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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第102話 乱入!


 風が甘い香りを運んでくる。

 バラが主だが、どこかに植わっているのか、りのの大好きなジャスミンの香りもする。

 リシェルを相手におしゃべりしながら、花の香りと紅茶の香りを楽しむ、とても優雅な時間だ。

 あれからリシェルも、領地の名産のお菓子を出してくれた。フレンチトーストを小さく角切りにしたようなお菓子で、素朴でおいしい。


 あ、そういえば。


「リシェル先生、先生には一足早くお伝えしておきます」


 すっと人差し指を唇に当てて、ここだけの話ですよとささやいた。

 リシェルは目に少しだけ警戒の色をのせて、無表情のままじっとりのを見つめた。


「先日、私の聖女認定がおりました。現在、私と佳音様のお披露目の計画が立てられているそうです」


 今度こそ、海色の切れ長の目が真ん丸になった。


「リシェル先生には、お披露目の式の時の礼義作法もご指導頂きたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 リシェルまではこの話は伝わってなかったんだな、と、リシェルの驚く顔を見てりのは思った。無表情なリシェルがここまで表情を動かしたのだから、やっぱり初耳だったのだろう。

 どこまでこの情報が広がっているか定かではないが、リシェルにはいろいろこれから教わることも多いだろうから、早めに伝えておこうと思っていた。もちろん、アルフィオの許可はとってある。


 リシェルはしばらく目を真ん丸にしていたが、やおら立ち上がった。

 りのの前に少し離れたところに立ち、そして深く膝を折った。今までりのは教わったことのない、とても深いカーテシー。さらに、上半身をゆるやかに前傾させ、頭を深く下げた。


「!?」


 いきなりのことにぼうぜんとする。何をしたらいいかわからず、つられて慌てて立ち上がった。

 そんなりのに、リシェルは頭を下げたまま、静かに声を発した。



「改めまして、この世界とウェルゲアの光となられました尊きお方にご挨拶申し上げます。レンデリーア公爵家第六子、リシェルと申します。聖女としてご降臨あそばされたこと、心より感謝申し上げます」



「先生……?」

「リノア様、面を上げよとおっしゃって」


 ささやくように指示が来た。

 りのは戸惑いながら、けれどしっかりとお腹に力を入れた。こういうとき、声を震わせるのは良くないと教わっていたので。


「面をあげてください」


 その声から少し遅れて、ゆるゆるとリシェルが顔を上げる。膝は深く曲げたまま。


(あ、これは、習ったやつ! できるだけ早く言ってあげなきゃいけないやつだ!)


「どうぞお楽に」

「ありがとうございます」


 すっと、けれどゆっくりとリシェルが姿勢を戻した。動きの一つ一つが滑らかなのに、全然芯がぶれていなくてとても優雅だ。

 この動きをマスターするのに、どれだけの努力を重ねてきたのかと思うとりのは頭が下がる思いがした。

 リシェルはすっと立ち上がって、りのに相対してひとつ頷いた。そして目をわずかに、優しくたわめる。どうやら正解だったらしい。

 りのはもう一度、ほっとため息をついた。


「……びっくりしました」

「うふふ」


 リシェルは傍まできて、りのの手を自分の両手で捧げ持ち、ぎゅっと胸の前で握りしめた。


「――――良かった。これで、リノア様の扱いも正式なものになりますでしょう」

「リシェル先生……」


 これで、少しは安全になる。

 言葉に含まれたものに、りのはちょっと居心地が悪い。

 初めに侍女とまちがえたのはあっちだけど、聖女だと隠していたのはりのなので、心配かけてごめんなさい、という気持ちになった。


「今お見せしたのは、この国において国王陛下と王妃殿下に向けて、特別な場で行う最上位のカーテシーです。でも覚えておいてください、リノア様がこれを行うことは、絶対にありません。他国でも同じです。この世界において、あなたが礼儀として最上位のカーテシーをとる必要のある人間はいないからです」

「リシェル先生……」

「ふふ、聖女様に先生と呼んでいただけるなんて、光栄ですわ。これから、皆があなた様に今お見せしたような礼を執るでしょう。どうぞ臆することなく受けてくださいませ。おなかの中はどうであれ、それは当然の礼儀です。礼儀を守らぬ者に、あなたが礼を保つ必要もありませんので、覚えておいてくださいね」


 その言葉は、りのの心に静かにしみわたった。

 聖女と呼ばれることのプレッシャーと、過剰なほどの敬意。

 重いそれらを振り払うように、りのははい、と頷いた。それからそっと目を閉じて開き、意識を現実へ戻す。

 そして思った。



(私、すごくきれいなお庭で、甘い香りに包まれながら、無表情の美少女に手をとられている……!)



 我ながらアホっぽい感想だなと呆れて、それで完全に気持ちがフラットになった。


(すごいな、なんか私、すごい経験してるな……)



「……わかりました。リシェル先生、ありがとうございます。これからも、礼儀作法の講師として、よろしくお願いしますね」

「はい、もちろんです。この件、正式なお披露目があるまで、この胸にとどめておくことをお約束いたしますわ」



 少しおかしくなって、気持ちが軽くなって、二人でくすくすと笑った。






「なにをしているの!!」






 穏やかな空気を引き裂いたのは、かんだかい怒鳴り声だった。


 階段の上、逆光でよく見えないが、二人の人が立っていて、前にいる小さい人が叫んだらしかった。

 彼女は誰の手も借りずにばたばたと階段を走り下りてくる。


 うーん。


(あれはマナー違反では? あれ? お茶会じゃなきゃ走ってもいいの?)


 りのは首をかしげた。

 隣ではリシェルが珍しく目を細めて不機嫌そうにしている。


(やっば、これリシェル先生的には激おこというやつなのでは!?)


 その間に、元気な小さい子は階段を駆け下り、こちらにずんずんと近寄ってきていた。


(あらまあかわいい子!)


 それは、薔薇色の頬を輝かせた美少女だった。

 リシェルとは違うタイプの美少女で、全身から活気と生命力があふれている。紺碧の長い髪はふわふわとカールしており、ほどけかけのリボンもその闊達さをよく表していた。

 身にまとっているのは薄いブルーのプリンセスラインのドレス。フリルとレースがいっぱいついていて可愛らしい。


(うーん、なんか、似合ってなくない?)


 こんなにおてんば……ごほん、元気のいい子だったら、いっそ騎士服とか着せてあげてほしい。絶対、にあう。

 こちらの女性騎士の服は、男性用の騎士服を元にそれぞれの体型に合わせて作ってあり、カッコいいのに女性的なラインも美しいという一粒で二度おいしい服なのだ。

 それにしてもこのドレスを選んだ人は見る目がないとしかいいようがない。小柄だから、小さいからロマンティックなドレス、というのはあまりにも暴論では? 甘ロリ好きでももっと似合うのがあるのでは!? 小さい子がかっこいい服を着こなす素晴らしさを知るべきでは!?


 ひとくさりスタイリストに反論をしている間、その子が目の前まで来た。

 近寄ってくる目に敵意と侮蔑が現れていたが、りのはそれよりもその目の色に心を奪われた。


 深く濃い青。透き通ったその豊かな青色が、日の光の下で煌めいている。


(まさしくロイヤルブルーのサファイア……!)


 フィンレーの青空色とも、リシェルの海色とも違う趣きの美しい目だ。

 その目が、ぎろりとりのを睨んで、声高く叫んだ。




「この、ごくつぶし!!」



 うん?



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