第10話 交渉VS宰相と魔術師団長
入ってきたのは、二人の男性だった。
ひとりは深緑の髪に透き通ったアイスグリーンの目をした、壮年の男性。
切れ長の目に怜悧な顔のつくり、銀縁の眼鏡、隙のない服装……いかにもデキる男という雰囲気だ。少し細身で、いかにもデスクワークが得意です!といった感じである。顔のつくりがチェリーピンクの目の青年とそっくりなので、たぶん彼の父親だろう。
もう一人はきらきらとしたアメジスト色の長い髪にウィスキーのような琥珀の目をした、背の高い魔法使いの男。ローブを着ていたのでたぶんそうだろうと思う。上品で繊細な造りの顔立ちだが、好奇心を目にいっぱい溢れさせている。しかし、こちらも衣服や立ち居振る舞いに隙はない。
どちらもおそらくりのと同じ四十代くらいだろうと思われる。ずいぶんな美形で若く見えるから、もしかしたら五十代にさしかかっているかもしれないが。
王子様のおつきの父親か親族ならば、それなりの権力を持っていることは予想できた。偉い人と話すのは大歓迎だが、二人ともデキる匂いがぷんぷんするのが気にかかる。
これは手ごわそうだ、と内心で苦虫を噛み潰した。十匹くらい。
「はじめまして、異世界よりのお客様。私はこの国の宰相、アルフィオ・シプラストと申します」
「どうもはじめまして。僕はユーゴ・ジュランディア。魔術師団長だよ。よろしくね」
わざわざ腰を追って礼をする丁寧な自己紹介に、先に来ていた青年二人が目を瞠っている。
どうやら、自分たちの認識と何かがずれていることに気が付いたらしい。
二人とも、名乗りもせず叱責から始めた自分たちとの違いを思って、しまったとでも言いそうな顔をしていた。
(ふん、今さらでしょ)
りのは、集中する四つの視線を感じながら、再度ゆるっと首を傾げた。されるとイラっとすること間違いなしの仕草である。
「お名前をありがとうございます……ですが、そもそも、ここはどこなのでしょうか」
あえて名乗らないことで、お前たちを信用していないと暗黙のうちに告げる。
好意をもってはいないと、言葉ににじませた。
これを感じるか感じないか。そこで下手に出るか出ないか。それで交渉の方向性が大きく変わる。
「そして、こちらの方々はどなたなのでしょう」
ついでに、最初の二人には名乗りももらってないんだけど、と嫌味も付け加えた。
これで、青年たちの態度が俎上にあげられたことに気づいて対処してくるのであれば、やはり交渉慣れしているということ。
その時は、大人二人との交渉はできるだけ避けて、青年たちを間に挟み、慎重にやろうと決めた。
青年たちが失礼なことを言ってくれれば言ってくれるほど、向こうはりのに譲歩せざるを得なくなる。狙いはそれだ。
「……カーティス」
「は、はい、父上、すみません、まだ、名を名のっておらず……」
ぎろりと睨まれ、先ほどと違うおどおどとした色をにじませてチェリーピンクの目の子が答える。
あちゃー、この場で「父上」かぁ、やっぱり場慣れはしてなさそうだと思うりのの前で、宰相は続いてもう一人の金髪の青年に目を向けた。
「殿下、こちらの異世界からのお客さまと、どのようなお話を?」
その冷たい声に、金髪の子もひくりと肩をあげ、それから強い口調で返す。それはどう聞いても強がりでいっぱいの声だ。
「な、なぜ逃亡したのかを聞いていたところだ」
「逃亡、ですか」
「……侍女だと思っていたのだ」
「なぜでしょう」
「それは……」
宰相は、アイスグリーンの目をひたりと口ごもる王子様に向けていたが、やがて小さなため息をついた。
りのはあえてそこで口を挟むことにした。ちょっと嫌な流れを感じたからだ。では挨拶をしてお二人は外でお茶でも飲んて来てください、といいたげな、この二人をハブにしようかというような迷いの混じったため息の色。
それはまずい、この二人に退場されては困る。
「侍女なのになぜ逃げた、と聞かれましたので、侍女とは何ですか、とご説明いただいておりましたよ」
「ほう」
りのは視線を、宰相ではなく、王子様に向けたままにする。
お前は当事者だと、ここにいろと、目に力をこめた。
「侍女っておつきの方のことだそうですね。ですので、私は侍女ではありませんとお答えしました。私と彼女は初対面ですので、そのような関係ではありません。ちなみに、なぜ逃げたとの先ほどのご質問にお答えすると、殺されかけたからですね」
さらりと言うと、王子様とカーティスの目が真ん丸になった。
「嘘をつくな! なぜ殺されかけたなどと! 我らがそのようなことをするわけがないだろう! 若いからと愚弄する気か!!」
「あら、まさかこちらの人は……あなたたちは、食事も水もなしで生きていけるんですか?」
「は? そんなわけないだろう。何が言いたい!」
「メイドも護衛騎士もつけたはずだが、あの二人が暗殺者のわけがない。人員は精査したとケネスから聞いている」
りのが嘘をついたと思いこみ、さらに怒りをにじませる王子様に、カーティスが困惑したつぶやきを漏らす。
「ええ、そのメイドと護衛騎士ですか? そんなひとたちに、洗面所もない狭くて暗い部屋に監禁され、この一日半、食事も水ももらえませんでした。餓死させようとしているのだなと思って、何とか脱出したのに、またつかまってしまいました」
そこで、りのは初めて薄い笑みを消し、真顔になって青年二人を睥睨する。
「この世界では、勝手に人をかどわかして監禁し、水や食料を与えず餓死させることを、殺人と言わないんですか?」
青年二人が、たちまち青ざめた。
沈黙が広がる。
青年二人は、初めて聞いた話を理解して、今まで自分たちが言ってきたことの理不尽さに気が付いたらしい。
監禁され死の恐怖を味わった人間に、自分たちが何を言ったのか。
その衝撃に言葉を失ったようだった。
さらにりのは追撃するべく口を開こうとしたが、少しだけ早く宰相が口を開いた。
「殿下。お客人に私から説明をさしあげてもよろしいでしょうか」
依頼という口調をとりながら、その声には命令の色が強い。おそらくさらに上の……要は国王の、王子様の父親の意志なのだろう。だから王子様が悔しいような安堵したような顔をしているのだろうとりのは思う。そして、青年二人の置かれている状況を推察し、少しだけ可哀想に思った。
慣れていない仕事でミスをして、降格されたり外されたりすること。
りのにも経験があった。あれは辛い。さびさびと、心と体に冷たさがしみる。
宰相は、そんな二人を冷ややかに見ていたが、りのの視線に気づくと、、ゆったりと口の端を上げてみせた。
「では、その前にご挨拶を。カーティス」
「は、はい。私はカーティス・シプラストです。第一王子殿下の側近を勤めています」
つられたように、王子様もりのの顔を正面から見て名を名乗った。
「私はローラン・ヴィクター・ウェルゲア。この国の第一王子である」
なるほど、王太子ではなく第一王子と名乗るのか。王位継承のごたごたの匂いがする。
りのは面倒そうだな利がなければ関わらんとこ、と思いつつ、はじめてまっすぐに名乗った。
「私はリノア・ミハイルです」
偽名だけどね!
今日はここまで。
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