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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第108話 片頭痛ってつらいので


 りのはあわててよろめく王妃を支えようとして、ぴたりと動きを止めた。


 貴人に手を触れてはいけません。そういう場合は、必ずその方の護衛騎士が動きます。

 そう言ったリシェルの言葉を思い出したからだ。


 その記憶の通り、王妃の傍に控えていたマカリアがさっと手を差し出し、王妃を支えた。

 それから、ぴたりと動きを止めたりのに、偉かったなというふうにニッコリ笑った。


(うわっ、眼福ー!)


 カッコいい女騎士様のファンサを受けて疲れが吹っ飛んだ気がして、よっしゃいっちょがんばるかと気合をいれた。

 何に?


 王妃の健康問題に、である。





 その場のざわめきを抑えたのは、当の王妃自身だった。

 緩く手を振って、問題ないわ、と呟く。無表情ではあるが、やはり痛みをこらえているようだ。

 彼女はしばらくぼうっとしていたが、やがてりのに視線を向け、再度頭を下げようとした。

 あ、それダメなやつ!


「王妃様、謝罪に関してはまた場を改めて」


 そう告げると、アラチェリア王妃はすっと表情をなくした。

 おそらく拒絶に聞こえたのだろうと、りのは慌てて言葉をつなぐ。


「今は、王妃様の体調の方が重要です。――リシェル先生、この場を少しお借りしてもよろしいでしょうか」

「ええ、もちろんです。お好きにお使いになって」


 りのは王妃にガーデンチェアを勧めた。

 アラチェリア王妃は、そのエメラルドの目を物憂げに伏せて口を閉じ、すとんと腰を落とした。表情を繕う気力が尽きたのだろう。りのにも覚えがある感覚だ。風船から空気が抜けるように、ふしゅうと体から力が抜けていくのである。


 その生気のない様子に、侍女たちも護衛たちも、リシェルも、そして娘であるティアーヌも顔を暗くする。


(あ、思いだした、あの顔のしかめ方、頭痛い時の友だちにそっくり)


 りのは向かいの椅子に座って、あらためて王妃の様子をじっと観察する。

 もともとアルフィオから、大きな病ではなくいくつもの不調が重なっていると聞いているので、それを頭において。

 緊張性頭痛か片頭痛か、首から上のどこかが痛いのだろう。お腹とかだったら丸くなるけれど、王妃様は背を伸ばせているから。

 さっきふらっとしたのは、睡眠不足とか貧血の可能性、もしくは頭が痛くて足に力が入らなかったとか。


(睡眠不足は更年期障害でもあったけど、貧血はどうだったっけ。あとで調べておくか。まあそっちはひとまず置いておくとして、やっぱり頭痛の方がひどそうかな。わかるー、肩こりとかからくる頭痛って、ほんとイヤなのよね、しつこくて。片頭痛とか起きた日には鎮痛剤一択だったわ私)


 じっと見つめながら観察し、はたと気づいた。「鑑定」すればいいんじゃん!

 しかし、この場で王妃に触れるのはリスクが高すぎる。倒れ込むのを支えようとするのでさえ警戒されるのだ、たとえわずかといえども魔力を体にあてるのだから、バレたらえらいことである。


(うん、まずは私がしてた対症療法からかな。それで治らなければ、なんとか理由つけて「鑑定」して、魔法でひとまず治そう。鎮痛剤もあるけど、こっちの人に向こうのものを使うの怖いから、あれは本当に最後の手段ってことにしよう)


 魔法があるってけっこう心強いなと現金なことを思いながら、りのはおもむろに口を開いた。ささやかな、小さな声で。


「王妃様、今、もしかして、頭が痛いですか?」

「ええ」

「わかりました。お声に出さなくてもかまいません。はいの時は一回、いいえの時は二回、指でテーブルをたたいてください」


 けだるげにアラチェリアがりのを見て、とんとテーブルをたたいた。


「頭痛にもいろいろ種類があります。今王妃様が感じているのはどのような痛みでしょうか。頭をぎゅっと締め付けられるような重い痛みであれば一回。釘を刺されているような、ずきんずきんという痛みであれば二回。どちらでもなければ、テーブルに丸を書いてください」


