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生者が恐れる者

それは混沌とした光景だった。道路の真ん中で車がひっくり返り、タイヤがまだ空回りしている。騒がしい群衆が現場を取り囲み、さらに悪いことに――少年が地面に倒れ、意識を失いながらいびきをかいていた。正は眠りながら、地面から無意識に拾ったお気に入りのライトノベルを抱きしめていた。

まあ、少なくとも誰かはこの瞬間を楽しんでいたようだ…


退屈な詳細は省くが、要約すると:正は病院に運ばれ、失神は神経衰弱によるものと診断された。それでも何かが合わなかった。彼は死の幻視について一切言及しなかったのだ。

本当に俺が見えているのか? それとも失神が記憶喪失を引き起こしたのか! 俺は死神だから、人間の健康管理は得意分野じゃないってことで。しかし、どうでもいいことだ。俺にできるのは、あの少年を追い続けることだけだった。


数時間後、正はすでに帰宅していた。事故の処理は驚くほど早く片付いた。車は保険に入っていただけでなく、運転手が勤める会社の所有物だった。事故原因はタイヤのパンクか何かとされた。運転手は安堵した様子で、自分の勤務中に死亡事故を起こさずに済んだことを喜んでいた。

不注意な二人にとっては、誰の責任でもない重大事故扱いになった方が都合が良かったのだろう。


今、ベッドに横たわる正は疲れ果てて、服さえ着替えていなかった。まだ汗で濡れた汚れた服のまま、右腕を目の下に置いて休んでいた。部屋は白いランプに照らされている。数時間、彼はそこに横たわっていた。眠っているのか、ただ人生について考えているのか、私にはわからなかった。


影の中で考えにふけりながら、私は彼を見つめていた。しかし今回は立場が逆転した――突然の沈黙が破られ、私ははっとした。

「おい、そこの君…」目を腕で覆ったまま、正の低い声が部屋に響き渡った。

あの男らしさはどこから来たんだ? 突然、低い声が出せるようになったのか?


沈黙。返事はなかった。

俺は、本当に俺に話しかけているのかを確かめていた。


「もうどうするか考えるのは疲れたよ。率直にいこう。だから、影から出てきてくれ。そこじゃ誰の目も誤魔化せない」

正はベッドから立ち上がり、空っぽの瞳でランプの白い光を映し出した。


影の中でも、俺が見えているのか!


やった! 本当に稀有な人間だった!


部屋の天井に生まれた影からゆっくりと溶け出すようにして、私は姿を現した。黒いシルエットが正の隣に形を成し、彼はただ黙って、この神秘的な出現の一部始終を見守っていた。変身は最後の仕上げとともに完了した。


「変身──リラックスフォーム#001!」


背景ではドカンと爆発が起こる。


ついに! ずっとやりたかったんだ、特撮みたいな変身を!


正の目の前に立っていたのは、もはや伝統的で恐ろしい「死神」ではなかった。

代わりにそこにいたのは、ずっと親しみやすい骸骨だった。

ビーチサンダルに短パン、開いたグレーのパーカーを羽織り、黒いウィッグまでつけて。

私は「平和だよ」とアピールするようにサムズアップした。


「よぉ、坊や! 俺は――」

言い終える前に、正の謎めいた落ち着きは一瞬で吹き飛んだ。


「はああ!? 自分の姿を選べるのかよ!? じゃあ何であんな姿で道路に現れたんだよ!! 心臓止まるかと思っただろうが!!」

正は肺の限界まで声を張り上げた。


「えっと…うん。選べるよ! まあ、生き物の姿にはなれないんだけどね。」

「じゃあ、なんであんな格好だったんだよ?」

正はさらに追及する。


私は空中から本を取り出し、その表紙を正に見せた。

そこにはこう書いてあった――『優秀なセールスマンの教科書』。


「ここに書いてあるんだよ。消費者に“真の専門家”をイメージさせる服装をしろって!

