第103話 虎の尾(極太)をふむ
※1月16日 誤字修正 侍女の名前を「ファルカ」で統一しました。
※2月6日 誤字修正
向こうの世界でもなかなか聞かない言葉だよねえ、ごくつぶし。
りのがのんびりそう思っていると、その少女はりのをびしっと指さした。
あ、これリシェル先生が怒るやつ。
淑女は誰であれ何であれ、指をさしてはいけません。
「あなた、学園に全く行っていないそうね! なぜさぼるのです! 怠惰にもほどがあるわ! それに、学園にたまに行っても、お兄様にべったりしているだけではなく、カーティスにも色目を使っているとか! ふしだらにもほどがあります! 他の女生徒が迷惑しているのがわかりませんの!?」
うーん?
学園? さぼる?
この子、私と佳音ちゃんを間違ってない?
りのは学園に行ってはいない。年齢的な制限もあるし、四十のみそらで十五、六の子たちとの学園生活は正直エンリョしたい。
というか、佳音と自分では、けっこう雰囲気が違うんだけど、この子は佳音ちゃんにも会ったことがないのでは?
なのに文句言うとか、どんな身分であれヤバいのでは?
だって、りのはともかく、佳音は正式に聖女として扱われているのだ。
それなのに、後ろの侍女がにやにやしているのがなんだか気に入らないと思った。主の過ちをそっと諫めるのが仕事じゃないの?
薄い茶色の髪に、オレンジの目。顔立ちもきれいなのに、品のないにやにや笑いでいろんなものが台無しだ。
りのは残念なものを見る目で眺めた。
乱入してきた二人の横の辺りに立っているメリルをちらりと見ると、メリルが小さく頷いて、隣に待機していたリシェルの侍女にそっと耳打ちをした。彼女はそれを聞くと、遠回りをしてリシェルの元へ来た。小さくその耳に何かをささやき、リシェルが頷くのを確認してそっと去っていく。
(うーん?)
その間にも、女の子はきゃんきゃんと騒ぎ立てている。
「そのくせ、ドレスや宝飾品などを次々買い込んでいるそうね!? 高いものばかり選んでいると聞きましてよ! 今日だって学園はあるというのに、どうしてこんなところでお茶を飲んでますの!? 我が国の民たちが苦しんでいるというのに、なんと怠惰な! 信じられないわ! そのドレスだって、仕事をしないあなたには分不相応だと思うのが普通でしょう!」
おお、やっぱりこのドレス、かなりの高級品なんだー。
思わぬところから情報が入って、りのはちょっと得した気分になった。
なにせ、このドレスのお返しを考えなければならないので。
師から生徒に贈ったという意味ではお返しは必要ないとメリルに教えてもらったが、こちらの立場が聖女に変わると、体面的な意味でお返しをしないのはまずかろう。
かなり高いドレスなら、それだけの価値がある、あるいは利益が見込めるものを贈りたい。
そう思っていたら、チワワみたいなかわいい女の子が、きっとリシェルに向き直った。
りのがあまりにも聞き流すので、とうとうリシェルの方に矛先を変えるようだ。
「リシェルお姉さまもリシェルお姉さまですわ! こんなのに、なぜこんな素敵なドレスを贈ったりするのです!」
おや? お姉さま?
この子、ひょっとしてリシェルの知り合い? ちょっと嫉妬感が出てましたね?
いろいろわからない。
ちらりとリシェルを見ると、無表情。というか、無。これはかなりお怒りなのでは。
そこでりのはふと目を上げて、にやにやしていた侍女の顔に焦りが浮かんでいるのを見た。
(おや~? リシェルに話が行くとまずいの? うーん、まあいっか、『鑑定』)
有能な感じは全くしない侍女なので、気づかれることもなかろうと遠慮なく「鑑定」をかける。
(んー、ファルカ・エスタリ、二十四歳。エスタリ伯爵家二女。エスタリ伯爵家ってどこ? あー、ダルクス侯爵家分家筆頭……へえ~~)
なんとなくりのは事情を察した。
どういうツテかは知らないが、ダルクス派が送り込んだ侍女で、聖女である佳音を貶めたくてこの女の子を利用している。けれど、本人はもちろんだけど、その理由となっている人間もレンデリーア公爵家に太刀打ちできるほどではないから、リシェルを巻き込みたくはない。となると、この女が次にすることは、)
「ちょっとあなた、ティアーヌ様の御前でしてよ! カーテシーくらいできないの!? これだから怠惰な聖女なんて言われますのよ!?」
やっぱりそうくるよねー、必殺・話題ずらし!