 指は少し迷うようにテーブルの上にとまっている。


「ずきんずきんという痛みはありますか?」


 とん、と指がかすかに動いた。


「より痛みが大きいのはどちらでしょうか? ぎゅっと締め付けられる方なら一回、ずきんずきんとする方なら二回、お願いします」


 とんとん、とテーブルが叩かれて、りのは頷いた。


「もうひとつ、そのずきんずきんとする頭痛は、痛くなり始め……、たとえばここに来る途中とか、ここに来てから始まったものですか?」


 とん、と一回。

 片頭痛かあ、ほんとに辛いやつだ……。

 でも、痛くなり始めならまだいけるかもしれない。


「王妃様、その痛みは私にも覚えがあるものです。ですので、私のしている対処法であればお伝えができますが、王妃様にも効くとは限りません。痛みも対処法も、個人差が大きいからです。それでもよければ、試してみられますか? 私が王妃様に触れることはありません。すべて、王妃様の侍女の方にしていただきます」


 指が迷わずとんとテーブルをつく。

 りのは、大きく頷いて、次々に指示を出し始めた。ただし小さな声で。


「ええと、すみません、皆さん、ここからは大きな声や音を出さないでください。王妃様の頭痛がひどくなる可能性があります。声を出すときは小さくお願いしますね。ではまず、王妃様のひとまずの休憩場所を確保したいです。あちらの木陰の日の当たらないところに、テーブルと椅子の用意をお願いします。あ、リシェル先生とティアーヌ王女様のためにも、少し離れたところにテーブルと椅子を。必要があれば他の方のためにも。えっと、できれば男性の方で行ってもらえますか?」


 男性騎士たちが戸惑うようにマカリアを見た。マカリアは、ささやきというにはすこーし大き目な声で、


「もともとチェル様はこの方にご相談なさろうとしてたんだ。心配ないから、ここは私に任せていっておいで」


 護衛騎士たちが静かに歩み去った。

 その背が十分離れたのを確認してから、りのはさらにささやきのような声で、周囲の侍女たちを呼び集めた。


「ごめんなさい、女性だけということで、少々不躾な質問をします。王妃様はコルセットをなさってますか?」

「お答えをお許し願えますでしょうか」

「もちろんです。どうぞ」


 少し年配の、優し気なたれ目の侍女が、同じようにそっとささやいた。


「コルセットは締めておられます。ただ、ドレスのライン的に、外しても問題のないものでございます」

「わかりました。では、コルセットは外すか、最大限ゆるめるかして頂きたいです。ここで行えますか? 一度貴賓棟に戻られますか?」


 その侍女は、他の侍女たちを問うように見回す。一人のまだ若い侍女が、控えめに手をあげた。


「直答お許しくださいませ」

「許します。どうぞ」

「ありがとう存じます。今、アラチェリア様を貴賓棟までお連れしますのは、アラチェリア様にとってはご負担になりますでしょうか」


 おお、自分たちの手間ではなく、王妃様の負担を第一に考えている。

 りのは少し感動しながら、できれば移動はもう少し落ち着いてからがいいと思います、と答えた。

 頭痛の時、特にずきんずきんと来てる時は、とりあえずうずくまって動かないようにしていたので。体感、そちらの方が痛みが治まるのは早かった気がする。


「承知しました。でしたら、あちらからカーテンを持ってきて、簡易の更衣室を作ってはいかがでしょうか。貴賓棟の備品室に厚手の冬用カーテンがあった記憶がございます」

「そうですね、それならばコルセットを外す間くらいは何とかなるでしょう。チェル様のお体には代えられません。すぐに準備を」

「あ、お屋敷に戻るのであれば、合わせて今からお伝えするものも持ってきてください」

「かしこまりました」


 黒いレース。

 スライム紙。

 薄手の布、ハンカチでいい。

 ボウルがひとつ。

 そして、そのボウルにいっぱいの氷を入れて塩をまぶす。




 頷いて、侍女が三人ほど、急いで貴賓棟へ戻っていった。



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