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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第101話 アドルジュのメレンゲクッキー


「まぁ、かわいい……」


 侍女が箱を開いたのを覗き込んだリシェルが、おもわず、といった感じで口にした。頬が淡いピンクに色づいていてとてもかわいい。表情はまったく変わっていないが、声にうっとりとした色が混ざっていた。

 箱につまっているのは、オレンジ色のころんとしたお菓子だ。


「アドルジュのメレンゲクッキーです。先日、手慰みに作りました」

「リノア様が自らお作りに? それに、アドルジュ、と仰いまして?」


 深い青の目がわずかに見開かれている。そんなに異世界人がこっちのフルーツの名を知っていることが珍しいのだろうか。


「はい、こちらの世界の、今が旬の果物のアドルジュです。とてもおいしいので、お菓子にしてお持ちしました」

「ありがとうございます。とてもきれいなお色で、それによい香りがいたしますわ。失礼ですが、お茶と一緒に頂いてもよろしいかしら?」

「ええ、もちろん。ぜひご賞味くださいませ」


 持ってきたものをその場で食べたい、あるいは試したいというのは最高クラスの評価だと習っていた。領の名産品であればその場で商品のアピールができるし、なんなら商談につながることも少なくないのだそうだ。

 まあ二人きりだから、練習のためにもそうするだろうと思っていたので、習った通りに返す。

 よしよし、順調!



 テーブルに落ち着いて、良い香りのお茶が運ばれてきたら、まず茶会の主催者が毒見を兼ねて口をつけ、その後参加者も頂く。

 その際、お茶に関してひとくさり会話をするのが基本。

 お茶は主に紅茶だが、他国から珍しいタイプのお茶が入ってきた時には、それをメインのテーマとしてお茶会を計画することもあるとか。

 貴族女性にとって、やはりお茶は大切なものらしい。


「いい香りの紅茶ですね」

「ありがとうございます。リノア様はお茶がお好きだと伺いましたから、何をお出ししようかと悩みましたのよ。少しクセはございますけれど、お茶を飲みなれた方には物珍しいかと思いまして」

「まあ、お気遣いいただいてありがとうございます。恥ずかしながら、それほど紅茶に明るくはないのですが、こちらはレンデリーア領のお茶でしょうか?」

「ええ、そうですの。我が領はあまりお茶の木の栽培はしていないのですけれど、最近ニラザン山地近くの村で作るようになりましたのよ」

「……ちょっとスモーキー……煙るような香りがわずかにして、大人っぽいお味ですわ。これからが楽しみでいらっしゃいますね」


 リシェルが目を見開いた。


「リノア様、本当にお詳しいのですね」


 いえいえ、と軽く濁しながら、これは売りに出すとパヴィアの紅茶と被るぞぉ、とりのは思った。スモーキーな感じがよく似ている。おそらく乾燥に使っている木の種類が同じか近いかなのだろう。うーん、パヴィアってミュケディ領で、ミュケディって王領だったよなあ、と記憶を探った。


(まあでも、これもちょっと保留か。公爵家と王家の争いなんて手を出したくないところだし)


 次に侍女が持ってきたのは、りのの手土産のメレンゲクッキー。

 真っ白な地に柔らかな緑の縁取りがしてあり、一番外側は金。手間のかかった皿の上に、ころころの淡いオレンジが並んでいる。色合いも相まって、お皿に花が咲いているようでとてもかわいい。侍女さんのセンスが光りまくっている。

 持ってきたものの役目として、りのはひとつつまんで、ぽいと口に放り込んだ。

とたんに広がるのは、ブルーベリーによく似たアドルジュの甘み。さくっとしたメレンゲの歯ごたえも楽しい。


 とけるのを待って飲み込んでからお茶を含んだが、スモーキーな感じとの相性は微妙だった。こういうのこそクリアなお茶がいいのかなあ、でもクリアすぎると個性がなくて面白くないしなあ。そういえば、この間もらったノール・ルイのお茶、クリアすぎたけどどうしようかなあ。


