第100話 お茶会のはじまり
リシェルから招かれたお茶会は、庭園の一角で行うと聞いていた。
王宮から十五分ほど歩いたところにある庭園で行うらしい。
さすがに今日はドレスアップしてるから歩いて行くのはダメ、と言われ、王宮を出たところで馬車にのる。今日は侍女としてメリルもついてきてくれているので、一緒に馬車にのった。ロゼリアは、後ろの従者席に立つという。
王城内には移動のために馬車が結構走っており、そのための石畳の道路も整備されていた。王城の正門を入ってすぐのところにある巨大な執務棟と、その奥に広がる騎士団棟や魔術師団棟への行き来ができるよう、コンパクトにルート設計されている。それだけでなく、いろいろな庭園も同時に眺められるようになっていた。
(観光ルートっぽいよねー)
がたがたする座席に座って十分ほど移動した先は、貴賓棟内の庭園だった。
この王城には、二つの貴賓棟がある。左貴賓棟は国内の高位貴族のために、右貴賓棟は国外の貴族や大使のために用意されており、今回案内されたのは右貴賓棟の方の庭園だった。今は誰も泊まっておらず、王宮から近いということで選ばれたと聞いている。りのは初めて行くところだ。
実際、りのは王城内のほとんどの棟に行ったことがない。広すぎて、すべてを把握することはとても難しい。まして、りのは積極的に外へ出るよりも、部屋の中で本を読んだり料理をしたりする方が楽しいタイプなので、自分の行動範囲を積極的に広げようとはしていなかった。
(いやわかってるよ、ほんとはもっと動いた方がいいんだよ、情報を集めたり知り合いを増やしたりするためにも、安全を確保しとくためにもさ。でも嫌なんだよー、お部屋に居たいんだよー……)
馬車を下りて、貴賓棟の中の応接室に一度入る。豪華絢爛というよりは、上品、上質さをモットーにしているような設えだった。
そこで一端、身だしなみを確認したり、手土産の確認をしたりするのがお決まりらしい。
ドレスの細かいところを直してくれているメリルに聞いてみた。
「他のおうちに招かれたときでも、こういう場所で確認をするの?」
「その家の規模やお茶会の格式にもよりますが、一度待合室に通されることが多うございますので、そちらでされるとよろしいかと」
なるほど。
まあ心の準備や打ち合わせみたいなのも、社交の場では必要なんだろうなあ。
まるきり他人事のようにりのは考えた。
やがてやってきたレンデリーア家の執事? 侍従? の男性に案内されたのは、屋敷の裏手に続く庭園だった。
「階段になっておりますので、お気をつけてお下りください」
護衛騎士のロゼリアが手を差し出してくれた。
その手に左手を預けて、りのはドレスの裾を踏まないよう、気をつけて階段を下りていく。
(なんだっけ、ナントカ式庭園っていうんだよね、低いところにお庭を造るの)
そこは、正方形に地面をくりぬいて作られた庭だった。
周囲は低い生垣にとり囲まれ、真四角のすりばちのようになっている。斜面は目にも眩しい、青々とした芝生だ。
(うわー、子どものころにああいうところで草すべりやったなあ。段ボールがちぎれるまですべったっけ)
階段は屋敷からすぐの一か所のみ。とても見晴らしがよく、上から見たらだれがどこにいるのかが丸わかりになる作りだった。さすが貴賓の宿泊棟、防御が分厚い。
そして、正方形の中央には噴水があり、気持ちよく水を噴き上げている。一番外側には花壇がぐるりととりまくように作られていた。そしてその花壇を歩きながら眺められるよう、石畳の小道が作られている。噴水と小道の間は気持ちの良い緑の芝生で覆われていた。
(これだけの規模の芝生の手入れとか、考えるだけでゾッとします……)
自分の家の庭を一度芝生にして、雑草やら刈り込みやらの手間に泣かされたりのである。その苦労と手間を考えると、思わず敬語になってしまうレベルだ。
芝生の各角には、上から天辺が見える程度の高さの樹がそれぞれ植えられていて、さやさやと木立を揺らしていた。
階段を下りるごとに、花壇の花の香りが濃くなっていく。
生垣にからんでいるのはどうやらつるバラで、花壇に植えられている花は香りのよいものを選んでいるようだ。
階段を下りきって、左手の木立に案内される。ついていくと、ガーデンテーブルとチェアが据えてあり、その傍でリシェルが佇んでいた。
えっと、まずは。
「リシェル・レンデリーア公爵令嬢様、本日はお招きありがとうございます」
講義で習った通り、軽く膝を折ってカーテシー。
芝生が柔らかくてちょっとゆらっとしたが、なんとかこらえた。
「異世界よりお越しいただいたリノア・ミハイル様、おいでくださりありがとうございます。心より歓迎いたします」
リシェルも、軽く膝を曲げて優雅なカーテシーを披露した。
流れるような動きは、りのにはまだできないものだ。
(はあ~~、今日もリシェル先生は美しいわあ……)
白金の長い髪の毛はハーフアップにされていて、濃い紫の花を模した髪飾りがつけられている。
身に纏ったドレスは、ふんわりとふくらんだAラインの青紫のドレス。彼女の海色の瞳とマッチした色合いが彼女の髪の色ともよく合っていた。ドレス全体に小さな白い小花模様が刺繍されていて、少女らしい若々しさと可愛らしさがなんとも可憐である。
りのの纏うドレスとのリンクコーデなのに、こんなに印象が違うんだなあとりのはそっとドレスを確認しながら思った。
「リノア様」
「え? あ、そうだった……そうでした。リシェル様、こちら、少しですけどお持ちしましたの。よろしければお召し上がりください」
メリルにそっと促されて、そう告げてからメリルを見ると、彼女が小さめの箱をリシェルの侍女に手渡した。
こういった物品の受け渡しは侍女が行う。心のメモを確認する。
「まぁ、拝見しても?」
「もちろんです」
こういうお茶会での手土産は、そのお茶会の趣旨に合わせて用意するものだそうだ。自分の預かる領地の名産品を持ち寄ることもあれば、最近王都で流行りのお店、流行りかけているお店のものを持ってくることもあるという。
今回はリシェルと二人きりのお茶会ということで、特に手土産はなくてよいと言われていたのだが。
(さてさて、レンデリーア家の出方をそろそろ教えてほしいのよねぇ)
りのの礼儀作法の講師を志願したのはリシェル自身で、家の意向ではないとアルフィオから聞いている。
しかし、こういうドレスを贈るくらいの間柄になっていることは、家にはすでに伝わっているだろう。だってお金を出すのは家なのだろうから。そうなると、リシェルの行動にも家からの意向が混じってくる可能性がある。
(それはそれでいいんだよね、別に気にしないし、リシェル先生とは別口で考えるし。ただ、家としてどの方向で私に関わってくるのかはある程度把握しときたいかなー)
異世界の知識を手に入れるための道具として扱うのか、知識は別にして人としての付き合いを望むのか。あるいはほかの関わり方を望むのか。
それはレンデリーア家の考えなので、自由にしていい。
しかしそれに対してどういう態度をとるかはこちらの自由だ。
だから、これは、その試金石。
メレンゲクッキーにたいそうなミッションを持たせている気もしないではないが。




