第104話 正論でガン詰め
※1月16日 誤字修正
侍女の名前を「ファルカ」で統一しました。
「ふぁ、ふぁるかを、」
王女が必死で、リシェルの胸の中から声を発するも、ちらりとりのが視線を投げると、凍りついたように動きを止めた。
ファルカ・エスタリはぼろぼろ目から涙を流している。アイラインを濃くしていたのだろう、涙が黒くなって目の周りや頬に落ちていた。パクパク口を動かしているのが金魚みたいで、ちょっとおかしい。
さあて、どこから削ろうかなあ、この女。
(うん、わたし、わりと怒ってるな?)
「リシェル先生」
ごめんね先生、ちょっとお仕置きにつき合って。
そんな気持ちで、リシェルに声をかけた。
リシェルは、ティアーヌをぎゅっと抱きしめたまま、というか、おそらくティアーヌにしゃべらせないために抱きしめたまま、何でございましょう、と落ち着いた声で返事をする。安易に名前を呼ばないあたりがサイコーである。
「先生は私に、侍女のお役目について教えてくださいましたね。侍女は主に仕え、お支えし、同時に主の過ちを諫めるものだと」
「はい。その通りですわ」
「ゆえに、主がいる場で主に先んじて発言したりすることは不作法であり、不敬でもあると」
「はい。その通りにございます」
「そして、王家の方につく侍女は伯爵家のものまでで、時に侯爵家のものがつくくらいだと」
「お間違いございません」
魔力を動かして、ファルカを引きずり起こし、正座させる。
こんな体勢、椅子で暮らすこちらの人間にはなじみがないだろう。したことがなければよけいに正座はつらいものだ。
(あとで痺れたところおもいっきりツンツンしていたぶってやるからなァ!!)
「ではなぜこの侍女は、侍女という職業にもかかわらず、主たる方を遮って話し出しましたの? しかも、なぜ公爵令嬢であるあなたに名乗りも挨拶もせず、勝手に口を挟んできたのかしら?」
このお年で、まだ礼儀作法を身につけていないのかしら。
リシェルの腕の中で、ティアーヌがぱちりとまばたきをするのが見えた。
先ほどまでの激情の熱がすうっと消え、何かを考えるような色が目に浮かんでいる。
おお、賢い子だなあ。
「申し訳ございません、私にはわかりません。王女殿下の侍女ともあろうものが、なぜそんな基本的な礼儀作法違反をするのか、見当もつかないのでございます」
「そう。では本人に聞いてみましょう」
すうっと目を細めて、ファルカを目で撫でる。友人にキモ怖いからやめろと言われていたりのの嫌がらせ術その一である。
ファルカはひい、と小さく悲鳴をこぼして、ガタガタ震え出した。
その顔の部分だけ威圧の膜をとってやり、その分膝に重しをかける。
「答えなさい。なぜ、公爵令嬢であられるリシェル様をないがしろにし、我が物顔で口を開いたのです」
ガタガタ震えながら、必死でりのを睨みつけてくる。
(この女、まだ私が佳音ちゃんじゃないことに気づいてないなあ。だから何とかなるって思ってるのか。でもなんで佳音ちゃんなら何とかなるって思ってるの?)
「わ、わわ、わたしは、てぃあーぬ王女さまの、じ、侍女よ!!」
「だから?」
「え?」
一瞬の隙も逃さず言葉を打ち返した。
「だから何だと言っています。あなたがティアーヌ王女殿下の侍女であることが、リシェル嬢に無礼を働いていい理由になると、本気で思っていますの?」
アホか。
「王族の方にお仕えするものすべてを貴族という。その貴族の中で公爵は王族に継ぐ身分とされている。私はそう習いました。私でも知っていることなのに、なぜあなたは、同じ王家にお仕えするもののなかで最上位にあたる公爵家のご令嬢より自分が偉いと思っているのです? 王女殿下の身近に侍っているからですか? それを言うなら、王族の身近に仕えてさえいれば、男爵家や平民の者でさえ、あなたやリシェル嬢より偉いということになりますのよ?」
それって。
「王族の威を借りているということであり、王族を傀儡にしているということだと思いますが」
しれっと言った言葉に、ファルカが一気に青ざめた。
ティアーヌもショックを受けたような顔で、かいらい、と呟いている。言葉の意味を知っていたらしい。
そもそも、この女の問題点はそこだ。聖女に関する礼儀うんぬん以前の問題である。逆にここを突けば、この女の非礼をうやむやにされる可能性は限りなく低くなるだろう。
(正論ばんざーい!)