それに、客に近づくときは、提供するサービスを率直に伝えるのが最善ってね。」

本に書かれている通り、できるだけ専門家っぽく聞こえるように、私は技術的な口調で説明した。


正はベッドに腰を下ろし、額に手を当てた。


「死神が……よりにもよって“俺に”怪しい営業テクニックを使ってきたんだ。

はい、俺……もう頭がおかしくなってきた。」


正は深くため息をついた。


その瞬間、ドアが勢いよく開いた。


「ちょっと正! あんた何叫んでんの? パパとママ寝てるんだからね。明日早いんだよ」

正の姉がそう言いながら入ってきた。


少女の視線が私に向けられる。その表情は読み取れない。


朝香あさか……ノックしてから入れって言っただろ」


正は私の前に立ち、両手を広げて庇うようにした。

それが私を隠すためなのか、私が彼女に近づかないようにするためなのかは分からない。


「説明できる……こいつは――」


「ちょっと待って? あんたオンラインゲームしてるんじゃないの? そんな大声出すの、ゲームのときだけでしょ」

朝香あさかは、もちろん私の姿など見えないまま言い放った。

「小さいころからずっと変だったけど、何事にも限度ってものがあるのよ! 本当に大丈夫? 頭でもコンクリにぶつけたんじゃないの?」


「お、俺は……ち、違っ……」

どもりながら、正はうまく言葉を返せなかった。


「もういいわ! 好きにパニックでもなんでも起こしなさい。でもね、静かにしてよ? 私はこれから美容睡眠なんだから」

そう言って朝香はバタンと扉を閉め、部屋には再び静寂が戻った。


正は上がっていた肩をすとんと落とし、ベッドの上に座り直した。

ため息をつきながら、まるで南京錠でもかけるように両手を固く組みしめる。


「……よし。なんとか自分を落ち着かせた。

これから十分だけやる。何がどうなってるのか、全部説明しろ。

内容が気に入らなかったら――完全にパニック起こして、全裸で外走り回るからな」


その正直すぎる宣言に、正の顔は妙にキラキラしていた。


「や、やめてくれ! 短パン履いてるけど、別に暑いからじゃない!

俺、温度なんて感じないんだ……外、たぶん寒いぞ!」

私は必死に説得した。正がそんな辱め行為をするところなんて、絶対に見たくなかった。


「説明は五分だ。以上。」


正は手強い交渉相手だ。もう練習してる暇なんてない。だったら――ぶっつけで行くしかねぇ!


私は自分の力をすべて使い、登場にふさわしい“舞台”を作り出した。


「必殺技二百三十六番! 《突発ステージ生成》ッ!」


ドライアイスの煙が一気に広がり、照明が落ち、部屋は一瞬で漆黒の闇へと変わる。

そしてその中心にだけ、天井から巨大なスポットライトが降り注いだ。


光の中に立った私は、マイクを手に取り、トン、トンと軽く叩いて音を確かめる。


「ゴホン……前にも言った気がするけど、念には念を!