りのに再度敵意を向け、仕えている主を差し置いて、自分できゃんきゃん吠えだした。
言葉が荒くてびっくりする。りのはこの世界で初めて、貴族が荒い言葉を使うのを見た。あのラギスロード団長やミラロード団長だって言葉は整っていたし、第三騎士団の騎士たちも、仲間内ならともかく、団長の前に出れば美しい言葉を使うのに。
ティアーヌと違ってまったく可愛げがなく、耳に鬱陶しい。
ちらりと横を見ると、ティアーヌもびっくりしたような目で自分の侍女を見ている。
(おーい、ファルカちゃーん、猫が百匹くらい脱げてますよー)
ティアーヌ様、という名前に覚えはあった。
ティアーヌ第一王女。
ローランの妹姫だ。
たしかに、その尊大な態度もローランとよく似ている。
でも、顔立ちはあまり似ていなかった。
(ローランとフィンレーさまはよく似てるのにね。この王女様、お母さん似なのかな? だとしたらお母さんものすごい美人だね?)
それにしても、この子、ローランと一緒で、聖女関連のことを何も知らされてないんだなー、とりのは思う。
知っていれば、こんなフィンレーやアルフィオの地雷を踏みぬくようなことは言わないだろう。
家族でご飯食べたりお茶飲んだりしながら、こういうことを話したりしないのかな?
ちょっと疑問に思ったが、あーそういえば陛下は残業続きの社畜モード、王妃様は更年期障害とか自律神経の乱れとかで体調不良なんだっけ、その辺からぐだぐだになってるのかな、と想像する。
この子もきっとさみしい想いをしているのだろう。おそらく、十かそこらの年みたいだし。
(反抗期でも親が恋しい年ごろよね。自分の気持ちのもやもやが抑えきれない、でも誰かに頼りたいっていうあの感じ。私も親にいっぱい迷惑かけたからなあ)
そこまで考えて、ああそういえば、ローランも上がってくる情報を制限されていたな、と思いだした。
あれはてっきり何かの理由でフィンレー王やアルフィオ宰相が止めているのだと思っていたが、違うのかもしれない。この王女にダルクス派の筆頭分家がついているのなら、ローランの方にだってその手のがいると考えられるだろう。そいつらが、意図的に自分たちに不利な情報を止めているのでは?
(んー、教育は親のお仕事だと思うんだよなあ……でも、王家って侍女とかが子どもを教育するものなの? それでこんな侍女がつくなら意味ないっていうか、むしろよくないのでは?)
めんどうだけど介入する? リシェル先生まで巻き込みかけてるしな?
でもめんどうだね?
ひたすら自分の手間だけを考えながら、侍女の言葉を同じく聞き流す。聞く価値のない話に耳も心も傾けるだけ無駄だ。
しかし、そんなりのの耳に、さすがにそれは一線を越えましたね、というセリフが飛び込んできた。
「せっかく聖女として呼んでさしあげましたのよ? 少しくらいは役に立ちなさいな!」
は?
「今、何ておっしゃいまして?」
りのは反射的に、魔力を分厚い膜のようにしてその侍女を包み込んだ。
フィンレー王の「威圧」の真似ができないかなあと思いながら開発している途中の、名前もまだついていない魔法。
いきなり不可視の膜につつまれた侍女は、驚きと威圧された恐怖から腰を抜かし、這いずって逃げようとしている。主を守ろうとしないあたり、本当に残念だ。
魔力を叩きつけて、四肢を地面に押さえつける。
コントロールが甘いので、とっさにティアーヌ王女を胸にかばったリシェルと、かばわれたティアーヌにも少し影響がいっているかもしれないが、まあそこは許してもらおう。王女様だって、多少のおイタはしているのだし。
「ひ、ひいぃぃぃ!!」
お前は許さんがな!
ねちねち詰めてやるから覚悟しろよ!
本日はここまでです。
お読みいただきありがとうございました!