聖女の扱いは政治問題だ。だからこそ、非礼の対象は聖女でない方がいい。
「おそれながら申し上げます。王族をおのが所有物のように扱い、思うままに操ろうとした侍女や侍従は、この国の歴史の中で散発的に見ることができます。その者たちは不敬罪、および王族侮辱罪が適用され、例外なく処刑となっております」
処刑。
リシェルの冷ややかな言葉に、ファルカがいやあ、とかすれた悲鳴を上げた。
「厳しい尋問の上、背後や命令系統を吐かされ、その上での処刑です。そのため、尋問が長くかかった者はほぼ処刑前に命を落としており、それでも王族の権威を保つため、遺体となってからさえも処刑されております」
わーお、リシェル先生が脅しにかかっている……!!
リシェルはりのが思うよりずっと怒っているらしい。
(じゃあ私ものっておこうかなあ~)
「加えて、聖女に対する不敬罪もありますね?」
「はい」
りのは、ゆったりとファルカの方へ歩み寄った。
いつぞやみたアニメか漫画のシーンを思い出して、歩む足跡を魔力で押して深めてみた。ちょっとしたサービスです。正座させられて視線が低いから、さぞかし怖かろう。
「ねえあなた、『聖女として呼んでさしあげた』なんて抜かしてましたわね?」
ダルクス侯爵やガズメンディ公爵にしたのと同じように、魔力で圧をかけていく。
りのは魔力を不可視の、形のない物体として扱いがちである。今のイメージは漬物石だ。
正座している足は固めているので、背筋がぐんと丸まった。
「誰もこんな世界に呼んでくれなんて言ってないわ。あなたたちが勝手にさらってきただけ。呼ばれたのは本当に迷惑だし嫌なことなの。あなたたちは、私たちにとって誘拐犯だってこと、わかってないわね?」
「ひ、ひぎぎ、ひぃ」
「犯罪者のくせに、泣き声だけは立派ねえ」
あまり痛くても言葉が聞こえないだろう。りのは少し圧を緩め、顔だけでも動かせるように調整した。
そして、ぐいとそのあごを上げさせて、至近距離から睨んでやった。
「『少しくらいは役に立て』? なんで私たち誘拐の被害者が、あなた達みたいな犯罪の加害者のために、働かないといけないの?」
ファルカは本当に、そんなこと欠片も考えたことがなかったのだろう、茫然としている。
ティアーヌも同じくだ。少女を見下ろしたリシェルの目に、残念な思いがうすく漂っていた。
「しかも、魔術師団長は言ったの、『今現時点で、お返しする方法はない』って。ねえわかる? 私たちにも家族や友達、親しい人、恋人、大事な人がたくさんいたのよ。学びたいこと、やりたいことだっていっぱいあったわ。それをね、あなたたちみたいな犯罪者のために、全部奪われたのよ」
しゃべってるうちに自分がヒートアップしてきたのがわかって、りのはひとつ息を深く吸った。
この件に関しては本当にブレーキがきかないな、と苦く思う。
でも、この性悪侍女だけならともかく、後ろにはリシェルとティアーヌがいるのだ。言い過ぎは、よくない。
「教えてあげましょう、ティアーヌ王女の侍女を名乗るあなた。私たち異世界人は、この世界に、いてくれるだけでいいと、フィンレー陛下から、直にお言葉を頂いています」
つまり。
「さっきあなたが吐いた言葉は、王への謀反であり、王を否定しているに等しいのですよ」
ファルカが今度こそ悲鳴を上げた。
違う、違うんです。わたし、私そんなつもりは。
(へぇ、王様に対する恐れはあるのか。おかしいなあ、それなのに王女を傀儡にしようとか思ったの? なんか違和感)
ロゼリアに目配せをすると、りのの威圧にも動じていなかったロゼリアが素早くやってきて、ファルカを取り押さえた。正座はさせたままの姿勢で動けないようにしている。すごい、プロの技だ。
それを確認してから、りのは威圧の魔法(未完成)を解除する。
どうやらリシェルの護衛騎士たちもうごけなくなっていたらしく、その時にはじめて、数人の騎士がリシェルとティアーヌを守るように二人の傍に寄った。
(えっと、この場合って私が警戒されてたりする?)
それだけのことをやっちまった自覚はあるが、これはまずい。なんとかごまかさなければ!
騎士たちの目が冷たい気がして、りのはちょっとだけへこんだ。
(――でもまあ、やっちまったものはしゃーないしゃーない。あ、そういえば王女様、護衛騎士たちはどうしたんだろ?)
ちょっと気になって、どこかにいるんじゃないかと辺りを見回し、最後に階段の上を見上げると、そこから三人の人影が見えた。
そのまま、歩きとしてはかなりのスピードで階段を下り、こちらへ近寄ってくる。
ひとりはさきほど出ていったリシェルの侍女。
残りの二人は、侍女の格好をした若い女性だった。ひとりは黒に近いこげ茶の髪に、けぶるようなブルーグレーの目が美しい知的な女性。もう一人は豊かなダークブロンドに琥珀の目をした雰囲気の整った女性。
「ユフィ、ソニア……」
ぽつりと、ティアーヌ王女の声がした。