初めまして、私は“死”の具現――そのものだ!」


アナウンサーのように張り上げた声が、黒い無限空間に響き渡る。


正は目と口を大きく開いたまま固まっていた。


私が言葉を続けると、広大な闇のホールに一斉に光が灯り、周囲には色とりどりの花火が打ち上がる。

さらに荘厳なオーケストラが鳴り響き、まるで私の華々しい登場を祝福するかのようだった。


「俺は“負けたことがない”存在だ。

これまで出会った英雄どもは全員ひざをつき──ネタバレになるが、生きて帰れた者は一人もいない。

俺は“最終決戦”そのもの、誰もが恐れる“終わりの運命”。

映画のエンドロールの後に来る暗闇……そして会社のロゴだ。

天使でも、王でも、ましてや死神の神様でもない。まあ、言いたいことは分かるだろ。

俺は“死”。それだけだ。」


本当なら最後にウインクしたかったが、骸骨なのでまぶたが動かないのは残念だ。


私はスポットライトの外側──完全な闇に包まれてこちらを見つめている少年へと歩み寄った。


「つまりだ。俺は価値のないものに時間を使わない。

お前は“特別な奴”だ──正、お前自身ずっと前から気づいていたはずだ。」


私が近づき、骨の手で彼の肩に触れると、上からの光もゆっくり移動し、やがて二人をまとめて照らし始めた。


「お、俺が……特別?」


「そうだ。気づいていただろう? お前の姉には俺が見えない。

人間で俺を見られる奴なんて、ほとんどいない。だが……お前には見える。」


天井から降り注ぐ光が、正の瞳に反射する。

彼が顔を上げたその瞬間、私は指で彼の額を軽く突いた。


「その目は、とても貴重だ。お前“の”目のことだ。ただの色や形じゃない。“第三の眼”の話だ。」


「さ、三つ目……?」


なんだ、こいつ。私の言葉をいちいちオウム返しする気か?


「“第三の眼”。

──傀儡が、自分の糸だけでなく、“糸を操る者”まで見通す力だ。」


よし、今のセリフはかなりカッコよかったな。

長い年月、本を読み漁ってきて本当によかった!


「これは極めて希少だ。一生に一度見るような代物じゃない。

死んだ後でさえお目にかかれないほど、桁違いに“希少”だ。」


正は半信半疑の表情を浮かべる。


「じゃあ……どうして僕を見つけられたんだ?」


「ハッ……俺たちが出会うのは“運命”だったんだよ!」


手を叩いた瞬間、消えていたランプの灯りがふっと戻り、私たちは正の部屋へと帰ってきた。

派手な演出は大好きだけど、ビジュアルエフェクトにはそれなりにエネルギーを使うんだよね!


ベッドの上に転がっていた一巻を拾い上げ、正に見せつけるように掲げた。


「私は『ゼロのクロニクル』の大ファンなんだよ! この前、角の本屋で君を見かけたんだ!」


あれは数か月前。

私はどうしても欲しい巻を探していた。だけど、最後の一冊は売り切れ。

――そう思ったら、レジに並んでいる少年が“その最後の一冊”を持っていたのだ。


私は迷わなかった。ただ、ひょいっと彼の手から奪い取った。


ほとんどの人間には私が見えないし、私が持った物は彼らの認識から消える。

「どこかに落としたかな?」とか、勝手に脳が理由を作ってくれる。


……はずだった。


だが彼は、何のためらいもなく取り返してきた。


「おい、どれだけ欲しくてもダメなもんはダメだろ。先に手に入れたのは俺なんだからな!」

さっきまで落ち着いた雰囲気だった正が、一瞬で短気な不良みたいな口調に変わった。


「本だからって殴り合わねぇと思ってんのか? やってやるよ、来いや!」


――えっ、普通に取り返されたんだけど!?


彼の視線はレジと本に釘付けで、買うという目的に集中しすぎて、私の存在など見えていなかった。


そのときの出来事を語ると、正の表情は言葉にできないほど複雑に歪んだ。


「え? じゃあ、あの時俺から盗ろうとした変な奴って……お前かよ。てか、お前……ラノベ好きなの?」


「そうだよ! だから今こうして君に話しかけてるんだ!」

私はライトノベルを開き、赤ん坊として転生する主人公の挿絵でページを止める。

「ねぇ、どう思う? 一緒に新しい人生へ“転生”してみない?!」


正は頭を抱え、前髪で顔を隠した。

見えたのは――大きく開いた口。

そして、来るべき“爆発”。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

その絶叫は家中に……いや、近所中に響き渡った。


そして、家の奥からさらに大きな怒声が返ってくる。


「お兄ちゃあああん! うるさぁあああい!」


ふふ……人間って、本当に面白いね!



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