第105話 王女と侍女
※1月15日 一部内容・誤字を修正
※1月16日 誤字修正
侍女の名前を「ファルカ」で統一しました。
三人は急ぎ足でこちらにやってくると、りのに向かって、最上位ではなくとも、きちんと高位に対するカーテシーを披露した。
三人ともに体幹がぶれることもなく、控えめながら整っていて気持ちがいい美しさだ。
「異世界よりのお客様にご紹介申し上げます。こちらの二人は、ユーフェミア・ボードリエと、ソニア・フィンチと申します。もともと、ティアーヌ王女殿下の侍女を務めておりましたが、ご不興をかい、現在は城の下働きをする者たちでございます」
静かな紹介を、ティアーヌの悲鳴が遮った。
「嘘よ!! だって、」
「ティアーヌ様、お静かに」
リシェルがぎゅっとティアーヌを抱きしめる。
紹介された二人は、カーテシーの姿勢のまま深く頭を垂れ、挨拶をした。
仕えるものが、王家に対して通常に行うカーテシーだったとりのは思い返す。
(そっか、異世界人って聖女じゃなくても王族扱いなんだ!? てかそれならさっきのファルカちゃんよけいマズいな!?)
「異世界よりお越しいただきましたこの世界の光に並ぶお方にご挨拶申し上げます。私は、ボードリエ子爵家第三子、ユーフェミア・ボードリエと申します」
「異世界よりおいでになった尊きお方にご挨拶申し上げます。フィンチ子爵家の長女、ソニア・フィンチでございます」
りのは先ほど習っておいてよかったと思いながら、面を上げてください、どうぞお楽に、と声をかける。
三人がゆるやかに姿勢を戻すのを待って、問いかけた。
「あなた方はティアーヌ王女殿下の不興を買って、下働きに落とされたと仰った」
「ちがう、だって、ファルカは、二人がわたくしのことを嫌いになったからって、」
落ち着いて、とティアーヌの方をちらりと見ると、うっとティアーヌが口をつぐむ。
「ティアーヌ王女殿下はこのように仰っていますね。あなた方の間に、認識の相違があるように思います。あなた方の身に起こったことを、正直にお話しいただけますか」
「はい。お耳汚し失礼いたします」
ユーフェミアは、ティアーヌの侍女としては二番目の古株だったという。最古参の侍女が妊娠・出産を機に退職する際、入ってきたのがファルカとソニアだった。
ファルカは、自分は伯爵令嬢だから筆頭侍女は私であるべきと強く主張したという。
しかし、王女の侍女は勤めている年数が一番ものを言うと、ユーフェミアは教わっていた。だから、王妃陛下に報告を上げながら、ティアーヌが傀儡にされぬよう、健やかに育つよう見守っていたという。
同時にソニアの面倒も見つつ、侍女教育もしつつだったというから、このユーフェミアという侍女さんは仕事のできる人なんだなあとりのは思った。
ところが。
「ある時を境に、他の侍女たちが次々に辞め、新しい者たちが入ってまいりました。それと時を同じくして、王妃様との連絡が一切とれなくなりました。外部への報告のすべてを、そこのファルカ嬢が取り仕切るようにという辞令がおりたからでございます」
「その辞令書はとってありますか」
「もちろんでございます」
「ならばよろしいでしょう。必要が生じたら提出してください。――遮ってごめんなさいね。続けてください」
「かしこまりました」
報告を上げる先を握られ、ティアーヌ王女に関する相談もできなくなり、しかもどんどんティアーヌ王女の側付きから遠ざけられた。そして。
「一年ほど前でございましょうか、ファルカ嬢より、ティアーヌ王女付きの侍女から罷免されました。王女があんたたちを嫌っているからさっさと消えて、王女殿下のお情けで下働きに残してやったから、せいぜい頑張って励むのね、と」
「いやあああ! っだまりなさいよおおおお! ちがう、ちがうのティアさまあああ! 私はわるくなむぐっっ」
絶叫を上げるうるさい口に、ロゼリアがハンカチを突っ込んで黙らせた。
「ごめんなさいね、何度も遮らせてしまったわ。続きを」
「はい」
落ち着いた口調のユーフェミアの横で、ソニアがぼろぼろと涙をこぼしている。
(普通だったら王女付きの侍女だなんてエリートコースなのに、そこにのれたと思ったら下働きだもんねえ……そりゃあ辛かったでしょう)
「ティアーヌ王女殿下とお話をさせてほしいと何度も上申しておりますが、すべて返答が返ってくることはなく……」
