませんので」
リノアを案内した騎士と、彼女の世話をするはずだったメイドの顔が悲痛に歪む。
助けて、同じ侍女でしょ、とかぼそい悲鳴がこぼれた。
侍女とメイドの違いもわからない新入りの分際で、大問題を引き起こしたことの反省はないようだなと呟くと、二人の顔がひきつった。許して、ごめんなさいと悲鳴のように女は泣き出し、男の方もぼろぼろ泣きながら、助けてくださいと彼女の足元へ縋ろうとしている。
(若い女の子だ、多少の動揺は見せてくれるだろう)
いくら冷静でも、人の命を預けられれば心の柔らかなところがでてくるだろう。人を裁くということは重いことだから。そこにつけこみたい。逆に、嬉々として処刑を命じるような傲慢さがあるならば、こちらもそれなりに対処をしなければならない。
しかし、リノアから返ってきたのは、アルフィオの思いもよらない言葉だった。
「興味ありません」
室内の一同は言葉を失った。震えながら裁きを待っていた二人の罪人も含めて。
沈黙を破り、ユーゴが軽さを装って聞いた。
「えっと、ミハイル嬢、興味ないってどういうことかな?」
「言葉通りですが」
彼女がおっとりと首をかしげると、黒い前髪がさらりと額から頬へと滑り落ちる。
「処分しないということですか?」
「それはそちら側の問題でしょう?」
言葉遊びのように返されて、アルフィオが彼女を見つめると、小さくため息をつかれた。
「そこの人たちがクビにされようが、手足を斬られようが処刑されようが、私には興味がありません。その二人の独断であろうが、……誰かの命令であろうが、私がされたことに変わりはないのですから」
ちらりとローランを見て薄く笑うリノアに、アルフィオは小さく唇を噛む。
嫌な一撃だった、今のは。
「というか、そもそもこの国は、被害者が感情のままに罰を下せるものなのですか? 法律や罰則規定はないのですか? それとも王の一存で裁きを与えるのですか?」
「もちろん法はあります。法に基づいての、陛下をはじめ、各部署の上司裁量による処分が主ですが……」
「ならば、法や彼らの上司の裁量に従い、正式な手続きを経て罰してください。私は減刑を求めるつもりは毛頭ありませんし、逆に通常より重い刑も望みません。適切に裁けばよろしいのでは? 被害者として聴取が必要ならお話しします」
何とも頭の痛いことになった。完全に突き放されただけでなく、法の裁きに重きを置き、処罰の確定条件を明確にしてきたのだ。
もし今後、王族や自分が強権を発動して彼女に何かを強要しようとしたら、彼女はこの件を蒸し返して盾としてくるだろう。「法はどうなっているのか」「私の上司はあなた方ではない」と言って。
「……わかりました。ではそのようにいたします」
謝罪させてもらえなかった。
心の弱みをつけなかった。
強権に対して警戒されている。
このやりにくい相手にどこから切り込むべきか、アルフィオは頭を悩ませた。