 お菓子にでも使うかなあとちらり思いながらリシェルにどうぞとすすめると、リシェルは無表情のまま、ではちょうだいしますわ、と声だけを弾ませた。


 さくり。


 いい音がして、それに驚いたのだろう。リシェルのきれいな海色の目が丸くなっている。


「と、とけましたわ……!」

「ふふ、おもしろいでしょう? 今日はアドルジュの果肉と果汁を煮詰めて作りましたけれど、他の果物でもできるのではないかと思います。試したことはありませんので、そのうち作ってみたいと思いますわ。果物なしでもおいしいですし、蜂蜜を入れて作ってもおいしいんですよ」


 後ろでロゼリアが小さく頷く気配がした。たぶんリシェルには気づかれないくらいの、いつも身近にいるからこそ気づけるくらいの気配だ。


(ふふ、ロゼはポイズンハ二―ビーとレモンのメレンゲクッキーがお気に入りなのよね!)


 初めて作って食べてもらったとき、ロゼリアはとってもおいしいと幸せそうな笑顔をみせてくれた。それで思わず、ガラスの大びんを一個買ってもらって、その中に作った蜂蜜レモンのメレンゲクッキーを詰め込んで常備している。

 仕事あがりに、一個だけとって食べるのが、目下のロゼリアの楽しみらしい。かわいい。


「すてきなものを、ありがとうございます」


 リシェルの声が、喜びに弾んでいた。こっちもかわいい。


「こちらこそ、お楽しみいただけて光栄です」



 にっこりと微笑みあった。






「では、一端ここまでといたしましょうか」

「――――ふわあ、緊張しました……!!」


 リシェルの声に、伸ばしていた背をくたりと丸めて、りのは深くため息をついた。

 リシェルはぴんと背筋を伸ばしたまま、くすくすと上品に笑っている。


「よくできていましたわ、リノア様」

「ありがとうございます、リシェル先生……頭がいっぱいいっぱいでしたが……」

「これだけできていれば、後は場数を踏むだけですわね」


 一通りのルーティン部分が終わって、ここからが講義である。

 庭への下り方やカーテシー、チェアへの座り方など、細かいけれど注意しておいた方がいいことをいくつか教えてもらい、りのはそれをきちんとノートに書きとめた。講義ノートは、基本的にウェルゲア語で書いている。この礼儀作法の講義が、板書量は一番多かった。


「それにしても、このメレンゲクッキーだったかしら、本当に驚きましたわ。とてもおいしいだけではなく、とけてしまうんですもの」

「驚かせたかったので、大成功ですね」


 今度はりのがくすくす笑う。

 このメレンゲクッキーは、りのが作っている中でおそらく一番口にした人が多いお菓子だ。

 アルフィオやユーゴはもちろん、出入りの商人であるウェスやレオにも出しているし、メイドたちやレノア、ロゼリアをはじめとした護衛騎士たちにもよくあげている。お茶菓子としてヤン翁にも出したことがあった。

 しかし、今日まで、誰一人として「材料は何ですか」「作り方を教えてほしい」と言ったひとはいない。


(逆に言うと、異世界人の知識に価値があることを知ってるってことではあるのよね。そして、それを私から取ろうとはしていない……だから、そのひとたちはひとまず安全って感じかな)


 りのにとっては、相手の出方を見るよいテスターなのである。

 さて、リシェルやレンデリーア家はどうでるかな、と腹の中でりのは思う。


(こうやって、常に相手の出方を伺って、試して……なんか、ヤな奴になってるよなあ、私……もー!)


 自嘲は、無理やり紅茶と一緒に飲み下した。

 リシェルがもうひとついいかしら、とメレンゲクッキーを食べて嬉しそうにしているので、私ヤな奴でもおいしいもの作れるからまあいっか、と思ったのだった。



今日はここまでとなります。

成人のみなさま、おめでとうございまーす!

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