「で、でも、ユーフェミア様が、せめて城内で、ティアーヌ様のお役に立つことができるなら、と、仰って。それで、私たち、下働きの子に混じって、……混じって、仕事を、」
「お二人とも貴族家の出身ね? ご実家に相談などは?」
そこで、ユーフェミアはきりっと背を伸ばした。
「確認しましたところ、実家への連絡も、圧力もございませんでした。何らかの政治的圧力がかかっておりましたら家から対処もできましょうが、私たち個人への妨害というレベルです。ティアーヌ様を権力闘争のきっかけにするわけには参りません。どんな危険が我が主に迫るかと思えば、実家もなかなか動けず……。ティアーヌ様の周囲は、その時点で私たちには把握ができなくなりました。それで、家の者とも相談し、下働きをしながら情報を得る機会を探っておりました。そうしましたら先ほど、」
ユーフェミアはちらりとメリルを見た。メリルはかすかに微笑む。
「あなた様付きのメリルが、レンデリーア公爵令嬢様の侍女殿と執事殿を通して、ティアーヌ王女殿下の侍女がひとりしかいないので、すぐにおそばにかけつけるほうがよいのではないかと連絡をくれたのです」
嬉しそうに目を細めて、リシェルの腕の中にいるティアーヌを見て。
「この機会を逃せば、下働きの身ではお会いすることもかなわないだろうと、急いで参りました。はしたなくまかり越しましたこと、心よりお詫び申し上げます」
深々と頭を下げた。
矜持と品に満ちた、美しい礼だった。
むー、むー、と動物が喚いているような音がするが、それは一切無視して、りのはティアーヌに向き直った。
「ティアーヌ王女殿下」
「……。」
ティアーヌは返事をしなかった。その目に浮かぶのは混乱と、諦めだろうか。
(諦め、かぁ。この性悪が侍女だといろいろ制限されてそうね。一年か……、子どもの一年は長いのにねぇ)
「今、ユーフェミアの話を聞きましたね」
「……。」
「では、次はティアーヌ王女殿下のお話をお聞かせください」
「え?」
大きな丸いロイヤルブルーの目が、ますます丸くなった。
「わたくしの、話……? どうして……?」
そこからかぁ……。
「ティアーヌ王女殿下、私たち人というものは、その個人によってとらえ方も感じ方も違うものなのです」
きょとんとしているティアーヌ。険がとれると、本当に可愛らしい子だ。こんな子を一年もいいように扱ってたとか、許されざるべき愚行!
「そうですね、たとえば、……ティアーヌ王女殿下、テミシアのスープはお好きでしょうか?」
「え、え~~……」
王族は、子どものころは基本的に好き嫌いを口に出さないように教育されているとリシェルに教えてもらっていた。大人になれば自分の好むものを発言することの意味も、使い方もわかって利用できるから構わない。だが、それが身につくまでは言わない方が周囲に混乱を呼ばないから、と。
嫌いと言えないからええと言ったけど、その言い方と表情がすべてを物語っている。りのは思わず微笑んだ。かわいい。
「テミシアのスープは癖がありますし、苦みが強いですものね。それを毎日出されたら、嫌がらせかなって思いませんか?」
「……思うわ」
小さく頷く。ちゃんと返事があった。
「でもそれが、貧血や眩暈に悩むその方のために、お医者様から出すように言われていたとしたら?」
ちなみに、ライリーはものすごい顔をしながら食べているらしい。アダンが爆笑しながら教えてくれた。楽しそうで何よりである。
「そ、れは……嫌がらせじゃない、わ……」
「ですよね。お医者様からすれば、治ってほしいための治療です。嫌がらせと思ってしてはいないでしょう。逆に、私みたいにテミシアのスープが好きだと、料理人さんは私の好みをよく知ってるな、嬉しいな、ありがとう、と思います」
えっという顔で見られた。
信じられないかもしれないが、苦いのが好きな大人は多いのだ。これは本当。りのはテミシアのスープがわりと、というかかなり好きである。
クレソンのポタージュの少し苦みの強いバージョンという感じで、りのの口には合った。
「人によって感じ方は違うのですもの、いろいろな方からそれぞれの話を聞かないと、本当に何が起こったのかはわかりません。ですから、あなたに起こったこと、思ったことをお聞かせください、ティアーヌ王女殿下」
お読みいただきありがとうございました!




